サイアスの千日物語 百四十四日目 その二十五
荒野とは異形らの棲み処であり、大いなる
荒神たる魔の遊び場であり庭先である。
退魔の楔作戦の発露として荒野東域の高台を
占拠し中央城砦を築いた城砦騎士団だが、その
目的は飽くまで平原の防衛、それのみであった。
荒野の只中に魔と異形らのための囮の餌箱を
設置し、そこに誘引する事で平原の安全を
担保する。それこそが城砦騎士団の狙い
であり存在根拠でもある。
だがこうした様相は一歩間違えば一変する
危うさをも、その身の内に確かに秘めていた。
魔や眷属らに差し出す餌箱として中央城砦が
ある事は、魔や眷属らにとっても有意義な事だ。
中央城砦のある高台は荒野東域で頻回に
見られる4種の異形らの縄張りの交点でも
あったため、騎士団が同地を押さえ拠点を築く
事は異形らにとっても相応に価値がある。
よって増設や拡張が高台で完結しているなら
それは餌箱の大型化であり、魔にも魔軍にも
さして文句の出ようがないところではあった。
だがそうした領域を越えて此度のオアシスの
如き飛び地を押さえ、拠点を築き恒久化する
事は、果たして傍からどのように映るだろうか。
有り体に言ってしまえば、領土欲に基づいた
侵略行為に映り受け取られはせぬだろうか。
そこに騎士団側の懸念があった。
実のところこの懸念とは、荒野の支配者たる
魔や住人たる眷属らの方を向いてはいない。
城砦騎士団の支援者である平原各国向けだった。
城砦騎士団は平原西方諸国を始めとする多くの
国家から、平原の防衛のためという名目で、
国家が傾く程の膨大な支援を受けている。
これはそうせねば高台の中央城砦を存続させ
得ぬからであり、中央城砦が滅べば魔軍に
よる大規模侵攻「血の宴」が随意に起こされ
得る状況に逆戻りしてしまう。
ゆえに表面上は一致団結し兵士ならびに物資
提供義務を果たし続けているわけだが、昨今
の連戦連勝と多大な戦果、さらには外征が
騎士団の行動の中核となった場合。
「余裕がある」ものと判断され義務履行に
支障を出したり、平原の安全は既に確保し
終えたとしてまたぞろ平原内での覇権争いに
血道をあげる事になりはしないか。
これが杞憂でないことは、平原における
闇の勢力の胎動と、その発露として起きた
ラインドルフ襲撃等を見れば自明であった。
要はただでさえきな臭くなってきた
平原内での動乱を、より響もす結果となる。
それを騎士団内の軍政家――そう呼べるのは
ブーク他極一部だが――は懸念していた。
よって騎士団側としては徹頭徹尾高台の
「中央城砦の防衛」を主目的とした範囲で
のみ様々の軍事行動を採るよう心がけていた。
そうした見地からいくと、アイーダ作戦に
おけるオアシス進駐は飽くまで仮初の囮として、
引き分け以下で終えるべきものであるようにも
思われていた。
城砦騎士団長チェルニー・フェルモリアは
一言で言えば武断派だが、平原諸国の王でも
あり軍政にも明るいため、その辺りの面倒な
匙加減についても承知していた。よって
「偽撃転殺には備えるが、それと別にしても
追撃はせん。平原に対する腹芸の類だ。
ここは派手に炊煙を立てて飯にせよ。
狼煙の類と思われても困る。本城に
一言断りを入れておいてやれ」
との下命を下した。
この言は食事を待ち焦がれメニューを探るべく
全神経を耳介筋に集中させてピク付かせていた
第一戦隊兵士らを大いに刺激した。
先刻通達した際は非常食的な簡素なものを
予定していたものの、チェルニーの鶴の一声
により本格的な食事へと変更が通達された結果、
食事の準備には相応の人手が必要となった。
そこで軍師が通達し志願者を募ったところ、
瞬く間に200ほど集まった。ちなみに本作戦
に参画する第一戦隊からの員数は300だ。
流石に200も要らないというか戦線維持に
支障が出るため、軍師は頭を抱えつつ特に
熱意溢れる50名を厳選した。
彼らは恐るべき速さと正確さで炊き出しを
おこない、極めて栄養価の高い穀物である
東方諸国伝来の白米を準備した。
さらに火罠に使うべく多量に持参していた油を
以てカラリと衣を付けた肉、らしきものを揚げ、
刻んで軽く煮た野菜と合わせて卵でとじた。
さらに仕上げに三つ葉など足し、こうして
第一時間区分半ば、午前3時30分。遂に
「豚とじ丼」500余人前が完成した。
「あのマッチョ共、異様に器用だな……」
早速給仕されたできたてほやほかな
「豚とじ丼」を前に、チェルニーは唸った。
「肉に特化した生き物だからな」
と器用に箸を用い豚とじをさばくローディス。
「豚とじ丼」等、白米を用いた東方風の食事は
第三戦隊でよく出される。第二戦隊での食事は
麺類が主体だが、副長ファーレンハイトの
「風廉亭」では「天丼」なる品を扱っていた。
「閣下、敵右翼のできそこない機動大隊も
右翼同様に転進を終えた模様です。
これで敵総数は推定320体に。
戦力値は2200程低減しました」
生真面目ゆえか未だ食事には手を付けぬ
序列上位の正軍師がそう告げた。
残る2名、コロナと落ち着いたらしき
ファータはというとがっつり食事中であった。
「縦長や増し増しは居残っているのか?」
豚とじ丼の1杯目食べ終え、カレー味にせよと
注文付けて2杯目を待っていて暇だった
チェルニーはそう問いかけ
「現段階ではどちらもまだ居る模様です」
「ふむ」
と返答にやや思案気になった。
ローディスが魔剣ベルゼビュートより得た
情報としては、奸智公は南西丘陵の拠点で
異形を「育てている」のだという。
無論蟲毒の坩堝として弱いものを強く、という
意味であろう。ならば戦力指数の高い眷属は
言わば貴重な成果品といって良いのではないか。
ゆえにいずれ捨て駒だとしても他より気軽に
廃棄するような真似はせぬのではないか。
そう思ったからだ。
単なる捨て駒にせぬならば、とびきりの
出し物にでも用いる気だろうか。
「タダでは帰らぬつもりか」
「縦長で『架橋』してきたりしてな」
ローディスとチェルニーは
似た様な発想で苦笑した。
「ちょ、そこ!
ロクでもない事言うな!」
祈祷士らの成果か
ファータの容態はかなり良いようだ。
「マジキモい最悪」
何がキモい最悪かは明示せぬままに
コロナはチェルニーをジットり見た。
「ロクな女が居ない」
「わらわがおるわ!」
「この上厄介なのが来た……」
突如現れたウラニアにチェルニーは頭を抱えた。
もっともウラニアは強襲部隊の長である。
わざわざ本陣に顔を出したのにはそれ
相応の理由もありそうだった。
「それで? 何か用か」
「何故攻めぬ! 今こそ一気に攻め立てて
虫けら共を根絶やしにすべきであろう!」
「そうだそうだ!」
仮にもトリクティアの公爵家を出自とする
ウラニアと、やはり突如現れたセメレーの
見事な脳筋振りに嘆息し、懇々と
諭すチェルニーであった。




