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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
1111/1317

サイアスの千日物語 百四十四日目 その五十三

東西に長い楕円をした人の住まう平原と、

恐らくは同様の形状であろう魔の統べる荒野。

両者のそれぞれ西端と東端は僅かに重なり、

平原であり荒野でもある緩衝域を形作っている。


緩衝域は草地と荒地が入り混じった平坦な地勢

となっており、南北幅は概ね5000オッピ弱。

これは荒野東域中央に鎮座する大湿原の最大幅

とほぼ同じ値となっていた。



もしも平原に住まう人の子らがこの緩衝域を

縦断する南北長5000オッピの巨大かつ重厚

な壁を建造する事ができたなら、荒野に巣食う

異形らが平原へと攻め入る事を完全に遮断

できるだろう。


無論、そんな壁の建造は不可能だ。


単に建造する事だけならば、歳月と労力を

費やせば見込みがないとは言いきれない。


だが魔と魔の軍勢が、それを大人しく見守るか。

無用心かつ無防備な人の子を美味しく踊り喰う

だけだろう。


工作の類は露見した時点で全力で狙われるもの。

狙わせぬためには軍事的に制圧するか完全に

秘匿するかせねばならない。


どちらも魔と魔の軍勢を前にしては不可能。

現状では間違いなくそういう事であった。





とまれ物理障壁で魔軍の侵攻を完全に阻む手は

現実的には使えない。そこで初代連合軍師長

たるかの賢者は荒野の只中に囮の餌箱を置く

「退魔の楔」作戦を提唱し実行したのだが、

今はそれは措く事とする。


実際に荒野の魔と魔の軍勢が平原へと

侵攻した、かつて起きた「血の宴」。


一夜にして億の人が貪り喰われ、続く文明崩壊で

数億の人が死滅したために、この血の宴には当初

よりまともな生き証人が存在しておらず、その

精確なところを知る者は存在しないと言えた。


だが人以外なら知っている可能性がある。別段

超常の存在に問おうというのではない。人より

遥かに長く現世に留まる地勢を分析すれば良い。


よって西方諸国連合軍や城砦騎士団では血の宴に

おける魔軍の侵攻について、専ら地学や地政学の

見地から連綿と考証を重ねていた。



緩衝域の荒野側では北に長大かつ川幅の広い

北方河川が北から下って境界域で西へと折れて

おり、壮大な天然の水掘りとなって平原側への

陸の異形らの侵入を阻んでいた。


また南にはさらに南方の峻険な山地へと続く

険阻極まる断崖絶壁が聳えており、軍団規模

での異形らの侵入を阻んでいた。


中央には腐れ爛れた不浄の毒沼たる大湿原が

人と異形の区別なく生ある者を拒んでおり、

外縁部のみが一部の異形の棲み処となっていた。


ゆえに荒野の奥地より現れ出でて人を屠り

尽くさんと望む強大な異形らが軍団規模で

平原を目指すなら、大湿原と南北の天然の

要害の狭間、連合軍が「往路」と呼ぶ東西に

長く細い通路をまずは通過せねばならない。



南北の往路はどちらも幅が数オッピから

十数オッピと狭隘であり、断崖絶壁に近接

する南往路がより狭くなっていた。


血の宴が起きた頃は大湿原の侵食が今程で

なかった可能性が高いが、それでも人より

大柄な異形が軍団としての体裁を保って

行軍するには余りに狭隘きょうあいだ。


そのため魔軍としての異形らは恐らく

小規模な群れ単位で三々五々往路を抜け、

大湿原の東手にして平原の西手である

緩衝域にて集結。


その後軍勢としての陣容を成して平原へと

侵攻したのだろうと考えられていた。


つまり荒野東域のの南北の往路とは中央城砦

への輸送路であると同時に、魔軍集結のため

の経路でもあったのだ。


言い換えるならば平原に侵攻すべき「魔軍」

及び「宴」とは、元来平原の直ぐ傍らで発生

する事象である。そういう分析がなされていた。





よって中央城砦は往路の西の入り口よりも西手。

つまり大湿原の西側に建てられた。これにより

魔と魔の眷属らにわざわざ細道を抜け遠路遥遥

平原を目指す気を起こさせぬ餌箱として

機能しだした。


つまり中央城砦はこの100年来、魔軍と宴の

発生場所を平原近傍から荒野東域中央に移動

させる事に成功していた。


だが、件の大魔「奸智公ウェパル」

の登場により、戦局に一石が投じられた。


奸智公は城砦の南西の丘陵に橋頭堡を築いて

異形らを荒野東域の随所より召喚。これにより

従来は専ら黒の月、宴の折に近辺にのみ現れる

魔軍に加え、「奸魔軍」たる常備軍が出来た。


さらにさながら丘陵騎士団とでもいうべき

常備軍により新たな軍事境界線が引かれ、

その延長戦上に南往路が含まれてしまった。


つまりこれにより、南往路は

奸魔軍が実効支配する事となったのだ。


概ね年に一度の時期限定で勢い盛んとなる

魔軍とは異なり、顕現を望まず常に概念として

荒野に在りて世を統べる奸智公とその常備軍が

南往路を実効支配する。


この事は、異形らがいつ何時南往路を抜けて

緩衝域へと集い奸魔軍として編成され、独自の

宴を催すか判らぬという、極めて危険な状況を

生み出す可能性があった。


奸智公ウェパルという魔について、次第に

その性分が判ってきた今であれば、その可能性

はそこまで高いものではないと見做せもする。


が、無論看過していい状況でもない。そこで

先の宴とその後の架橋作戦移行、南往路絡みの

対応策は、特に連合軍にとり急務となっていた。


そこで今回の合同作戦と相成ったのだ。





緩衝域そのものを超巨大防壁で完全に遮断して

荒野との繋がりを断ち切る手は遂行する時間的

余裕がなくとも、南往路とその一帯を大湿原の

隅ごと強引に塞ぐ程度なら出来るかも知れない。


ただしそれには魔と異形の目を盗み、

かつ物理的に遠ざけておかねばならない。



そこで本作戦の立案者である城砦騎士団参謀長

セラエノとトーラナ城主チェルヴェナー王妃は

まずは施工現場近辺のうち最も厄介な航空戦力

たる羽牙。すなわちズーを間引く事にした。


そこでセラエノは兵団長サイアスに密命を発し、

戦略目標として大小の湿原の航空戦力の低減を。

戦術目標として小湿原の羽牙殲滅を命じた。


サイアスはこれに応え、魔笛作戦を発動。

自ら大隊を率いて小湿原の羽牙を何度も殲滅

間際にまで追い込んだ。


一方大魔「百頭伯爵」の落とし仔たるズーは

小湿原を攻略すべき「砦」と見做しており、

減らされた戦力を大湿原から随時補充。

小湿原の戦力を保つ事に努めた。


これがセラエノの狙いの一つであった。


結果として大湿原からは羽牙が減った。

小湿原は大湿原の北西に在る。ここへと

大湿原のズーを逐次投入する事で、対角線上

となる大湿原南東からはズーが完全に消えた。



また、魔笛作戦にてズーの討伐に専心した

サイアスは、その過程で配下と共にズーの

生態に関し百頭伯の落とし仔である事や

湿原のズーの残数等有益な情報をも掴んだ。


これにより連合軍は防壁構築作業を遂行する

にあたり、連合軍はズーの襲撃を気にする

必要が無くなった。そこで満を持して此度の

合同作戦が遂行される運びとなったのであった。

1オッピ≒4メートル

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