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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十二日目 その十九

北方の河川から随分な距離を黙々と殺到する眷族の群れは、

徐々にその姿を夕日の下、露にし始めた。前方およそ300歩から

400歩の間を雁行の陣を形成してひたひたと迫る一群は魚人。

後方かなり遅れて巨体を揺らし蛇行するかの如く迫るのは鑷頭。

魚人は10、鑷頭は1。鑷頭は初見だが、魚人も先日サイアスの

見たものとは色合いが異なっているようだった。


魔は人より大きく強く、そして賢い存在であり、魔の従僕である

眷属も人と比して高度な心身を持っていた。そうした眷属の特徴を

考慮した場合、今回の北方からの侵攻はやや理に合わぬ部分があった。

川から遠く危険が大きく、損得勘定では割りに合わぬ動きだったのだ。

ただしここに、「件の祭事」すなわち「宴」が近いという時期的状況、

出歩いているのが大量の虚弱な補充兵の集団であるという即物的状況、

夕刻にして夜の入り口であり、魔や眷属の支配時間に近い即時的状況

等を合わせた場合、手を出したくなるのも判らぬではなかった。


要は今現在城砦の四方で起きている眷属の襲撃は必然であった。

なぜならこれは、補充兵を餌として城砦側が企図した誘引だったからだ。

城砦としては、常より50名多い補充兵を餌としつつ篩いにかける

この一手は、内実が有象無象であることを思えば悪くないものであった。

無論、餌扱いされる補充兵としては堪ったものではないだろうが。



ラーズは左手で弓を構え右手で矢を番え、

びょびょうと音を立てて一息に2矢を放った。

その様を見たサイアスとロイエは思わず顔を見合わせた。

飛び往く寸前の弓と矢が、見当違いと言える方向を向いていたからだ。


魚人の上方へと向けて飛ばすのならば判る。

遠距離射撃の基本は仰角を大きく取った曲射であるからだ。

だが今放たれた2矢は、魚人の斜め左へと飛翔したように見受けられた。


サイアスとロイエは無言であったが、

空気を察したらしいラーズは笑いながら言った。


「矢ってのはな、つまるところ、必ず曲がって飛ぶもんなんだよ。

 端っから真っ直ぐ飛びやしねぇのさ。空を蛇が這うみたいに

 のたうちクネり、回りまわって飛んでいくんだ。

 そこをきっちり理解してりゃぁ、やり方次第で」


前方の魚人の群れのうち、迫り来る左端の魚人が吹き飛んだ。


「ま、こんな感じだ」


ラーズはそう言いつつ、今度は右手で弓を構え左手で矢を番え、

弦を鳴らしてさらに2矢を放った。暫しの後、右端の魚人が

激しく回転しながら転がった。魚人の群れは状況に理解が及ばず、

速度こそ落とさぬものの、知らず中央へ密集し始めた。


「魔弾…… あんた『ワタリガラスのラーズ』ね」


ロイエがラーズを見据えていった。



通例、傭兵の雇用形態には二種類あり、雇用主の居城等

戦地と離れた場所で契約を結び戦いに臨む「本城雇い」と

戦地そのもので即時契約を結んで戦う「現地雇い」とに分かれていた。


「本城雇い」は戦局等によって寝返りを打たれぬよう、

十分な報酬を伴う厳格な契約を締結して雇い入れがなされた。

ロイエの父が運営していたロンデミオン傭兵団などはその典型の一つ

であり、拠点を貸与され郷士格の待遇を受けることで、非正規ながら

常備軍に近い存在となっていた。継続的な運営維持を必要とする

大規模な傭兵団ほどこの傾向が強く、時を経て土着し、

やがて常備軍そのものとなることも少なくなかった。


一方の「現地雇い」は個人の傭兵が多かった。戦局や報酬で雇用主を選び、

臨機応変に立ち回ることを主目的としたこの傭兵主体の雇用形態では、

当然ながら雇用主側の対応も本城雇いとは大きく異なり、報酬に関しても

出来高制、即金払い、また死亡や負傷に手当てなし、といった具合だった。

ワタリガラスとはこうした現地雇いの個人傭兵への別称であり、

東方国家を中心に活躍する著名な傭兵に「魔弾の射手」と畏怖される

「ワタリガラスのラーズ」と呼ばれる者が居た。



「さて、ね…… 自分で名乗ったことはねぇぜ。

 ともあれ残敵9、矢は残り11だ。

 まだ当たるようで一安心だぜ。弦の調子も悪くない。

 なぁ大将、この弓気に入ったんだが貰っちまっていいか?」



「えぇ。後で返せとは言われていません。

 ……守備隊、牽制射用意願います!」


サイアスはそう請合うと後方へ声を掛けた。


「いつでもいいぞ!」


「目標、敵中央先頭の一体。放て!」


ヴォヴォヴォン、と低く重い音が響き、城砦上部の櫓から20矢が飛んだ。

ラーズはその音に上機嫌となって口笛を吹くと、

自らも左右の手で4矢を放った。

一拍、二拍、三拍。暫時の後、魚人4体に矢が突き立って地に倒れ、

さらに横殴りの矢で2体が吹き飛んだ。


「残敵3、残矢7だ。守備隊もなかなかやるもんだな」


ラーズは楽しげにそう言った。

それはむしろ守備隊のセリフだろう、とサイアスは苦笑し、


「残りの魚人は白兵戦で始末を。鑷頭の警戒を頼みます」


と告げ、ラーズは


「あいよ」


と短く応じた。生き残った2体の魚人との距離は200歩を切り、

鑷頭は目測で600歩というところまで迫っていた。

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