表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
1095/1317

サイアスの千日物語 百四十四日目 その三十七

「異形にとって人とは生餌に過ぎませぬ。

 そもそも思想も志向も異なる存在ゆえ

 協約なぞ結び難いと見做すのが妥当です。


 ですが異形にとって魔は絶対の神なる存在。

 その魔を引っ張りだす事で絶対破れぬ協約

 を結ばせるというサイアス卿のやり口は

 中々に強かですな。


 かの御仁は軍人である以前に封建領主です。

 この手の駆け引きはお手の物でしょう。

 ただ、問題は裁量権に関してです」



支城の城代ロミュオーは支城の城主

シベリウスを見やって一旦言葉を切り、

シベリウスはふむ、と呟き続きを待った。


 

「荒野での諸事は城砦騎士団の専権事項ゆえ

 平原西方諸国連合に対して特段の問題が

 あるわけではないのですが。


 即時的な状況も無論考慮すべきですが

 サイアス卿は騎士団全体の軍事の趨勢を

 左右する極めて重要な判断を上層部に

 はかる事なく独断で成した事になります。


 要は越権行為ではないかという点。

 これについては当支城としても見解を

 纏めておく必要があるでしょうな……」



とロミュオー。



サイアスは城砦騎士団中兵団の長であり、

騎士団上層部のうちでは末席を占めている。


また現状第三戦隊長代行を兼任しており、

参謀長より羽牙への対応に関し密命を

受けてもいる。


端的に言えば上層部3名分の意見を代表

し得る立場にはあるが、それでも大前提

として裁可を下し得る長の立場にはない。


にも関わらず断を下した事については、

疑義を申し立てられ得るかどがあった。



本件に関する査問会の類が開かれる事と

なった場合、支城としては役目柄書面で

意思表示をする事となる。


書状自体はロミュオーが認めるとしても

意向はシベリウスのものであるべき。

そういう意味合いであった。




 

「愚にも付かぬ事を聞く」


とシベリウス。



「現場の判断を尊重せぬ現場がどこにある。


 そもそも上層部の大半が外征中だ。

 そちらに諮っていては間に合わぬ。


 だから卿が判断を肩代わりしたのだ。

 感謝し追認こそすれ非を問うなど論外だ。


 もし罪に問うと言うのなら、私とて

 うかうかと城主を務めてはおれぬぞ」



シベリウスは苦笑しつつそう言い、

意見を求めヘルムートを見やった。



「そもそもサイアス卿以外の誰が

 高空より奇襲する上位眷属を捕縛し

 彼の者と『交渉』できたでしょうか。


 相手が会話し交渉する気になったのも

 サイアス卿だったからだと存じます。

 これ以上の結果は望めますまい」



とヘルムート。


個人的には裁量権についてはよく判らない。

だがこの件では事情にかかわらずサイアスの

かたを持つ。ヘルムートはそう決めていた。


ヘルムートは先の黒の月、宴の折の野戦陣で、

縦長と鉄塔の下敷きになった配下らがサイアス

の進言によって救助された事を、今も強く

恩義に感じていたのだった。





「成程。お二人の仰りようは誠にもっとも。


 まぁ参謀部でもこの件に異議を唱える

 者はおりません。一番口煩いルジヌ

 ですら追認しておりますので」


とロミュオー。



サイアスとはねっかえりの「交渉」は

セラエノの庵の外部の空でおこなわれた。


セラエノの庵にはアトリアが待機。上層の

外縁部には指令室へと繋ぐ玻璃の珠がある。


要は指令室に戻った筆頭軍師ルジヌや

当初よりそこに詰めていたシラクサや

ミカガミらはサイアスとはねっかえりの

交渉の一部始終を聞いていたのだ。


その上で「異議なし」との事であった。


逆に言えば意義を唱える可能性があった

のは、騎士団長をはじめとする外征中の

騎士団上層部各位。


さらには支城城主という要職ゆえに

兵団長同様上層部の末席を占める

シベリウス当人であった。


詰まるところ、時系列的に言って未だ

見解を示していない幹部とは、実は

シベリウスのみだったのだ。


そのシベリウスは今こうして

サイアスの判断に賛意を示している。

結局、問題なし、で落着という事だった。



「まぁ『事』が成されてより既に

 2時間近くが経過しております。


 残る裁可は支城ここのみといった

 体でしたので。これにて落着ということで」


しれっと述べてみせるロミュオー。



「ロミュオー、お前謀ったか」



謀るというか、むしろ試したのだろう、と

ジロリとロミュオーを睨めつけるシベリウス。



「滅相も在りませぬ。あくまで

 必要な手続きを踏んだまでです」



お手上げと言った風にひょうげる

ロミュオーであった。





「煮ても焼いても喰えぬな。

 まぁそれゆえ城代なのだろう」


とシベリウス。既にロミュオーの

言動の「真意」に気付いていた。


ここ支城には城砦騎士団員「以外」の兵員も

詰めている。そして今この広間には観察官

としてそうした兵らの指揮官が集っていた。


それらの面前でシベリウスの見解を露とする。

これにより反対意見を封殺しようという腹芸だ。



「観察官として敢えて一言

 言上させて頂けるなら」



と議題への発言権を持たぬはずの

駐留騎士団たるトリクティア機動大隊の長、

トリクティア正規軍千人隊長が口を開いた。



「我らとて人の世を離れた荒野の只中で

 人ならぬ異形と対峙する身。心情的には

 城砦騎士団の一員でおります。


 一言お命じ下されば存念なく従い申す。

 然様な腹芸は無用に願いたいものです」



千人隊長はそう語り、シベリウスらに

敬礼ではなく城砦騎士団の好む剣礼をした。

すぐにトーラナ兵らの長官もそれに倣った。



「これは何とも美事なお覚悟。

 そう、その一言が聞きたかった」



大仰な挙措で一礼するロミュオー。



「では書状についての『理解』も

 滞りなく及んだところで、具体的な

 協定内容の伝達に入りましょうか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ