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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十二日目 その二十一

人の主たる住処である平原のほぼ中央に位置する三大国家のひとつ、

トリクティアには10の州があり、各州の中枢には州都があった。

州都はいずれも10万人以上の人口を誇る「都市」であり、

西域守護城砦3城全てへと常備軍を派遣し大規模な物資提供をも担っている

連合諸国の中心たるトリクティアには恒常的な兵士提供義務がないため、

人口は増加の一途を辿り、その結果、物資及び兵士提供義務にあえぐ

周辺都市や国家を戦争なしに併呑していく間接的膨張主義を体現していた。


トリクティアの州都では農業や商工業が盛んであり、戦闘にまったく

携わらずとも生きていける立場の人々も多かった。そうした人々は

人が本能的に持つ闘争への衝動を闘技場での剣闘試合等で満たしており、

各州都では民衆のストレス発散と治安維持のため、定期的に

剣闘試合が行われていた。



「レティアリィて、あれか? 網闘士だっけか?」


ラーズがサイアスに尋ねた。サイアスは頷いた。

自身が剣闘試合を観覧したことはないものの、知識の一つとして、

剣闘士の種類にそうしたものがあることをサイアスは記憶していた。


「剣闘試合はもともとは豊漁や豊作を願う神事だったそうです。

 魚に似た兜の闘士と網と銛を持った闘士との試合は、そういった

 所に由来しているのかも知れません」


目前に迫る魚人を見据えつつ、サイアスは抑揚なく語った。


「あんた物知りねー。いいとこの坊ちゃんて感じ」


ロイエが感心して感想を漏らした。

坊ちゃんどころか領主そのものなのだが、サイアスは特に気にせず

地に刺した2本のジャベリンを附属の紐で一つに縛り上げ始めた。

その前方では大兜の人物と魚人2体の戦闘が始まろうとしていた。



「……」


大兜の人物は無言で右半身を後方へと引き左構えとなった。

進むも地獄、引くも地獄となっていた2体の魚人は半ば自暴自棄となって

眼前の大兜と向き合い、夕日色の鱗をぎらつかせながら短く突進し、

大兜の人物の手前で左右二手に別れた上、体当たりを繰り出してきた。

大兜の人物は構えを維持したまま鉄靴・サバトンをジャッと鳴らした。

鉄靴の両足は歩幅そのままに右、左と後方へ飛び退いて着地し、

着地の反動でたわめた関節を伸ばす勢いを利として左手を振り上げた。


左に手にした網を敵に投げ打ち、宙に拡がり面を成した網で

敵を絡めとり、自由を奪われもがく敵に右に手にした銛で止めを刺す。

まさに投網漁の所作を持って敵を倒す剣闘士をレティアリィと呼んだ。


大兜の人物はレティアリィを模し、

必殺の銛へと繋ぐ一手目の投網を成すべく、

左小手を振り上げて元は鎖帷子であった網らしきものを

振り下ろした、の、だが。



ゴッ、ベシャァッ。



豪快な音を立て、左の魚人が昏倒した。

いかに引き千切って布状にしようが、

四方から引っ張りまわして繋ぎ目を伸ばそうが、

鎖帷子は鎖帷子。密度の高い金属の塊でしかなかった。

怪力を誇る大兜の人物によって勢いよく振り下ろされた

投網のつもりらしき鎖帷子の成れの果ては、

投網というより寧ろ鈍器として機能し、

叩きつけられた魚人を半ば砕くようにして昏倒せしめたのだった。


地に伏した魚人は銛の一撃を繰り出すまでもなく、頭部から

上半身にかけて激しく破壊され絶命していた。さらに、

かろうじて鎖帷子の一撃をかわしたもう一方の魚人であったが、

地に倒れた方への止めが不要となったため手持ち無沙汰になった

細身の鉄槍が間髪入れず襲いかかり、エラからエラへと貫通して

串刺しとなった。大兜の人物は串刺しにした鉄槍をそのまま振りかぶり、

身体を横方向に一転させて前方へと振った。

串刺しにされた魚人の屍は荒野の北側へと、

魚人たちの屍を頬張りつつ徐々に迫りくる鑷頭の方へと投げ飛ばされた。



「……」


「……」


「……」



剣闘士の所作を模した緻密で華麗な必殺技のはずが

オッピドゥス級の強引かつ非常識な力技となったことに対し、

ラーズが、ロイエが、そして大兜の人物が、

何となくきまずい空気で沈黙した。



3名はなんともいたたまれなくなって、

救いを求めるようにサイアスを見やった。


「過程は問いません。勝てば良し。御美事でした」


サイアスは相変わらずサイアスだった。

ラーズはフッ、と苦笑し、ロイエは腰に手を当てて溜息を付き、

大兜の人物はコクコクと頷いた。



「あとはアレか……」


サイアスはそう言って前方を見やった。目測で

概ね250歩という辺りまで迫った鑷頭は

大口の周囲に血糊や鱗をへばり付かせ、低速ながらも

勢いを緩めずサイアスたちを目掛けて迫ってきていた。

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