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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
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サイアスの千日物語 百四十四日目 その二十七

オアシスの泉は直径200オッピ程の円を

南北方向から押し潰したような形状をしていた。


アイーダ主力軍のが布陣するのはそのうち北岸。

東西方向に真っ直ぐ150オッピ程伸びる線分

を中心として築かれた野戦陣だ。


一方の奸魔軍はアイーダ主力軍とオアシスの泉

を挟んで正対し布陣している。狭間に横たわる

オアシスの泉、その南北幅とは互いの本陣正面

で狭く見積もって100オッピ弱はある。


縦長らが連なって超縦長とでも言うべき状態に

なりつつあるのは奸魔軍本陣の東西の端だが、

その辺りでも泉の幅は大差ない。


そして縦長の1体あたりの全長は3から

4オッピ。両翼のそれぞれ10体が超縦長

としての全長を目一杯追求したとしても精々

30オッピが関の山と言えた。


要するに、先刻チェルニーとローディスが

冗談で語っていた、「縦長で架橋する」を

成すには両翼の縦長を一所にまとめても

足りぬ。足りぬのだ。





暫し呆気に取られ、慌ててもいた本陣指揮所の

騎士団長チェルニーはその事に気付き、おぉ、

と嘆息交じりの独り言を漏らした。


が、すぐにはっとしてまた表情を険しくした。

余計な事を、いや現状に照らせば必要な事を

発想したからだ。



――泉を渡す橋ではなく、

  泉を渡る船になる気ではないか?



何故そう思い至ったのかは、

チェルニーにすら判らない。


だがチェルニーの脳裏には超縦長がバタリと

泉へ倒れ、倒れこんだ後に左右の百足10体分、

要は千の足で激しくワシャワシャと水面を漕ぎ

南岸から北岸へ渡ってくる様が浮かび、呻いた。


そして



「マンゴネル2基共に油玉を装填し

 それぞれ両翼の縦長らを狙って撃て」



と命じ、さらに



「弓の支度だ」



と供回りに命じた。


チェルニーの下命は即時履行され、正軍師らの

差配と照準の下、指揮所側の2基の攻城兵器の

準備は速やかに整えられ、随時油玉の投射が

開始された。


油玉に殺傷力の類はない。単に粘度の高い

油脂を着弾箇所付近に飛散させる事、それ

のみを目的とした弾体であった。


ただし火矢の前に放たれる油矢と同様に

標的を可燃状態へと追い込む効率は高い。


両翼の縦長は既に超縦長へと変じ、

中央城砦の本城もかくやといった超高層の

ひょろ長い姿となって両脇に生えた千の足で

ワシャワシャと虚空を掻き毟っていた。


聳え立つ超縦長はゆらゆらワシャワシャと

揺れながら南岸の縁にまでやってきた。



陸の眷属は川を渡れぬ。



「血の宴」での魔軍の侵攻範囲や

荒野東域での異形らの分布から鑑み、

この一言は長らく真しやかに語られてきた。


その言果たして真か偽か。

図らずも確かめるべき時がきた。





真。風説は真であった。


超縦長は南岸の縁まで迫るもさながら

壁に阻まれたかの如く、まったく前方へと

進まなくなった。明らかに水を忌避している。

そのように見受けられた。


だが。


その先の挙動は最早常軌を逸していた。


超縦長は暫し岸辺で硬直的に過ごした後、

その上体を大きく北へ。泉の側へとしならせた。


超縦長としての体躯と対岸までの距離を

照らして測っているのではないか。

見る者にそう思わせる素振りであった。


そのまま泉に倒れこみそうな程大きくしなり、

水面から命からがらに逃れるように千に近い

足で中空に足掻いて何とか元の直立姿勢へ。


こうした挙動を左右に足場をずらしつつ

何度か繰り返したのち、己が長さを以てしても

対岸までは渡せぬと得心がいったのかどうか。



超縦長はやや短くなった。



最下方を三重に。次いで二重に抱き合わせ

残りは従来通り。こうして足場を強固にし

より強く手早く撓れるようにして、


そこに、


何と本陣中央の大口手足が数十体、

うじゃうじゃとよじ登り始めた。


超縦長によじ登った大口手足数十体は

上へ上へと登りつめ、最上部の縦長一体へと

びっしりへばり付き鈴生りと成った。


そして、


超縦長は千の足を盛大にワシャりながら

自身の長大なる上体を右回りにぶんぶんと

振り回し始めた。


最中、幾らかの大口手足が速度と旋回の

もたらす遠心力に耐え切れず吹っ飛ばされた。

だが超縦長は一切遠慮斟酌せずに益々加速した。

そして一際大きく後方へと鞭宜しく撓ったのち、




豪速で前方へと上体を振り下ろした。




結果最上部の縦長に鈴生りと成っていた

数十体の大口手足が北方へと。さながら

獣の尾に付いた泥が振り払われるが如くに

放り出された。


放り出された数十体の大口手足の半ば程は

飛距離が足らず泉の中央に落ち、金属的な

絶叫を上げつつもがき沈んでいった。


また比較的飛距離の稼げた十数体は北岸側の

遠浅まで投げ飛ばされ、水に落ちて実に激しく

もがき暴れた。そうして着水による心身の

衝撃から半数程が息絶えた。


そうして残る半数はというと、死に物狂いで

水しぶきを揚げつつ遠浅を飛び跳ねるように

渡り、北岸へと侵入してきたのだった。


つまり超縦長とは泉を渡す橋ではなく、また

泉を渡る船でもなかった。その実態とは

大口手足を容赦なく対岸へと放り投げる

超巨大攻城兵器なのであった。





余りに余りな有様に恐怖以上に度肝を抜かれ

硬直する兵士らの下へ、完全に狂乱しきった

大口手足が襲い掛かった。


兵士らは満足に身動きできず成す術なく

屠られるかと思われたが、眩い閃光が迸り

狂気に満ちた異形らを紅蓮の炎で焼き尽くした。


最前線に視察に出向いていた剣聖ローディスが

魔剣を以て薙ぎ払い、間一髪損害を免れた様だ。


恐るべき異形の所業を魔剣の美々しき畏怖で

上書きし、ローディスは前線を指揮し兵らを

正気を戻し迎撃態勢を取らせ出した。


ローディスは今本陣左翼、すなわち東手の

超縦長に対処し得るべき位置に居る。西手、

すなわち本陣右翼には二戦隊の歴戦の騎士

ヴァンクインと一戦隊副長セルシウスが居る。


この二人が動じる事はなさそうであり

堅実かつ適切に兵を采配し対処するだろう。

そうなるとチェルニーとしては超縦長そのもの

を相手取るべきか。


「閣下、弓を!」


チェルニーの供回りらは、三人張りとなる

金属主体で補強された大振りの合成弓を

チェルニーへと手渡した。



「おぅ! お主らも手伝え」


「御意!」



チェルニーと数名の供回りは騎乗し火矢を

準備して、まずは右の超縦長を潰す事にした。


「油玉、右翼に合わせます」


と背後から正軍師が声を掛ける。



「ファーレンハイト、暫し指揮所を頼む。

 ファータはまだ使うなよ、いざと言う

 そのときまで取っておけ」


「委細承知したぜ。あんなキモいのは

 さっさとぶっ殺しちまってくれ」


「任せろ」



チェルニーは軽く笑って答えると

供回り数騎と共に右翼前線へと赴いた。

1オッピ≒4メートル

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