サイアスの千日物語 百四十四日目 その二十九
衝撃の、そして悪夢の第一投目は野戦陣左翼へ。
その後にそれぞれ1投ずつ。都合3度の超弩級
スリングショットが敢行されていた。
恐ろしく非効率ではあるものの、実効以上の
恐るべき戦果を、投げる超縦長と投げられる
大口手足らはあげていた。
元来高次の概念たる神魔とは、人の血肉では
なく魂を喰らう。丸ごと全てでなくとも良い。
果汁たる感情だけでも量が多ければ結構だ。
畏怖恐怖、動揺驚愕に狂気絶望さらには悲憤。
魔としてはそうした負の感情ならなお好ましい。
そして此度の仕儀にては、主力軍500余より
それらの膨大な発露を既にして献上されていた。
異形らに実入りがまったく無いという点を
除けば、軍勢の統率者であり戦の主催者である
奸智公爵としては最高の観劇であり晩餐な訳だ。
案外共食いが盛んな悪食の大口手足を南西丘陵
まで統率し行軍せしめ帰還さすのが面倒だった
だけかも知れないが、奸智公は既に百は目減り
した異形らを益々の投擲に用いるべく企図。
大口手足らは文字通り憑かれたように超縦長を
よじ登ってその先端に蟻か油虫かの如く目一杯
しがみつき、団子状態でブン回され放り投げ
られていた。
そして左右両翼の超縦長がほぼ同期する形で
次なる一投を成そうと身を捩り出した、
まさにその機に火罠が発動した。
ここオアシスの野戦陣は俯瞰すれば「門」を
上下逆にして足を外へと開いた上、「日」の
部分の両脇に水平方向の壁が追加してあった。
つまりは南面する敵軍がまともに地上より
攻め込もうとすればまず突破すべき、かつ
その気になれば抜けそうな壁を野戦陣の東西
に設置しており、その背後一帯には多量の火罠。
つまり本来なら敵の侵攻を待って一網打尽に
焼き払う目的で設置されていた多量の火罠を、
獲物を待たずして空打ちしたのだ。
数百の異形を焼き殺す手筈だった火勢は
もの凄まじく、さながら地上で炸裂し展開
する打ち上げ花火の如し。
縦長に負けじと火柱の群れがそそり立ち、
異形の軍勢を大いに怯ませた。奸智公がこれ
により異形の群れより恐怖や驚愕の感情を
献呈されたかは不明だが、人の側としては
結果的に二つの大なる戦果を得た。
一つは超弩級攻城兵器と化した超縦長が
その動きを一時なりとも止めたこと。
超縦長の投擲は足場をきっちりかためた上で
の挙動でありさらに何より巨大なため下方を
狙い撃つには元より照準の問題は少なかったが
これにて弾体のある上部も狙い易くなっていた。
二つ目は超縦長と大口手足らによる驚天動地の
挙動と混乱に乗じ、野戦陣東西の第一の防壁を
今まさに乗り越え奇襲せんとしていた上位眷属。
「大口手足増し増し」を炙り出し
大いに恐怖驚愕せしめた事だった。
野戦陣両翼の第一の防壁に乗り上げ、今にも
北へと飛び降り侵攻せんとしていた2体の
上位眷属らは、突如発した火柱に殺到され
鼻先を焦がされて金属的な悲鳴を上げ、
慌てて南方へと飛び退いた。
そうした2体のうち、右翼の第一防壁を
超えようとしていた大口手足増し増しの
右の肩口。
腹部の人面の目とは別の、真の眼がある鎖骨
付近に火矢が突き立った。不意の痛みに身を
眼を焼かれ狂乱する大形異形にさらに数矢。
上体をもたげ曝け出された生白い人面を狙い
火矢が次々に殺到し、大口手足増し増しは
堪らず人面をかばい南方へと飛び退いた。
右翼南方の超縦長へと一射したチェルニーらは
こちらをより差し迫った脅威と考え、標的を
変更したようだった。
如何に三人張りの強弓と異形の嫌う火矢と
言えど、大口手足増し増しの高い生命力と
治癒力を思えばけして致命とはならないが、
何より不意の炎で混乱していたのだろう。
戦意喪失し闇中へと逃走した。
これに合わせ東手の第一防壁を抜こうとして
動揺に炎に竦んでいた大口手足増し増しも逃走
を開始。これは奸智公の差配かと察せられた。
一方火矢の一斉射を受けた野戦陣右翼南方、
西の超縦長は先に着弾した油玉のお陰も
あって十分な火勢で燃えていた。
まずは油玉が実際に着弾し、後数矢の炎が
降り注いだ3重の足場から1体が剥離した。
硬質な甲殻を貫いた火矢はない。単純に
体表へと付着した粘度の高い油脂が燃えて
いるだけだ。
油玉の内容物は他の個体にもたっぷりと付着
していたため、被害拡大を恐れる形で真っ先に
切り離された、そう思しき燃える縦長は倒壊し
大地をのたうって周囲の大口手足らに引火。
大口手足らは逃げ惑うやら喰らい付くやら
地獄絵図を展開し少しずつ数を減らしていた。
チェルニーの放った一矢はさらに直裁に
ブン投げられる弾体そのものを狙い射抜いた。
目測90オッピ、高さ数十オッピの高さに
鈴生りな大口手足らは皆、背や肢を脂ぎった
毛並みで覆われている。
そのうち1体の背に深々と突き立った火矢は
見る間に火勢いを広げ超縦長上部まで炎に包み、
超縦長はこれを振り落とさんばかりにぶん回し
再び北方へと投げつけた。
投げ飛ばされた大口手足は矢張り半ば程が
泉に沈み、浅瀬まで吹き飛んだ十数が肢や背の
炎を消そうと浮きぬ沈みぬ裏返り、結果溺れて
結局は沈んだ。
大口手足は腹部の人面が呼吸機能を担うため、
四半オッピも水深が在れば大抵は溺れてしまう
ようだ。北方河川に接続する岩場においても
河岸へは中々近寄らぬのはこうした構造
ゆえであり、まさに
異形は川を渡れぬ
と世に言われる通りの顛末であった。
ただし運よく岸まで辿り着いた個体も数体は
おり、これらは未だ背に燃える炎により完全な
狂気へと陥って、形振り構わず死に物狂いで
防衛線へと突撃してきた。
第一戦隊副長セルシウス率いる一隊は
これを重甲冑と重盾で弾き返し潰したが、
その際最前列に炎が波及し数名が打撲と
軽度の火傷を負った。
どちらも致命の負傷ではないが大事を取って
即入れ替えられ、祈祷士らによる治療を受けた。
その後もチェルニーは派手にぶん回される上部
の弾体そのものを狙い、供回りとヴァージルは
下方の足場を焼き払いに掛かった。
数度繰り返すうち超縦長は長さと撓りを維持
できなくなり、徐々に短くなって最終的に分解。
大口手足増し増し同様南西丘陵への転進を開始。
こうしてまずは一方の攻め手がやんだ。




