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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
1105/1317

サイアスの千日物語 百四十四日目 その四十七

夜間と日中では距離感が随分異なってくる。

夜間は視界の影響で遠くに見えていたものが、

実は然程遠からぬ位置に在ったなどは茶飯事だ。


遮蔽物の少なさゆえただでさえ距離感の狂い

易い荒野ともなると、時に愕然とするほどの

差異が出る。この事は専ら異形に有利に働いた。



異形の多くは夜行性だ。

夜陰の跋扈を本領とする。


彼らの多くは視覚ではなく

聴覚がずば抜けて発達しており、

目に頼らず敵を知覚すべく努めていた。


北方河川に住まう眷属らは、そうした

異形のうちでも取り分け聴覚が発達していた。





中央城砦の北西、岩場の北端を巡る大口手足

との戦闘で形勢不利となり、一時撤退を余儀

なくされた魚人の軍勢の残党ら。


彼らは北方河川の最南端たる遠浅の水場からも

続々と集結し再編成をおこなって、百数十体程

にまで兵力を回復。ミンネゼンガーの敷設した

複数の窪地に分散して駐屯していた。


彼らはこの窪地が人工物である事を重々承知

していた。敢えて造り掛けで放置されている

らしい事も把握していた。


これが罠である可能性もまた、魚人らは

十二分に理解していたが、それでも背に

腹は変えられぬ状況だ。


河川の眷属の織り成す生態系で最下位に位置

する魚人らにとり、安住の地と成り得る河岸

の確保は常に至上命題であったのだ。



かつて魚人らはそうした桃源郷を小湿原に求め、

奸智公の目論む水攻めに全面的に取り組んだ。


だが小湿原は魚人らにとり、最良の地という

わけではなかった。隘路に水路を掘り小湿原と

北方河川を繋げた場合、魚人だけでなく魚人の

捕食者たる鑷頭や大ヒルらもまた、漏れなく

付いてくる可能性が高いからだ。


巨体かつ足の無い大ヒルや足があっても体型的

に小回りの聞かぬ鑷頭を避けるには、やはり

高低さや起伏に富んだ岩場の方が有難い。


大口手足の支配力が弱まった岩場こそが魚人ら

にとり最善の地なのだ。よってこれを得るため

ならば、形振り構ってなど居られない。たとえ

餌たる人の子の力を借りる羽目になろうとも。


もっともだからと言って頭を下げて頼み込む

など言語道断。そもそも言葉が通じぬため、

端から頼み込む術がなかった。


よって勝手に利用する。その代わり窪地より

東手の陸地には近寄らぬし、近寄って来ぬなら

敢えて手出しもせぬ事とする。


そう、少なくとも岩場を確保するまでは、

対大口手足の戦線の尖兵として、仮初の

盟の体を取るのも悪くない。


蓋し然様に慮り、自慢の聴覚で

慎重に周囲の気配を探りつつ。


魚人らはミンネゼンガーの敷設した窪地群の

狭間を掘り進め、窪地全体を南北に長く走る

一個の対岩場、対大口手足の野営陣へと

作り変えていった。





聴覚により昼夜を問わず正確な位置情報を

取得し得る魚人らは、付近に地をゆく気配が

一つもない事を十二分に確認し昼夜を問わず

掘削伸展作業に努めていた。


耳はともかく目の方は、魚人と人との性能差は

さして変わる事がない。そんな目を掘削のため

常に下方へと向け熱心に作業を進める魚人らの

うち、たまたま気まぐれな一体がふと。


ふと視線を上に向けさらに

何の報せか東を向いた。


するとそこには。


ほんの間近の中空には

果たして何故か、忽然と。


不条理にも武装した人馬が佇んで、

魚人らの作業振りを見下ろしていた。


振り仰いだ魚人は仰天の余り

声にならぬ叫びと共に泡を吹いて転倒した。


何事かと慌てた周囲の魚人は前後左右を

ギョロ目で見渡し、ついで空を見上げて

同様に仰天し引っくり返った。


以下連鎖反応で次々にひっくり返って水浸しの

窪地でびちびちと跳ねるその様に、空の人馬は

愉快気に笑い、すぐに東へと飛び去った。



「フフ、これは中々……

 悪くないわね」


サイアスの背に俯き加減でもたれ、

口元に手をやり笑むニティヤ


「味の話かい」


と茶化すサイアス。



「あら……

 私を魔扱いするのね」


「滅相もない!

 魔が恐怖や驚愕を食べるというのは、

 きっとこんな感じかな、と思っただけ」


「ふぅん? そう…… じゃあ

 次は貴方の恐怖でも頂こうかしら」



仄かにその目を細めるニティヤ。


容姿が整い過ぎているため迫力が勝り、

笑んでいるのか怒っているのか

皆目検討が付かなかった。



「ここは一つ、小湿原上空の散歩で

 ご容赦いただきたい」


「曲の一つも付くのなら

 許してやらない事もないわ」


「はいはい。笛で宜しいか」


「苦しゅうない」



とりあえずサイアスは許されたようだ。





「随分優雅な戻りだな。

 それでどうだったのだ?」


ミンネゼンガーの野営地のうち、

中央やや西寄りにある天幕での事。


「窪地一つ分、北に退避しました」


揃って東方風の茶を楽しみつつサイアスが

ミンネゼンガーの総司令官たるベオルクへと。


「……何をした?」


先刻の経緯いきさつについて報じていた。



「ククク。

 空往く騎馬の蹄は鳴らぬか。

 連中さぞや仰天したろうな……」



城砦騎士団の幹部衆は皆お困り様であり、

かつて紅蓮の愚連隊でたいそう「揉まれた」

ベオルクは今やすっかり悪戯好きでもあった。


と、



「ギョっとしたのですな! 魚だけに!」



とここぞとばかりに大声で

大げさに頷く大柄な筋肉の塊。



「……」


「……審議中」



夫婦揃ってジト目なサイアスとニティヤ。



「これはしたり!?」


「裁きを申し渡す。彫像の刑だ」


「ハハッ、しからば…… ムゥンッ!!」



刑なのに大層嬉しげなのは何故だろうか。

とまれマッシモは天幕の隅っこで激しく

ポージングを開始した。



「……庭先に飾ったら

 泥棒避けになるかも知れないわね」


「城郭の広間にも良かろう。

 食費を鑑みれば甲冑より

 高く付きそうではあるが」



ニティヤの嘆息にベオルクが苦笑した。


一方スターペスは淡々と

東方風の水菓子を堪能しつつ



「窪地一つ分とはまた絶妙な距離ですな。

 驚愕しつつも計算ずくと言いますか」



と図面を確認。


片手間でスラスラと定規も用いず

軍師が溜息を付くほどの精度で

書き込みを進めていった。



「これが奇襲せず去った事で

 向こうも確信を深めたでしょう。


 予定通り昨日の倍の間隔で敷設を

 おこなえば滞りなく進むかと。

 無論護衛は付けますぞ」


「御意に。早速手配して参りましょう」



職人気質というべきか、仕事が出来ると途端に

それに没頭する。資材部棟梁たるスターペスは

一礼し速やかに退出し、ベオルクの副官衆が

護衛部隊を編成すべく後を追った。

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