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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
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サイアスの千日物語 百四十四日目 その二十八

アイーダ作戦主力軍の野戦陣はオアシスの泉

北岸の中央部を東西150オッピに渡り占拠

している。


対陣する奸魔軍も概ね同様の範囲を占拠し

布陣していた。よって敵本隊の両翼を占める

超縦長は北岸の野戦陣の東西の末端にほど近い。


超縦長が大口手足を放り投げてくる位置も

概ねこれに準拠しているため、北岸本陣から

それらを狙撃するのは困難といえた。


そこでチェルニーはまずは右翼たる西端へ。

馬を用いるのは後に左翼たる東端へと急行

せねばならぬのを見越しての事だ。


野戦陣よりさらに南、泉の縁ぎりぎりを

供回り数騎と疾駆するチェルニーは早速3矢

手挟んで、きりりと引いてびょうと放った。


南岸より派手にブン投げられて浅瀬に落ち、

溺れ暴れつつほうほうの体で上陸を果たして

狂乱甚だしく殺到する大口手足5体のうち

先頭の1体が横殴りに吹き飛んだ。





合成弓は小振りながらも張力が高い。

さらにチェルニーの合成弓は大振りだ。


その破壊力は凄まじく、3矢喰らった

大口手足は右上半身が吹き飛んでおり、

早速後続4体がこれを貪り食った。


平素より悪食で共食いの多い種だけあって

狂乱状態では食欲が最優先されるのか、

或いは既に奸魔軍として奸智公爵の支配下に

置かれていないのかはたまた両方か。


とまれ大口手足らはさらに北へと殺到する前に

餌食を得て食事に興じ、そこに手槍や松明が

投げつけられて串刺され燃え始めた。


チェルニーがちらりと北を見やると、岸より

やや離れた位置で第一戦隊副長セルシウス

率いる重甲冑の部隊が戦列を組んでいた。


どうやら超縦長が出来上がった時点で続く

最悪の事態を想定し、防衛線を数オッピ

北へと下げていたようだ。





セルシウスは西方諸国の一国イラストリアの

天文学者あがりという一際異彩を放つ経歴を

有する城砦騎士だ。重甲冑の上から常に纏う

臙脂のガウンはその頃からの愛用品との事だ。



「閣下、お手数を!」


「おぅ! 暫く凌いでくれ」


「お任せあれ!」



喰らい狂い燃え暴れる異形らの傍らを

さらに射込んですり抜けるチェルニーへと

セルシウスが声を掛けて戦線の維持を約した。


セルシウスらの背後では二戦隊の城砦騎士

ヴァンクイン率いる一隊が火矢の準備を

急いでいた。


二戦隊兵士の大半は両手武器での切り込みが

本職だが、さりとて飛び道具がまるで使えぬ

というわけでもない。ただし諸々手間取りは

するようで、不慣れな準備に追われていた。





程なくチェルニーは野戦陣の最右翼、西の外れ

の前線へと辿り着いた。ここには鉄塔数基を

連ねて足場とした櫓が建てられている。


放物線を描き飛ぶ矢は高さと非常に相性が良い。

対岸の大物を狙うならここが良さげだと判じた

チェルニーはひょいと鞍より梯子へ飛び付き

あっというまによじ登って篝火に矢をかざした。



「邪魔するぞ。ここの指揮官はどいつだ」



早速超縦長を狙いつつ、

ついで程度に問うチェルニー。



「哨戒部隊長ヴァージルであります」



即応する若い声。

意外な程に落ち着いていた。


チェルニーは軽く片眉を上げ声のした方を

ちらり見た。第一戦隊兵士にしては小柄であり、

バイザーを上げた兜には二十前後の未だ若い顔

が入っていた。



「お前、弓は使えるのか?」


「は、使った事はあります」


「俺の予備のをまわしてやれ」



チェルニーは自身を追って櫓へと登ってきた

供回りらにそう命じ、対岸を見やった。





野戦陣の南岸、櫓からやや南東方向では

超弩級の攻城兵器と化した超縦長が派手に

自身をブン回し、今まさに黒々とした

わだかまりを北へと飛ばしたところだった。



「距離90か。十分射程内だな。

 お主らは土台部分を狙って撃て」



自身は高みに狙いを定めるチェルニー。


合成弓の有効射程は100オッピ前後であり、

2オッピ弱ある櫓上からであれば飛距離に

関する心配はなさそうだった。



「閣下、本陣より通達が。

 火罠を発動させよとの事ですが……」



ヴァージルは本来なら本陣で裁可を

出しているはずのチェルニーにそう問うた。


現状本陣に二戦隊副長ファーレンハイトが

入りチェルニーに代わって指揮を執っている

事をヴァージルは知らない。


また城砦騎士が騎士会よりの適材適所な出向

であり、チェルニーとファーレンハイトは

騎士会の序列では同位であって喫緊時には

役目の代替が可能である事も知らなかった。


「良い案だ」


とチェルニー。



「後生大事に取っておいても無意味な上

 今回り込まれたら目も当てられん。

 精々派手に火付けせよ」



と笑った。


笑いつつチェルニーは内心別な事を思っていた。





奸智公は荒野のどこにでも居りどこにも居らぬ

高次の概念存在だ。視認可能な罠は全て文字通り

お見通しなのだろう。


こちらが側面より回り込む奸魔軍へと火罠を

用意し待ち構えている事を、奸智公は重々承知

していた。だから態々真正面からあぁいう手法

で攻めてきたのだ。


姑息に立ち回って裏を掻くのではなく、真っ向

正面から凡そ有り得ぬ仕儀で意表を衝いてみせ、

500の兵の度肝を抜いて心胆寒からしめた

わけだ。さぞや痛快な気分だったろう。


おそらく奸智公(あの女)はそれこそが目的なのだ。

人と魔や魔の眷属らの存亡を懸けた戦など、

いやそれどころか人も魔も魔の眷属らも全て

あの女にとってはどうでもいいのだ。


あの女にとってみれば、人魔の大戦なぞ

チャトランガ(ボードゲーム)の一局に過ぎないのだろう。


まったくふざけた女だが、勝負事の相手

としては掛け値なしに面白く相応しい。

精々互いに楽しむとしよう。





三人張りの大振りな合成弓を、本来引くべき

顔前よりさらに大きくギリギリと引き絞って

狙いを定めるチェルニー。


傍らではヴァージルが同様にチェルニーの

予備の弓を引いていた。予備の弓とて三人張り

ではあるのだが、第一戦隊兵士ならさもあらん。


と、西方で盛大に炎が猛った。西方の防壁の

先で火罠が発動し当たり一面を火の海として

側背よりの奇襲を抑止したのだった。


異形は炎を忌み嫌う。それを兵士らは知っており

兵らは炎を尊び敬う。ゆえに一気呵成の火勢を

得た火罠の様に兵らはどっと沸き、対岸の異形は

硬直した。


超縦長もまた、炎に怖じたかそのブン回しを

一時的に中断し直立不動となっていた。

すなわち射るには最適の好機だ。


まずは正軍師がこの機を逃さず、マンゴネル

2基にて油玉を放った。チェルニーと供回り、

そしてヴァージルもまた絶好の機と見做し、

めいめいが引き絞る火矢を放った。

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