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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
1106/1317

サイアスの千日物語 百四十四日目 その四十八

ミンネゼンガーの野営する陣全体の指揮所を

兼ねるこの天幕は、野営陣全体の中央より

西手、むしろ出口に近い位置にある。


天幕は数重の布張りだ。外の音は十分耳に届く。

早速歩哨の一隊が出発し、次いで特大の貨車と

共に工兵隊が進発したようだ。


ベオルクもサイアスも将官を務めている。

将は兵を動かすのが仕事。百を越す兵らの

頭の代わりだ。常に一手先を示し、手足が

従って動く最中に次の指示を追加する。


傍目には音ときっちり合っているように見えて

実は一音一小節先を示す指揮者のタクトと似て

内実と表象にはズレがあるものだ。


そしてそう言わんばかりに二人の将と

数名の供回りは天幕の中に留まって、

平時営舎詰め所で見せるのと同様に

優雅に茶など啜っていた。



「にしてもこの野営地、

 随分規模が大きいですね」



とりあえず一息。

付くからには全力で一息。


とことん寛いでやれ、といった風情で

相も変わらずつんとお澄ましのサイアス。



「ふむ」


「撤去する気が無さそう」


「そう思うか」



同様に、戦地の只中で平原の存亡をも担う

重大な作戦の遂行中である事を、まるで

感じさせぬ風情のベオルク。



「……さては」


「さてな……

 まぁ俯瞰すれば自然と判る事だ。

 将なら常にそうした視点を持たねばな」



取り立てて何事も表情には表さず

作戦中はこれと決めているらしき

小札の短冊の如き海草を口にした。


同様のものはサイアスの手元に二皿ある。

理由はニティヤが水菓子を二皿得たからだ。


水菓子は濃緑色ながら半透明の直方体に

餡を詰め、ひやりと固めた東方風のものだった。


ニティヤは極めて慎重に、獲物を狙う猫の如く

慎重に、そして大胆に中身を確認し、漉し餡

であるとの確証を得てご満悦となった。


鋭敏なるサイアスは取れる時に取れるだけ

機嫌を取っておくべきだと判断し、速やかに

自身の分を差し出し干菓子の方を下賜された。

そういう次第であった。



口に含んだ一片はそのサイズから想像も

出来ぬほど豊かな梅の香を醸し、次いで

海草らしき深みを示す。


やはり東方風の茶と合わせると

実に良い具合に意識が締まった。





夜明けと共に成されたズーらの撤退を

歌陵楼の上空より見届けた後、サイアスは

高度を保ったままシヴァを西へと駆けさせた。


地表からはさやかに見えぬ諸々の地形も

上空からは詳らかにその有り様を表す。


サイアスは軍師の目をも有している。

精度については正軍師に及ばぬものの、

相応に諸事を数値化して見て取れた。


サイアスの見立てでは、ミンネゼンガーの

野営陣の中心と歌陵楼の中心とを結んだ場合

中央城砦外郭北防壁と平行な線分となる。


つまりミンネゼンガーの野営陣とは。

中央城砦の建つ高台の南東端にて昨日

ヴァルキュリユルが築いた防衛拠点と同様、

将来の三の丸を形成する要となるに相違ない。


恐らくこの野営陣の中央広場には物見のための

楼閣が建てられ、今いる天幕辺りが駐屯部隊の

詰め所となるのだろう。


昨日自身らの設計した防衛拠点と正に対称な

造りだ。何から何まで計算ずくという事か。


副長もスターペス様もやはり騎士団幹部。

まったくもって食えない方々だ…… と

サイアスは欠片も己を省みず内心苦笑した。





「小湿原の眺めはどうだった。

 杏とやらの教示で新たに何か気付いたか?」


「途端にすっぱくなった感が……」


ほんのり嫌そうなサイアスに

ベオルクやニティヤは小さく笑った。



「中央域は確かに水の色が変化しています。

 また幾つか浮島らしきものがありました。

『根』があるとすればあの辺りでしょうか。


 仮に内部へと入り込むにしても、浮島へ

 上陸し施設を建てるような事はせぬ方が

 宜しいかと存じます」


「ふむ、成程な……

 まぁ現状そんな場所まで入り込めるのは

 お前か参謀長ぐらいのものだがな。一応

 ビフレストへは伝えておこう。……おい」



ベオルクが声を掛けると

天幕の隅の彫像もどきが敬礼した。



「ハ、スダチに」


「……」



天幕内が一気に殺伐とし出した。



「タダチに、でござりました!」


「……杏の続きのつもりか」



アーモンドみたいな頭のくせに、と

ジト目でマッシモを見やるサイアス。



「イヤァ、ハッハッハ」


「……斬るか」



ジロリと見やるベオルク。


「ぬふぉっ! 御慈悲をっ!」


マッシモはシェドとのポージング合戦で

会得したゴメンナ・スッテを披露した。



「……この男、以前からこうだったかしら」


「シェドのが感染うつったんじゃ」


「ッッ! 流石にそれは酷すぎますぞ!!」 



マッシモは悲嘆を露に異議を唱えたが、

現にポーズは感染していた。確定と言えた。





「俯瞰といえば、そろそろ

 平原も落ち着いたでしょうか」


「長くて昼までといったところか。

 完了の目処は付いているだろうな。


 此度はブーク閣下があちら側だ。

 疎漏無く進めておられよう」


迂遠ながらも機密性の高い話を始めた

サイアスとベオルク。


危険を察した余の者が逃走し、マッシモが

通信のために出張った天幕にはベオルクと

サイアスそしてニティヤしか居ない。

機会としては好適だった。


もっともだからと言ってあけすけに語る

手合いでもない。会話そのものを楽しむ風だ。



「副長はご存知なのですね」


「うむ、概略だけはな。

 まるで冗談のような話だ。


 まぁそれでもあちら側からすれば

 こちらの状況の方が、余程たちの悪い

 冗談に見えるだろうがな…… フフフ」



サイアスが食べぬので小皿を一つ横取りし

摘まんで喰ってはご満悦のベオルク。



「とても悪そうな顔をしている」


「これ以上はない感じね」



現実味に乏しい整った容貌で揃って首を傾げ、

率直な感想を述べるサイアスとニティヤに



「ぬかせ。これは乱世の顔と言うのだ」



ベオルクは得意のもったいぶり髯をキメた。

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