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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
1094/1317

サイアスの千日物語 百四十四日目 その三十六

「魚人との共同戦線」。


この、字面だけ追えば如何にも不可思議な事態

の内実とは、ロミュオー曰く要するに虚虚実実

の駆け引きの帰結であり「策」なのだと理解の

及んだ一同は、大いに納得すると共にそこはか

となく安堵もしていた。


安堵の理由、それは人と魚人との。

平原に暮らす人なるものと荒野に棲まう異形

との距離感が縮まった訳でも相互理解を得て

親交を得た訳でもないのだという事実であった。


人と異形は未だ互いに相容れぬ間柄のままで

あり、その上で互いを利用し合うべく仮初の

協約を忖度するのみ。


別に具体的な盟約があるわけでない。

単に互いの邪魔をせず互いに利の上がるよう

動くという、ありふれた現場の機微に過ぎない。


平原の人同士の間では政戦問わず「よくある事」

を、異形相手に適応するという点においては、

確かに多分なる開明性を含んでいる。


だがそれでも対異形戦闘の最前線に立つ者

としては、十分に納得のいく範疇ではあった。





だが問題は、


「次に、『羽牙との不戦協定』

 についてですが……」


と大賢者たるロミュオーすら言い澱む

こちらの内容であった。


共同戦線であれば互いに言葉を交わさずとも

第一目標が異なれば自然に成立し得る事もある。


だが不戦「協定」となるとそうはいかぬ。

まず先に「協約」を締結せねばならぬ。

それには「交渉」を成さねばならぬ。

誰がどのようにそれを成したのか。



「先刻、即ち本日未明。奸魔軍に属する

 羽牙飛行軍団による中央城砦への強襲が

 発生し、これが無事撃退された件について、

 まずは概略をお話ししましょう」



とロミュオー。


北往路と架橋部の防衛を専一的に担う支城

ビフレストへと現時点で伝わっている情報は

強襲があったこと、そして状況が終了した事、

この2点のみ。詳細は未達のままだった。



「羽牙飛行軍団300体による強襲とは

 中央城砦より南南東1000オッピに在る

『オアシス』に展開中であった城砦騎士団の

『アイーダ作戦』主力軍を混乱させ、撤退に

 追い込む事を目的としたものでした。


 羽牙300体の戦略目標は陽動でした。

 戦術目標としては囮を用いつつ城砦二の丸の

 攻城兵器『火竜』を狙うといったものでした。


 が、この羽牙300体をも陽動の囮として、

 先日中に確認されたばかりの羽牙の上位眷族

『はねっかえり』が単騎本城中央塔へと侵攻。


 はねっかえりの狙いとは中央塔上層、

 天頂部独立区画にて休眠中である騎士団の

 生ける叡智、参謀長セラエノだったのです」



何と、というどよめきが広間にさざめいた。





中央塔上層、天頂部独立区画とは、

要は四角錘をした本城の天辺である。


地表より数十オッピと途方もない高みである

天頂部のセラエノの庵には、そも人はおろか

飛行高度の限界が数オッピな空の眷属、羽牙

ですら近寄れない。


ゆえにこの100余年常に安全であり、

これからもそうであろうと誰もが考えていた。

つまりは無警戒かつ無防備な状態にあったのだ。


この上位眷属はそうした思考の虚を衝いて

城砦騎士団の有する戦歴その人ともいうべき

セラエノを抹殺しに掛かったのであった。



「ですが兵団長サイアス卿が事前に

 これを予見して迎撃。件の上位眷属を

 捕縛状態に追い込んだのです。


 ただこのはねっかえりという異形、相当な

 曲者の様で、日中もサイアス卿へと人語を

 用いた語り掛けをおこなっていた模様。


 此度捕縛された際も、自身の身柄を開放する

 引き換えとして、小湿原の支配権の委譲と

 同地の羽牙残存戦力の撤退を約したとの事。


 サイアス卿は現状騎士団の、いえ人類の

 有するほぼ唯一の航空戦力ですがその

 飛行能力には制約が多く、捕縛状態も

 多分に不完全なものであった事。


 またサイアス卿はかねてより参謀長より

 魔軍の航空戦力たる羽牙の削減と小湿原

 よりの殲滅を密命として任されていた事。


 さらにははねっかえりの成す提案が

『グントラム』『ゼルミーラ』両作戦の

 展望上、極めて有意義であった事。


 以上3点を十全に鑑みた上、さらに

『交渉』しさらなる譲歩を引き出した上で、

 はねっかえりの身柄を開放したとの事です」





再び広間にどよめきが起きた。

先刻のどよめきに数倍するもので、

誰もが顔を見合わせ口々に呻いていた。

その内容とは、



「むぅ……

 異形と『交渉』か……

 そもそも信用できるのか?」



との城主シベリウスの言に集約されていた。 



「実は件の上位眷属『はねっかえり』とは

 先の黒の月、宴の折に新兵カペーレの屍に

 潜り込み城砦内へと侵入して中央塔へと

 飛来した『四枚羽』の個体進化後の姿

 なのだそうで。


『四枚羽』と初遭遇したのもサイアス卿と

 参謀長でして、とにかく以前より因縁が

 あった模様です。


 さらにはねっかえりはかの『奸智公爵』の

 使徒であると見られており、宴の折の挙動も

 先日中の挙動も今未明の挙動も、要は一切が

 奸智公爵の企図によるものであるとの事。


 そこでサイアス卿ははねっかえりが神と崇め

 狂信的に盲従する奸智公爵に対し誓約させ

 不可避的な仕方で言質を取ったとの事です。


 唯一絶対不可侵なものへの誓約である事や、

 何より身柄開放要求それ自体が奸智公の

 意向である事。さらに『背後』で交渉を

 見守っている状態であった事。


 要するにサイアス卿は間接的ながら、

 荒野に在りて世を統べる大いなる魔が一柱。

 奸智公爵と約定を取り交わしたと言う訳です。


 文字通り天地神明にかけての事ですので

 件の上位眷属としてもまず覆せはせぬ。

 そういうところでしょうな……」



お多福面を俯かせ手で支えつつ

首を振る、城代にして軍師ロミュオー。


聞く者全てが同じ想いで似た挙措をした。



「話が壮大過ぎて付いていけぬ……」



まさにシベリウスの漏らす通り、

誰もがお手上げといった様子であった。

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