サイアスの千日物語 百四十四日目 その四十四
夜明けの空を彩る優美な調べは
やがて無数の勇壮な羽音へと変じて
東の方へと去っていった。
小湿原に進駐していた空の異形「ズー」の
飛行軍団200体は司令官「アン・ズー」と
共に大湿原の北西の端へ。さらに大湿原内を
南東へと飛び渡り、やがて見えなくなった。
荒野の東域たる大湿原に残存するズーは
既に800体を切っていた。去り際に
アンズーの語ったところによれば、
ゆくゆくは全て南西丘陵へと向かうらしい。
そうなると騎士団としては、ズーと互いに
相食む関係にある「できそこない」の動向が
気になるところ。
大湿原の南方の断崖地帯には、未だ「野良」の
できそこないが少なからず残っているだろう。
これらが同様に南西丘陵へと移るなら良いが、
人を求めて平原側へ向かうなら大事となる。
歌陵楼上へと降り立ったサイアスは
こうした懸念を率直に口にした。
相手は共に鞍上にあるニティヤ、そして楼上
へと迎えに現れた歌陵楼に駐屯する第一戦隊
副長大隊の中隊長ガーウェインであった。
ガーウェインは元はトリクティアが派遣
している駐留騎士団、機動大隊の長であり
かつてサイアスの父がそうであったように
千人隊長でもあった。
サイアスが生まれるより以前から軍務を担い
一戦で活躍してきた歴戦の将官だ。兵団内の
立場ではサイアスが上なものの、サイアスは
ガーウェインに対し十全の敬意を払っていた。
「ふむ、卿の懸念はもっともですが」
ブークに極め付けの頑固者と称され、実際
その通りの極まった頑固者でもある老練なる
ガーウェインだが、初対面よりサイアスを
次代を担う英傑だと認めていた。
何より謙虚かつ貪欲に将器を磨くその姿勢を
気に入っていた。自然に笑顔を零しつつ
「元より参謀長の絵図なれば、その辺りの
対策は既に成されておるものかと存じます」
と応じた。
「ふむ、そうなると……」
と思案気なサイアス。
「此度の連合軍側の作戦内容は未だ我らへは
秘匿されたままですが、その辺りに何か
仕掛けがありそうですね」
「まさに仰せの通りにて。
かの『架橋作戦』の折も、ものの見事に
我らを出し抜いてくれましたからな……」
「あぁ、そうでしたね。
成程…… 納得しました」
ガーウェインの成した示唆によって
サイアスは何かに気付いたようだ。
「ご助言くださり有り難う御座います、
ガーウェイン卿。大変参考になりました」
「おぉ、有難きお言葉。
またいつでもお声掛けくだされ」
サイアスはガーウェインに一礼すると、
歌陵楼駐屯部隊総員の敬礼するなか
シヴァを促し宙を駆けた。
目指すは西手遠方に見える天幕の群れ。
グントラム作戦主力大隊「ミンネゼンガー」
の駐屯地であった。
「ぃょぅ光のハイランダー! 元気ぃ?」
第二時間区分の初旬、午前6時10分頃。
中央城砦外郭北防壁からやや北西、高台の
段差近郊にて。高台下方へと資材を下ろす
橋桁の傍ら。
下方にセントール改を留め、座像に似たその
背よりハッチを空けて高台へと渡した梯子の先。
急拵えの指揮所で或いは図面を引き或いは指示
出しをするランドの下へと火男が現れた。
「やぁシェド、こっちはかなり落ち着いたよ。
ビフレストの半分程の高さだけど、結構
良い感じに仕上がった。自信作だね」
「ほへー、やりおるのぅ」
指揮所は斜面の上側に在るため具に
見ては取れないが、中央城砦の建つ高台の
西の斜面にはびっしりと石垣が構築されていた。
外郭北防壁西端の西への延長戦を中心にして
南北100オッピ程。日中はさらに南北に
100オッピ程拡張し施工する予定だった。
「ところで僕に何か伝令かい?
ミスターブシェドゥ」
図面から火男面へと視線を移すランド。
なんだか火男面の表情が以前と変わって
いるように感じた。
「ちょい! 前から言おう思てたけども!
俺っちは『キャプテン』ブシェドゥやで!
随分前にランクアップしたんやで!」
となにやら憤慨してみせるシェド。
「へぇ? ミスターよりキャプテンの方が
上なんだ? まぁどっちでも良いけど。
まぁシェドも今や伝令長だしね。
長は長でも長距離の長っぽいけど」
「そげんこついわんで!
伝令は走ってなんぼやき!」
「はいはい。それで僕に言伝?
違うなら仕事の邪魔だから遠慮してね」
何にしても長引きそうだ、と
ランドは再び図面へと戻った。
「何やえらい冷たいのぅ。
仕事と俺っちどっちが大事よ!」
「仕事に決まってるけど?」
刹那の迷いも見せぬランド。
「ステラっちにも同じ事言うんか!」
「むしろ擦り切れるまで
働けって言われるけど?」
「おぉぅ、漂う悲哀のフレグランス」
「君もそのうち判…… るといいねぇ」
「うるへちくそおぼえてるぉおあ!」
シェドは捨て台詞と共に脱兎の如く
走り去り、暫くしてダッシュで戻ってきた。
「体力有り余ってるねぇ」
徹夜明けでお疲れのランド。
「ダゴンの力やな!」
何やら元気一杯でドヤるシェド。
「だご……? 何それ」
「まぁよか! 参謀部から呼び出しやで!」
「えっ、参謀部……
何だかイヤな予感がする」
「研究棟に来い言うとるで!」
「ふむ? 『腕』の話かな……」
「とにかく伝えたで!
ほなアデュー!」
シェドは助走のポーズ付きですっ飛んでいった。
ランドは用向きを模索し小首を傾げつつも諸々の
引継ぎを済ませ、セントール改をその場に残し
城砦内へ。本城中央塔付属参謀部へと向かった。




