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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
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サイアスの千日物語 百四十四日目 その三十九

「まずは此度の交渉の対象となっている

 我らが『小湿原』と呼ぶ地勢についてですが。


 我らは俯瞰すれば左に傾けた瓢箪の如き大小

 の湿原を、元は一つの『大湿原』であったと。


 そして大湿原とは元来北方河川の一部であり、

 南側へ大きく蛇行した北方河川が堆積物で

 隔てられ取り残された。


 そうした仕方で出来上がった河跡湖の類で

 あったろう、とそう類推しておりましたが、

 これは不正確でした」


広間の耳目を一身に集め

城代たる城砦軍師ロミュオーは語る。



平原の西方、荒野との隣接域のうち荒野側。

――大部分が人跡未踏の地域であるため

恐らくは、と但し書きが付くものの――

荒野の東域の中央部に巨体を横たえる大湿原。


東西幅およそ1万オッピ。南北幅5千オッピと

余りに大きく、それゆえに北方河川と南方断崖

ともども魔軍による平原への直裁な侵入を阻む

障壁として機能している大湿原。


そして当支城の建つくびれを伝って隣接する

概ね中央城砦と同程度の面積を有する小湿原。


これらの成り立ちについて、はねっかえりは

羽牙という種が知り得る限りの情報をサイアス

に提供としたという。それは、



「大小の湿原のうち、大湿原は北方河川の

 北岸同様、広範に渡り多様な植物相を有する

 草原と森林で成り立っていた、とのことです。


 一方小湿原については我らの推測通り

 河跡湖に近いとのこと。


 ただし付記があり、小湿原とは中央に

 浮島を有する環状湖であり、中央の浮島には

 飛びぬけて巨大な、それこそ中央城砦の如き

 巨大な樹木が茂っていたのだ、との事です」



との事。大小の湿原とは本来なんの連絡も無い

別個の地勢であり、またかつての光景は今から

想像もできぬほど――荒野とは呼べぬほど――

緑に溢れていたのだとか。





「中央城砦なみに巨大な樹木だと?

 ……祖国カエリアの神話にある世界樹のようだな」


と城主シベリウス。


騎士団領マグナラウタスに移住するまでは

領主たる友オッピドゥスら他の巨人族の末裔と

同じく平原三大国家中北の雄、カエリア王国を

祖国としていた。


そしてカエリア王国の国旗であり王家の家紋

でもある剣樹の紋章とは、同地の創世神話に

登場する世界樹ユグドラシルを象ったものだ。



「言い得て妙ですな……

 世界樹と言えば世界そのもの

 さらには生命の象徴でもあります。


 小湿原に存在したらしきその巨木もまた

 生命力に溢れ、周囲の汚泥を浄化して

 澄明な水や清涼な大気をもたらしたとか。


 現在でも『根は生きている』との話です。

『ゼルミーラ』作戦の展開次第では、それらを

 実際に確認することができるやもしれません」



ゼルミーラ作戦の戦術目標は小湿原の状態の

調査であり、戦略目標は小湿原確保への布石

を打つ事であった。



「……ロミュオーよ。確か魔笛作戦では

 小湿原への火攻が禁じられていたな」



多くの城砦騎士がそうであるように、騎士団

騎士会騎士階級筆頭であるシベリウスもまた

戦絡みだととにかく知恵が回る。



休眠中の参謀長セラエノより命を受け、

兵団長サイアスが小湿原の羽牙の攻略を

進めるようになって以降、羽牙狩りに最も

効果的な小湿原外縁部そのものへの火攻は

全面的に禁じられていた。


火矢の使用までが禁じられていた訳ではない。

意図的に焼くな、程度のものではあった。


が、シベリウスはその命の背後にセラエノが

小湿原について何がしかの秘匿事項を有して

いたのではないか、と勘繰ったようだ。



「そうですな……

 参謀長がどこまで『知っている』

 のかは、正直私では計りかねます。


 ですが、表象的に浄化の原因が小湿原の

 植物相にある事は研究者には自明でしたので、

 当座はこの点を掘り下げる必要性は無いかと」


「成程な。続けてくれ」



とりあえずシベリウスは納得し

ロミュオーに先を促した。





「さて大湿原に関してですが。


 北方河川北岸と同様、元来は『まっとうな』

 草原や森林といった植物相であったのに

 現状の腐乱と汚臭の温床と変化してしまった

 理由とは、ひとえにとある魔の存在ゆえです。


 我ら騎士団が『百頭伯爵』と呼称する件の

 魔は、黒の月、宴の折に荒野東部へと顕現

 するそのたびに、きまって今は大湿原と

 呼ばれる一帯へと至るのだとか。


 顕現に用いた多量の呪詛と怨嗟に満ちた屍は

 かの魔の概念への昇華と引き換えに沃野を

 蝕み汚泥と悪臭に満ちた穢土えどへ。


 すなわち毒沼と毒草の蔓延る死の大地、

 大湿原へと変えていきました。


 曰く、大湿原は歳月を経、かの魔の顕現を

 経るごとに肥大化し現状の規模に至って

 いるのだとのこと。


 一方小湿原の『世界樹』はこれに抗うも

 力及ばす、遂には目前にまで大湿原に

『侵攻』され現状は根だけになっているとも」

 


「何とも壮大な話だ。

 だが一つはっきりしたな」



ロミュオーの語るところに驚愕し

感嘆しつつも確たる口調のシベリウス。



「小湿原は『味方』だという事だ」



いかにも彼らしい表現であった。





「実に詩的な表現ですな。

 ですがその通りなのでしょう。


 実は、大小の湿原の狭間のくびれ。

 すなわち当支城が架橋する泥炭の海とは。

 大小の湿原の攻防における最前線なのです。


 そして羽牙は小湿原を攻略する百頭伯の

 尖兵であり、外縁部に取り付き『砦』と

 成して中央部の『世界樹』を文字通り

 根絶やしにすべく暗躍していた。

 

 つまりはそういうことだったのです」


「何だと? ……では」



シベリウスが眼光鋭くそう問うと

灯りの加減かロミュオーのお多福面の

目がこれに呼応するかの如くぎらついた。



「お察しの通り。


 かつてサイアス卿は羽牙が百頭伯爵の屍に

 残留する膨大な魔力と大湿原の植物相が

 反応して誕生した落とし仔ではないかと

 推察され、軍議でその旨語られたとか。


 それは正に真でした!


 さらに申さば羽牙はあぁ見えて植物。

 しかも果実の類だという事です!


 まぁ動植物の分類なぞ所詮人の都合ゆえ

 異形にとっては知った事かという話ですな!」



ロミュオーは天を仰いで首を振り、

次いで頭を、腹を抱え笑い出した。


芝居がかったその挙措は

どこか狂気がかっていた。



「……ロミュオーよ。

 では『はねっかえり』とやらの言う

『小湿原を譲る』との言の真の意味とは」


「ッハハハ!

 流石シベリウス閣下、

 もう気付かれましたか!


 そうなのです! 百頭伯の落とし仔たる

 羽牙のうちでも、荒野東域の連中は!


 生みの親であり、妄信し盲従すべき

 主でもある荒神、大魔、百頭伯を

 金輪際見限るというのです!


 見限って奸智公(あの女)に付くのだとね!」

 


広間に痛いほどの沈黙が満ち、

沈黙の中奇矯な面の発する

乾いた高笑いが響いた。

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