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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
1108/1317

サイアスの千日物語 百四十四日目 その五十

中央城砦本城中枢区画、中央塔。本城の大黒柱

をも兼ねるこの塔と併設された参謀部施設は

城砦騎士団長個人の所領として扱われる。


これは中央集権国家などで政権の中枢となる

首都に所領を離れ長期滞在する必要のある

有力諸侯に宛がわれるものと発想を同じくする。


騎士団長が西方諸国連合加盟国より任期を

以て派遣される王族である事を主とする

極めて政治的な理由による。


もっとも実態として各代の騎士団長が私物化し

得るのは中央塔のうち下層の3階と4階のみだ。


当代騎士団長チェルニー・フェルモリアが

役目に就いたのは7年前の事。連合軍の規定

では、騎士団長の任期は3年。続く4年間は

勝手に居座り続けている。


これは明確に連合規約への違反ではある。だが

大抵の国の王族は自国を離れ人魔の戦の最前線

たる荒野の城砦に赴任するなど願い下げだと

考えている。ゆえにむしろ喜んでチェルニー

に居座らせ続けていた。





とまれ7年もの長期に渡り荒野の城砦に

戦死する事もなく住み着いているチェルニー

は中央塔の3階と4階を完全に自分好みへと

作り変えていた。


3階に関しては軍議用に数部屋残してブチ抜き

の大広間にし立て上げ、大規模かつ最新鋭の

厨房をも設置して食堂とした。


そうして平原全土より名うての料理人を招聘し

「王家の食堂」を経営する傍ら、自身は趣味の

新作ラッシーやスイーツの研究に没頭していた。


王家の食堂が城砦内の他の施設の食堂と最も

大きく異なるのは保存食の類がまず出ない事だ。

野菜であれ肉であれ、食材は全て平原と同水準

の「本物」であった。


口を開けばやたらとカレーやラッシーな

チェルニーだが、王家の食堂が提供するのは

伝統的な北フェルモリア料理と中心としつつも

国際色豊かなものであり、付属参謀部の人員や

軍議に訪れる幹部衆には総じて大好評であった。



昨日早朝よりほぼ一日半掛けて「アイーダ作戦」

を遂行し、深夜から今早朝に掛け大規模な戦闘

と行軍をも統率し終えた幹部衆としては当然

疲労がピークに近かった。


そこにたらふく美味い飯を食ったその上で

軍議だ。やる前から様相は容易に想像が付いた。


食後は喰らった食物を消化すべく、体内の

やる気が胃袋に集中する。自然他所はお留守

になりがちだ。騎士団も上層部となると自然

年齢もお高めとなる。


堪えたところで眠気が勝るのは致し方のない所。

とにかく短期集中で終えてしまわねば会議室で

高いびきの合唱コンクールが始まってしまう。


軍議の司会を担うルジヌとしては是非避けたい

状況であるため平素以上に容貌をいからせて

キビキビとムチ打つように進行していった。





「アイーダが終了しグントラムも既に佳境。

 ゼルミーラは異形らとの共闘と不戦協定の

 お陰で戦闘状況を回避できる見通しのため、

 参謀部としては戦後の運営状況の算定を開始

 しております。


 高台南南東の防衛拠点に150名駐屯との旨、

 了解致しました。一方グントラムの野営陣

 でも拠点恒常化の動きがありますが、こちら

 については如何されますか?」


とルジヌはチェルニーに問い掛けた。


各作戦には複数の城砦軍師が同行し適宜

精密な情報を持ち帰っているため、この軍議

ではもっぱら事後処理の相談が成されていた。



「最終的には『三の丸』の角になる、

 そう見做してよいのだな?」


「地勢に照らし、ベオルク閣下の

 意向を察するに仰せの通りかと」



ミンネゼンガーの天幕の茶会でサイアスが

脳裏に描いて見せた俯瞰図は、当然のように

ルジヌやチェルニーの脳裏にもあった。



「そちらにも150だ。

 ミンネゼンガーの編成を維持させよ。

 後任司令官の推薦はあるのか」



現司令官のベオルクは合同作戦の終了後

休暇に入る。確実に代行の務まるサイアスも

同様でデレクも共にラインドルフへと向かう。


マナサは未だ平原ゆえ、最も特務向きな

第四戦隊から後任を出すのは困難な状況だった。



「第一、第三戦隊が中心となりますので

 そちらから出すのが穏当かと」



流石のルジヌも先だっての一見で懲りたらしく

少なくとも戦隊指揮官の面前では人事に介入

する素振りを見せなかった。


もっともどこまで本気だか

知れたものか、とチェルニーは



「フン…… まぁそうだな。

 オッピよ。シュタイナーはどうだ」



と問い、問われた第一戦隊長オッピドゥスは


「セルシウス、どうだ?」


と自戦隊の副長に問うた。





戦隊内の人事権は戦隊長にある。

もっともシュタイナーは副長セルシウスの

副官であるため、平素セルシウスに気苦労の

全てをブン投げているオッピドゥスとしては

自身の負担が増えても困るので慎重だった。



「アレなら卒なくこなすでしょう。

 副官は三戦隊より見繕って頂きたい」



セルシウスは自らの副官の供出を容認した。


二の丸同様三の丸もゆくゆくは中央城砦の

一部として第一戦隊の管轄となる事を

見越した上での判断だった。


シュタイナーが施工管理にも適正を有する事は

此度の遠征でサイアスが自身の後任にと推薦

した事で、間接的に証明されていた。


結果として、サイアスの意図を最大限汲んで

作戦の成功に寄与して見せたシュタイナーには

最大限の評価と相応の地位が約束されたわけだ。


もっとも中長期的な施工管理となると

専門家の手も必ず要る。副官は第三戦隊

関係者が無難だと言えた。



「当然だな。確かそろそろではないか?

 受領初年度明けで二人ほど戻ってくるのが」


「あのお二人は帰境前の時点ではそれぞれ

 二戦隊と三戦隊所属の騎士でしたが」



とチェルニーに対しルジヌが返じた。


かつてサイアスの父ライナスがそうであった

ように、騎士団より活躍の報酬として所領を

与えられた者は受領より1年間を新領の経営

安定に当てる事となっていた。


昨年の今時分にそうした形で所領を得た

城砦騎士が2名おり、それらがそろそろ

城砦へと戻ってくる予定となっていた。


城砦騎士の人事は騎士会首席たる

ローディスの裁量となる。

そこでチェルニーは


「ローディス、どうだ?」


と問うた。



「悪くない。どちらも帰砦後は三戦隊所属に

 変じれば、現編成への影響は少なかろうな」



とローディス。


「うむ。どの戦隊も再編成で慌しいな」


とチェルニー。本合同作戦の終了後

城砦騎士団は大規模な再編成に入る事と

なっていた。


逆に言えば人事周りをいじるには絶好の機

でもある。ゆえに筆頭軍師たるルジヌも

一枚噛もうとした訳だが、やはり懲りたのか

おくびにも出さず平素の仏頂面を保っていた。

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