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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
1100/1317

サイアスの千日物語 百四十四日目 その四十二

独立機動大隊ヴァルキュリユルの伝令の長

シェド・フェルによってもたらされた書状への

吟味は30分程で済んだ。今は午前5時半。

第一時間区分の終盤、夜明けも遠からずだ。


中央城砦と支城との間での情報の授受は、

基本的には光通信でおこなわれる。ただし

光通信で一度に処理できる情報量は大きくない。


そのため此度のような長文を要する案件は

隠密や伝令を用い書状でと、ごく一般的な

手法でやり取りをしていた。


書状の返事が即時に用意できるとは限らない。

また、中央城砦内でならともかくも、異形の

跋扈する荒野の只中で1000オッピも離れた

支城への伝令には、大抵護衛が付いている。


そこでそもそも騎士団内部でのやり取りなため、

往路の伝令や護衛の兵は一旦現地にて休養させ

復路は別途支城から人員交換の格好で派遣する。

そういう手法を採る事も多かった。


だが異形らの最盛期と言える未明の時分にも

関わらず、シェドは一人でやってきていた。

すこぶる重要な情報を運んできたにも関わらず。


これが意味するところを推し量るなら、

返書もシェドに任せるのが妥当であろう。


だがシベリウスら支城幹部はさらに思案した。

支城が全面的な賛意を示すなら、もっと良い

方法がある、と。



「サイアス卿並びに中央城砦への返書は

 光通信にて送る事にする」



と城主たる第一戦隊支城大隊長シベリウス。



「『支城総員は卿を信ず』だ。打て」


「直ちに」



ロミュオーは大仰に一礼し兵に差配した。


いちいち百万言を尽くすまでもない。

ただ一言に万感を込めればそれで良い。

それは如何にも武人らしい判断であった。





さてそうなると途端に暇になるのがシェドだ。

サイアスからシェドへの指令オーダーはこうだ。



支城に書状を届けよ。

後はあちらの判断に従え。

帰ってくるなら夜明け前に。


夜明け直後は出歩かぬように。

巻き添えにする可能性がある。



この後の予定を聞かれたシェドは、これを

そっくりそのまま支城幹部らに伝えた。



「……巻き添えとは」



とヘルムート。

表裏の少ない人物だ。



「土壇場で裏切られる可能性を

 排除してはいないのだろう」



とシベリウス。


戦に偽計が付き物であることは

将帥ならば誰もが知っている。


降伏開城を偽って襲い掛かるなど

乱世においては常套のうちであった。


またそうした状況が予見できても、

将帥や外交官は前に出ねばならぬ。

それが彼らの役目なのだから。



「その際は自ら落とし前を付ける。

 そういう意味ですな。何ともはや……」



悲壮にして美事な覚悟だ。齢18と聞くが

なかなかどうして、既に宿将の貫録がある。

ロミュオーは腕組みし数度頷いてみせた。


もっとも。


「多分、単純に邪魔だからじゃないっすかね。

 あの二人、どっちも殲滅せんめつのプロっすよ……」


とシェド。


自ら以外はすべて敵。そういう状況の方が

気遣いなく大暴れできる。あの二人なら

そう考えてそうだ、とお手上げの仕草をした。





とまれシェドとしてはこれにて手持無沙汰と

相成ったため、取りあえず帰るか、と城主ら

に暇を告げようとした。すると



「伝令の足なら間に合うのだろうが、

 それでも夜明けがかなり近い。

 無理は禁物だ。


 それに折角ここまでやって来たのだ。

 支城名物の一つも食っていくといい」



シベリウスはそう告げると

若手の兵らにシェドを食堂へと案内させた。


ビフレストの主力戦闘員は、かつて中央城砦

の防衛主軍たる第一戦隊における精鋭集団、

「精兵隊」150名であったうちの100名だ。


構成員はすべて戦力指数4以上であり

城砦兵士長の階級にある。若手であれば外見

こそ大いに異なるものの、シェドとは階級が

同じで戦力指数でもかなり近い、非常に

親しみ易い間柄にあった。


また支城に詰める精兵衆の大多数は男性である。

精兵衆のうち女性の大半は元副長たる城砦騎士

ユニカと共に中央城砦に居残ったためだが、

とまれ支城の精兵は男性が多かった。


そしてシェドは女性受けがどうしようもなく

絶望的に甚だ残念に過ぎる酷さではあったが、

男性にはかなり人気がある方だった。


お陰ですぐに打ち解けて気さくに語らい、

共に意気揚々と食堂へ。


ビフレストの北城郭は石垣によって地表より

2オッピ近く底上げがなされている。


よって北城郭の軍事施設は底上げされた表面上

に建てられていたが、兵らの居住区や食堂は

支城内では地下にあたる位置に在った。



「ふぉお、何か秘密基地っぽいべや!」



地下施設特有の秘密めいた気配に

いたくご満悦のシェド。



「居住空間としての一通りの設備は揃ってる。

 備蓄も今の人員規模なら3カ月は持つから

 ゆったり引き篭もれるぞ」



と案内を担う兵が笑った。



「ほほぅ! 元プロとしては

 気になる発言やね!」


「何のプロだい?」


「引き篭もりっちゃ!」


「お、おぅ……」



シェドと兵らは与太話などしつつ、

食堂で「名物」が来るのを待っていた。





「ほぃ、お待たせさん」


「お、来た来た」


給仕は非番の精兵が勤めていた。

なんでも賄い飯目当てなのだそうだ。

一言でいえばマッチョだらけの絵面に

シェドはやや挙動不審となりつつも



「おー、汁物かや、暖まりそうな!」



と名物とやらを見た。


荒野の太陽は熱量に乏しく、季節として

平原より一段階寒くなる。秋口の今は晩秋に

ほど近く、未明となると肌寒さを感じるほどだ。


そうした中単騎駆け回るシェドに

とっては頗る有難い代物に見えた。



「これがビフレスト名物

『ダゴン汁』さ。さぁ食ってくれ」



給仕と案内の兵は共に得意げだ。



「……今なんとおっさりましたかね」



思わず硬直するシェド。



「これがビフレスト名物

『ダゴン汁』さ。さぁ食ってくれ」



声を揃え、一字一句違わずに

ユニゾンしつつ復唱してみせる兵ら。



「『ダゴン』てあぁた……

 ちょっと冒涜的過ぎやしまへんか!」



ダゴン。平原の伝承によれば神の名である。

元は大地の豊穣神だが後に他教に貶められ、

異形の海神へと変貌を遂げ、邪神とされた。


異形、海、邪神。

危険なキーワードが満載だ。

シェドはマジマジと「ダゴン汁」を見た。





見た目としては東方風、白味噌系の野菜汁だ。

ゆらゆらとうっすら湯気立つ器には、野菜以外

にも何やら練り物らしきものが見える。


この名物とやらに何か特徴や仕掛けがある

のだとしたら、まず間違いなくコレであろう。

シェドは本能的にそう直感した。


そしてシェドはビフレストに対し囁かれる

まことしやかな噂を知っていた。


曰く、ビフレストでは魚人を食うのだと。


すると、しからば、そうなると。

この練り物らしきモノの正体とは。


考えれば考えるほど、丸い練り物が

名状し難い形状に見えてきた。



「おぃおぃ、何をお見合いしてるんだよ。

 せっかくの出来立てが冷めちまうぜ」



兵らは自信の分をうまそうに食べていた。

ここで食べねば男が廃る、そう考えたものか、

シェドは色々覚悟を決めた。



「えぇい、南無三!!」



至って小麦な塩団子であった。

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