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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
1110/1317

サイアスの千日物語 百四十四日目 その五十二

騎士団の軍議は総じて早い。

紛糾するという事が無いからだ。


敵地の只中にある囮の餌箱であるため

紛糾する余裕など無いのが一点。城砦の母に

全て丸投げするという選択肢があるのも一点。


上から下まで一人も残らず、とりあえず斬れ、

と考える筋金入りの武断派である事もまた一点。


とまれ大抵軍議は小一時間程で済む。

そして此度の軍議もそろそろ小一時間であり、

残る議題はあと一つ。そういう状況であった。



軍議の司会進行を担うルジヌは時を確認した。

午前9時20分。第二時間区分のほぼ半ばだ。


平原であれば脳に最も活気のある会議向きの

時間帯といえたが、生憎異形の多くは夜行性。

軍議の参画者はほぼ徹夜明けだ。


既に会議室のそこかしこで遠鳴りの潮騒しおさい

牛蛙の合唱コンクールがたけなわとなっていた。


起きろと怒鳴りつけたところで眠いものは眠い

と寝言で怒鳴り返すような連中だ。手に負えぬ。


もっともこの事態は事前に予期できていた事。

ルジヌは対策として議題提起の順序を工夫した。



「では最後に。トーラナからの通信です」



ガタリ、と音がしてチェルニーが椅子から

滑り落ち、寝惚け眼のまま慌てて座り直した。


トーラナの城主とは彼がこの世で最も畏れ

恐れる彼の妻、「赤の覇王」その人であった。


夢現の和み空間に突如発した剣呑なる物音に

夢見心地な幹部衆はすわ敵かと跳ね起き、

参謀たる軍師へと視線を集中させた。

こうして会議室が束の間目覚めた。





トーラナからの通信内容とは、平原に存する

西方諸国連合軍からの作戦完了の通達と

その詳報であった。


此度の騎士団と連合軍との合同作戦は、

騎士団参謀長セラエノと連合軍トーラナ城主

チェルヴェナー・フェルモリアの二者が主導

して企画されたものだ。


セラエノが休眠状態にあるため騎士団側では

騎士団長と騎士長級が概略を知るのみ。


会議室に集う幹部衆の多くにとっては初耳で、

彼らは途端に興味津々目も爛々(らんらん)となった。



「昨日正午、騎士団側『アイーダ作戦』に

 おける主力軍のオアシス進駐に合わせて

 アウクシリウムを発った連合軍6万余は

 夜半に平原西果ての軍事拠点トーラナへ到着」


「ふむ」


軽く頷いて見せるチェルニー。



騎士団側の動きを魔軍に対する囮とする。


そうした意図を鑑みた場合、平原と荒野の

境界域にあるトーラナよりも半日分は東手

となる連合軍の本部、アウクシリウムで

軍備を調えるのは理に適ってはいた。


ただ、異形の最も活性化する夜半に

荒野間際へ到着するというのはどうなのだ。


軍勢の移動は気配で察知し得る。

そして対異形戦の出来ぬ6万なぞ

異形らにとっては特盛の馳走でしかない。


秘匿を企図しながら最も敵の目に付く

時間に挙動する、その意図はどこにある。

頷きつつもチェルニーは然様に怪訝であった。



「トーラナに到着した連合軍6万余は同地で

 戦陣構築法に基づく大規模な作戦行動を開始」


「おいおい」



隠す気があるように思えぬどころか、と

チェルニーは顔をしかめ、ローディスや

オッピドゥスと顔を見合わせた。



「その後オアシスにおける

 アイーダ主力軍と奸魔軍との対峙に合わせ、

 トーラナの正規軍1万が荒野へと侵攻。

 トーラナと大湿原の中間域に布陣」


「……」



ルジヌの報に無言のチェルニー。



「……オアシスでの戦端が開かれた後、

 できそこないの機動大隊が

 真っ先に撤退したな」



とローディス。

最悪の事態を想定していた。



「未明、トーラナ軍1万を

 奸魔軍のできそこない機動大隊が急襲」



会議室の空気が凍りついた。


矢張り荒野は魔の庭先。奸智公は

荒野に侵攻してきたトーラナ軍1万を

捕捉していたのだ。


それゆえに機動力の高いできそこないを

真っ先にオアシスより引き上げさせ、

その足で平原側へと向かわせたのだった。


縦長と大口手足を残しあっさり撤退した

できそこないの機動大隊は、南西丘陵へは

戻らず南往路を東へと駆けてトーラナ軍へと

迫りこれを襲った、そういう事であった。が、



「これを赤の覇王自ら率いる

 別働隊が逆に奇襲し殲滅せんめつ


「……」



状況は予測を遥かに上回っていた。



「オアシスにおける奸魔軍の陣容を光通信で

 得たトーラナ軍は、いずれかの時点で

 できそこない機動大隊が本隊と別働すると

 予見したようです。


 そこで敢えてトーラナ軍1万を荒野へと

 置き予備の囮とした上で、赤の覇王率いる

 精鋭部隊で奇襲する誘引策を採ったとの事」


「……ヴァディスか」



チェルニーは嘆息交じりに苦笑した。





城砦騎士団中央塔付属参謀部中三役が一たる

外務官であり、カエリア王立騎士団正騎士

にしてカエリア王の代将でもある城砦軍師。


ヴァディスは此度の合同作戦においてトーラナ

に在り、赤の覇王の参謀を務めていた。さらに

護衛として第四戦隊所属城砦騎士「皆殺しの」

マナサも付いていた。


チェルヴェナー、ヴァディス、マナサ。

この3名が揃い踏みしてしまったら、

この結果は妥当と言わざるを得なかった。



「平原側へ向かったできそこないの

 機動大隊は100体だったとの事。


 まずはマナサ卿が供回りと共に奇襲撹乱し

 そこにヴァディスが重騎突撃を敢行し粉砕。

 仕上げにチェルヴェナー王妃が戦象で蹂躙じゅうりん


 要は5名で殲滅。出番が無かったと

 ブーク閣下が嘆いておられるとの事です」


「……」



二の句が告げぬチェルニー。

妻の勇姿を想像してか戦慄気味だ。


「良い嫁を持ったなチェルニー」


どこまでも他人事な風情でにこやかに

チェルニーの肩を叩くローディスは


「それで肝心の作戦はどうなった」


とルジヌに続きを促した。



「殲滅したできそこないの屍を焼き払った

 トーラナ軍は大湿原東域を南進。王妃自らが

 先陣を切って南往路の入り口たる隘路あいろにまで

 侵攻し陣を敷き、連合軍本隊6万余を誘導。


 連合軍はトーラナで仮組みを済ませた

 資材を輸送し現地で再構築。大湿原南東端

 から南城砦のある断崖までを結ぶ巨大防壁を

 設置し入り口の隘路を含む南往路一帯を封鎖。


 南方からの陸生眷属による平原侵攻を物理的

 に遮断し大湿原東域の安全域を拡張しました」



おぉ、と驚嘆の声が漏れた。

この一大事業の成功が意味する内容を

思えばそれもむべなるかな。



「これにより魔軍が荒野奥地から平原へと

 侵攻するための選択肢は3つに絞られました。


 1、大湿原を横断する。

 2、南防壁を突破する。

 3、北往路より侵攻する。


 1を成せるのは羽牙たるズーのみ。されど

 少なくとも奸魔軍及び野良のズーとは

 不戦協定が結ばれました。


 2の防壁は出来たばかりで強度や耐用性に

 不明な点もあります。ですが以前より

 脅威度が下がった事は間違いないでしょう。


 3の北往路は小湿原の確保と魚人との共闘、

 さらに北方領域の制圧により、軍事的に

 遮断できています。


 中央城砦と城砦騎士団が存在する限り

 こちらからの侵攻を許す事はありません」



とのルジヌの言に暫し静寂が訪れた。やがて



「……つまり平原の恒久平和の実現に向け

 飛躍的な一歩を踏み出せた、そういう事だな」



とセルシウスが言葉を選びつつ述べた。



「仰せの通りです。そして同時に

 魔と魔の眷属たる異形らにとって。


 中央城砦と城砦騎士団は単なる囮の餌箱

 などではなく、平原侵攻のために是が非でも

 抜かんとてより苛烈に攻めるべき、真正の

 攻略対象と成った、そういう事でもあります」

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