サイアスの千日物語 百四十四日目 その四十九
城砦騎士団長チェルニー・フェルモリアと
彼の率いる「アイーダ作戦」主力軍が中央城砦
へと帰還したのは、第二時間区分も中盤に迫る
午前8時前の事。
オアシスで野戦を経た主力軍500余のうち
実際に帰還したのは400程だ。1割程度居た
負傷兵は開戦直前まで哨戒を担当していた部隊と
共に、高台南東端の防衛拠点に残してきていた。
城砦外に築かれた恒常的な拠点には、維持運営
に足るべき人手を恒常的に置かねばならない。
サイアス率いるヴァルキュリユルの築いた
防衛拠点は即時運用可能な程完成度が高く、
チェルニーはこれに150名を常駐させる
事に決めた。
昨日午後に第一戦隊より派遣された部隊に
今朝方置いてきた人員を足せば、概ね
望み通りの規模となる。
当面は防壁の延長のために工兵をも多分に
現地へと送り込まねばならないだろう。
「いっそ中央城砦よりあの拠点まで
こいつを敷いてやろうか」
本城中央を十字に走る大路のうち、
南大路を北上するチェルニーが言った。
本城内の大路の両側には動く歩道が併設されて
いる。手すりに持たれているだけで中央塔へと
付いてしまうのだから、随分便利になった
ものだとチェルニーは笑った。
「悪くない。楽するための努力は
けして惜しまぬのが人というものだしな。
まぁ俺としては『靴』の量産化を推すが」
チェルニー同様手すりにもたれ、仄かに起こる
向かい風を楽しげに味わうローディスが応じた。
側にはファーレンハイトやセルシウスも居る。
帰砦後の軍勢としての諸々の残務は配下の騎士
や下士官に任せ、幹部級は軍議をおこなうべく
中央塔へと直行していた。
「あぁアレな。もう報告はあったのか?」
とチェルニー。
此度の遠征ではすっかりお困り様集団の
「保護者」だった苦労塗れの正軍師へと問うた。
「昨日中にヴァルキュリユルより試用報告が
上がっております。効果絶大も耐久性に
難あり。配合の調整で飛躍的に向上する
見込みあり、との事」
帰砦後真っ先に常在詰めの軍師と情報交換を
済ませたこの正軍師は、遠征中に上がっていた
文書の全てに目を通し終えていた。
将に問われたその時点で既に完答を用意して
おかねばならぬ繁忙振りはいっそ気の毒な程
ではあるが、この辺は軍師の軍師たるゆえん
であり彼女らの矜持でもある。何があっても
絶対に手を抜く事はなかった。
「ほぅ。要は緩衝材としてゴムは有用。
そういう事だな?」
「防具にも使えるのか?」
チェルニーとセルシウスが相次いで問うた。
「概ね仰せの通りです。
武具については複合材の一つとして
選択肢に加えるのが宜しいかと存じます」
「成程な。アレは国許に腐るほど余っている。
片っ端から取り寄せてやろう。向こうでも
フィードバックを喜ぶだろう」
中央城砦は人智の境界であり技術の最先端だ。
ここで生まれた様々の技術の多くは平原へと
還元され文明水準の向上に多大なる寄与を成す。
もっとも魔力や魔術に絡む事項は、あちらに
還元させようがない。さらに要らぬ不和を
招き兼ねぬため、厳重に秘匿されていた。
「中央塔が見えてきたな。
しかし楽だなこの歩道は……」
感嘆するやら呆れるやらといった
風情の第一戦隊副長セルシウス。
トレードマークの臙脂のガウンは
戦で汚れたため予備と交換していた。
曰く10着は同じものを持っているらしい。
「楽すぎて寝そうになっちまったぜ。
今回の貫徹は流石に堪えたからなぁ」
盛大に伸びをして欠伸をかみ殺す
第二戦隊副長ファーレンハイト。
剃髪黒衣の容貌魁偉がそうする様は
赤子が泣くのを忘れそうな程厳しかった。
「貫徹だ? 十分寝たろ」
怪訝な顔をするチェルニー。
オアシスに駐留中は奸魔軍との対陣後も
きっちり全軍に交代で休憩を取るよう
指示を出していた。もっとも
「俺はお前ぇと違って繊細なんだよ。
あんな環境で爆睡なんぞ出来るか!」
あの状況で寝ろと言われて
実際に寝れる者がどれ程居る事か。
「おいローディス。言われてるぞ」
とりあえず、騎士団長と剣聖の両閣下は
平素とまるで変わらず爆睡なさったようだ。
「ちょ! て前ぇ!」
しまったお頭もだったか、という
やらかし感を怒鳴って誤魔化す
ファーレンハイト。
「まぁ、こいつのお陰で
俺が楽できているのは間違いない」
「ハハッ!
……ヘッ、どうよ!」
途端に得意げとなりドヤった。
「どうよと言われてもな。
それより朝飯は何にするか」
腹が減っては戦はできぬという。
そして軍議は戦のためのもの。
ゆえに腹が減っては軍議はできぬ。
この点は一行の誰もが賛同していた。が
「どうせカレーだろ」
とファーレンハイト。この点には
チェルニー以外の誰もが苦笑した。
「カレーにも色々あるぞ」
「否定はしねぇし嫌いでもねぇ。
まぁ欲を言やぁ暖まるもんが良い。
ここはスープかシチュー辺りで頼むぜ」
「レンズ豆のスープにするか」
「そうそう、そういうので良いんだよ」
「カレー味の」
「溜息も出ねぇ」
ファーレンハイトはお手上げのポーズをした。
そうこうするうち動く歩道は本城中枢区画、
中央塔広場前に付いた。広場内は歩きだ。
アイーダ作戦の幹部らは中央塔へと向かい、
まずは王家の食堂にて、カレーとカレー以外の
料理をたらふく食べて人心地付く事にした。




