サイアスの千日物語 百四十四日目 その二十六
「よぅチェルニー。
ウチの脳筋共が済まなかったな」
そう告げるのは入れ替わりでやってきた
第二戦隊副長ファーレンハイトだ。
入れ替わりとは第二戦隊長たる
剣聖ローディスとであった。
「まぁアイツらはアレで良かろう。
そもそもアレ位でないと闇夜の最中に
異形の群れへと突っ込んではいけぬだろう」
チェルニーの懇々たる説得は、
結局のところ不調に終わった。
相手に端から聞く気がないためで、
仕方ないのでローディスを前線の視察に
やる事で纏めて追い払った格好だった。
「斬り掛かる事とお頭に引っ付き回る事以外
一切関知しねぇからな、あいつらは……
正直戦隊の将来が心配だぜ」
篝火の灯りを受けて揺らぎ輝く
額だか頭部だかをペチペチと叩いて
嘆息するファーレンハイト。
第二戦隊兵士は強襲奇襲に邀撃遊撃、とにかく
敵に攻め掛かる事を己が役目とする主攻軍だ。
平原の戦であれば嬉々として一騎駆けし笑って
生還するような化け物級の武辺者揃いであった。
城砦騎士団全体を貫く戦術思想としては
何よりもまず防衛があった。それを担うのが
防衛主軍たる第一戦隊で、一番員数も多かった。
そして防衛主軍たる第一戦隊が盾となって
敵の猛攻を凌ぎきる事で、敵に生じた数少ない
間隙を縫って斬り掛かり、確実にこれを仕留める
のが攻撃主軍たる第二戦隊だ。
役目柄刹那にすべてを懸け得る集中力や
事において怖じず懊悩せず躊躇せぬ言わば
勝負師魂なるものが大層強く求められる。
そういった意味ではウラニアやセメレー、
さらにヴァンクインなどは理想的な第二戦隊
の騎士であり指揮官であった。
「次世代の長としちゃまずミツルギで鉄板
てとこだが、副長の務まる人材がな……」
どこまでが額でどこからが頭部であるか
まるで定かならぬ辺りを左手で押さえつつ、
ファーレンハイトは軽く首を振った。
ファーレンハイトもチェルニーも未だ30代の
半ばであり、少なくともファーレンハイトは
まだまだ現役で城砦騎士をやれそうだ。
だがとにかく戦死の多い騎士団であり戦隊だ。
有能な後釜は早急に見繕っておく必要があった。
「隠密集のミカゲはどうだ」
「アイツは無口でシャイなんだよ。
とにかく人前に出たがらねぇ。
隠密が天職過ぎて副長は微妙だ」
城砦騎士団中兵団の各戦隊幹部は原則として
一部の兵団兵士長と騎士会より派遣された
城砦騎士がこれを担う。
もっとも荒野の戦場における不文律として
強者は弱者に従わぬため、戦隊長や副長は
まず絶対強者たる騎士が務める事となる。
要は将来騎士に成れそうでさらに気配りの
できる人材が要るわけだ。だがしかし優秀な
第二戦隊兵士は抜刀隊を除いて気配りとは無縁。
剣聖ローディスの直弟子集団抜刀隊は孤剣専一。
剣術技能のみに特化した集団である。そのため
剣においては騎士級であっても総合的に見て
絶対強者たる者は現状ミツルギ唯一人であった。
「中々に詰んでるな……
時に、一人良さげなのが居るぞ」
とチェルニー。
「ほぅ? その奇特な方は
どこのどなた様かね」
ファーレンハイトは即飛びついた。
その飛びつき振りからして本当に、相当に
詰んでしまっているのだろうと思われた。
「第一戦隊副長大隊の小隊長ヴァージル。
階級は兵士長だ。調べてみろ」
とチェルニー。兵団内戦隊間の人事権は
各戦隊の長にある。だが事前に候補を見繕う
のは副長の職分でもあった。
なおかつ今この話が出るという事は、先刻まで
チェルニーと共に本陣に居たローディスは
ヴァージルなる人物について既に知っている
という事になる。
戦隊長たるローディスに問われるその前に
副長たるファーレンハイトが先手を打って調査
しておけば、諸々スムースに運ぶというものだ。
無論チェルニーの言はそれを見越した上での
機微によるもので、それをファーレンハイト
は正しく理解した。
「ほほぅ…… ご助言有難く賜っとくぜ。
礼は特製天麩羅カレーうどんでどうだ」
「おぉ、判っとるな!」
「サクサクの衣に適度に染みたカレーが
最高にイカすだろうぜ。 ……っと
そろそろお頭も戻ってくるか。んじゃ俺は」
お暇するか、とチェルニーの傍らにドカリと
腰掛けていたファーレンハイトは身を起こし、
南方を眺めて
「うぉ、何してやがる!」
と大声を上げた。
異形すらも見通せぬ真なる闇夜に潜伏し、
伏兵となり奇襲もおこなう第二戦隊の騎士とも
なると、当然のように異常なまでに夜目が利く。
ファーレンハイトがそれに気付いたのと、
本陣両翼南方の鉄塔に詰める哨戒部隊より
一報が入ったのはほぼ同時。第一時間区分
終盤の初旬、午前4時頃の事だった。
「両翼鉄塔より急報、
縦長が合体しています!」
正軍師の一報もまた緊迫していた。
慌てて灯りと遠眼鏡で確認した騎士団長
チェルニーはその光景にいたく顔をしかめた。
この頃には敵陣両翼に展開していた陸生眷属
できそこないによる機動大隊各150体は
全て転進を終えていた。
結果敵はオアシスの泉中央部の真南に陣取る
本陣のみが残っており、本陣の左右にはさながら
鉄塔の様に大型眷属たる縦長が各10体ゆらゆら
と揺れて聳えていた。はずであった。
荒野の異形のうちでも取り分け大型である
事で知られる「縦長」とは、一言で言えば
超巨大人面百足である。
縦横四半オッピ強の甲殻に覆われた節に分化
した胴部を有し、それぞれの節の両脇には
複数の節足。これが数十縦に連なっていて、
先端には特大のなまっちろい人面が
付いているのが縦長だ。
この異形の各節を覆う甲殻は金属甲冑なみに
硬質で、生半な腕と武器では刃が立たない。
一方節と節の狭間には比較的容易に刃が通る。
ただしこれを狙って節と節を切り離すと
それぞれの節の切り口に人面が生え、別個の
縦長となって蠢き出す。
単に斬るだけでは数が増えて対処が困難になり、
殺到され圧倒されて貪り食われる。確実に
仕留めるには個々の節単位でかち割るか
真っ先に頭を潰すしかない。
そして真っ先に潰す頭はというと、
武器の届かぬ遥かな高みにあるのだった。
水準戦力指数16。黒の月、宴の折にしか
現れない、と昨年度まではそう思われていた。
全長は河川の大型種たる大ヒルよりさらに高い
3オッピから4オッピ。中央城砦の外郭防壁と
同等の高さである。
野戦陣が築かれるようになるまでは、防壁に
肉薄し梯子代わりに取り付いて、その背を
大量の大口手足がわらわらとよじ登り城内に
侵入してくるといった、悪夢のような光景が
繰り広げられていた。
これが、この縦長が。
左右それぞれの縦列10体が最前線の1体の
下へと集まって無数の足をウジャウジャと
うねらせへばり付き、互いをよじ登り縒り
合わさるようにして、1本の巨大な縦長風に
成っていった。
「あいつらまさか……」
と呻くチェルニー。
自身が先刻冗談交じりに苦笑し吐いた
セリフを思い出していた。




