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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
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サイアスの千日物語 百四十四日目 その二十三

時は第一時間区分中盤、刻は午前2時の半ば。

オアシスに築かれた野戦陣は衝撃に震えていた。


軍師の一報は将兵の士気を高める目的で

当初より大っぴらに成されていた。当然

最後の一報もまた、多くが耳目に捉えていた。


お陰で生まれた巨額の驚愕が拡がり往く様は

泉に起こる波紋の如く、或いは顕現した魔の

咆哮の如し。本陣より出でて同心円状に

高速で波及していった。



「『敵飛行軍団の司令官を捕縛』

 か…… 何ともブッ飛んだ話だな」



平素の超然とした様子は成りを潜め、

口元を歪めニタニタと笑むローディス。


確かに上空での出来事だ。

内容は文字通りブッ飛んでいた。



人魔の大戦とは、常に食うか食われるかだ。

もっとも人側、騎士団側の戦闘目的は

中央城砦の、ひいては平原の防衛である。


少なくとも戦場で異形らを踊り食う

などと言う事は流石に在り得無かった。


一方敵方の目的は捕食そのものであり、

何より個として人より圧倒的に格上である。


攻撃は基本喰らうためだ。肉体を己が喰らい

魂を魔に喰らわせる。そういう意味では

宗教活動でもあった。



とまれ平原での人同士の戦のように王侯貴族を

捕縛して身代金交渉に持ち込む素地が皆無で

あり、総じて「健全な死体」以外を捕縛する

に至るケースは人側には稀有も稀有だった。


また、羽牙一個飛行軍団は東の空より急襲

していた。よって司令官は当然その中枢、

恐らくは遥か上空に居ただろう。


無論実際に当初はそうであったし、また

オアシス側ではまさか敵司令官の目的が

本城天頂部で休眠する参謀長セラエノの

抹殺にあっただなどとはつゆ知らぬ。よって



「いやいやブッ飛び過ぎだろ。

 あいつは未来に生きてんのか……」



とチェルニーが嘆息交じりに唸るのも、

むべなるかな、むべなるかな。



「未来でもスヤスヤ寝ていそうではある」


と肩を竦め笑うローディス。

お手上げだというよりはむしろ

可笑しくて仕方ないといった風情で



「お前もちょっとは真剣にだな!」


「真剣どころか魔剣な訳だが」


「成程キレキレ、じゃないわ!

 誰がうまい事言えと!!」



と丁々発止のボケ突っ込みを披露した。



お困り殿下のお陰で平素は目立たぬが、無論

剣聖閣下とて騎士団幹部、それも騎士会首席だ。

お困り様であるに決まっていた。


そして平素はすかさずガンギレして威圧しかつ

魔眼で睨み付け、心臓麻痺すら起こせしめて

鎮圧する筆頭軍師ルジヌがこのオアシスの

現場には居なかった。


そもそも人智の外、狂気の世界を垣間見る

中央塔付属参謀部所属城砦軍師らのうちに

「まとも」な者などは一人として居なかった。


現場序列1位の軍師は先刻のドヤり振りに

ご満悦で未だニタニタし手鏡を取り出して

ウインクの型のチェックに余念が無い。


序列2位は一報以前に放火魔と化して後送済み。

3位は騎士団長閣下と剣聖閣下のやり取りを

どうでも良さげに聞き流しつつコロコロと

サイコロを振っていた。





「クソッ、まともなヤツが居らん。

 まさかこの俺が常識人の振る舞いを

 担当する羽目になろうとはな……


 というかローディス、お前『昔』に

 戻った感じだな。流石に動揺しているのか」



お困り殿下がお困りの振る舞いをできぬのは

屈辱の極み、そういう事らしい。とまれ立場上

纏め役に回らざるを得ぬチェルニーは、やけに

ノリの軽いローディスにそう問うた。



「まぁな…… 

 というか。一報の文面から漂う

 古馴染みの気配が余りに酷くてな……


 俺はいつもヤツの出すこの手の報告の後

 マジギレした(先代騎士団長)ヒス女ども(と参謀長)に呼び出され

 釈明をさせられる羽目になっていたのだ。


 あの女衆、ライナスやベオルクには

 いつもニコニコしているだけだったが

 俺とグラドゥスにはとことん容赦がなくてな」



剣聖ローディスは楽しいやら苛立つやら、

苦々しいやら懐かしいやら、とにかく複雑な

表情をして、総体としてはクツクツと楽しげに

笑っていた。



「あぁ、『紅蓮の愚連隊』か……

 先代からの引継ぎ資料では全員が

 危険人物としてリストアップされていたぞ」



かつて第二戦隊に設立されていた遊撃中隊

「紅蓮の愚連隊」。数々の武功と数々の悪事を

しでかして喝采と叱責をほしいままにしたと

いう伝説の部隊だ。


隊長にローディス、副官にグラドゥス。

配下の小隊にはライナスやベオルクと言った

錚々(そうそう)たる面々が含まれていた。





「危険人物に危険人物のリストを渡すとは

 実に滑稽な話だな。仲良くやれとでも

 言いたかったのか…… と、まぁ良い」


戦場の只中で居酒屋でたむろするが如く

さんざ笑ったのち、漸くローディスは

平素の超然とした様に立ち戻り



「『交渉』が成立したところから見て、

『敵司令官』とやらは『はねっかえり』

 と見做しても良さそうだな」



と分析した。


機知の異形のうち、捕縛や交渉が成立し得る

程に人語を解する例は3件のみ。うち現世に

存命であるのは1例限りであった。



「うむ。サイアスは以前よりセラエノから

 密命を受けて動いていた。羽牙や小湿原に

 ついてはそちらの絡みもあるのだろう」



サイアスが兵団を束ねる兵団長の立場にある事。

また曲がりなりにも空を飛べ、羽牙との戦闘に

とりわけ高い適正を有している事。


こうした点からか、参謀長セラエノは

重度の「水の症例」による半年を超える休眠期

を迎えるにあたり、地表から掻っ攫ったサイアス

に密命を発していた。


先の魔笛作戦などがその密命の発露であったが、

他にも何かあったという事なのだろう。

チェルニーはそう見抜いていた。



「とまれこれでベオルクが『魚人』を。

 サイアスが『羽牙』を。それぞれ異なる

 種族を『調略』し『仮初の不戦協定』を

 結ぶ目処が立った訳だ。


 ……四戦隊ってのはとんでもない連中だな」



そう語るチェルニーの脳裏では、荒野東域

の戦域図がより望ましい新たな形へと更新

されていた。



そう、仮初の不戦協定。



荒野の異形らには当地に自然に棲まう「野良」

としての顔と、荒野に在りて世を統べる魔の

眷属としての顔。すなわち「魔軍」や「奸魔軍」

としての二つないしは三つの顔を持つ。


そうした複数ある仮面のうち「野良」の

容貌である際には、局地的ではあるが

不戦を約す。そういう事だ。


互いに敵する関係は変わらぬが、人同士の戦で

そうであるように、荒野のこの戦場にも暗黙の

了解としての黄金律(ゴールデンルール)が誕生しようとしていた。



「そうだな。正に

『未来に生きている』感じだ」



最前線で命を張り互いに殺しあう兵士には、

時として意外な程に敵への憎しみに囚われない。


互いの死という現実に常に直面している彼らは

最も現実的で最も合理的な判断を下し得る。


そもそも戦とは利のためにおこなうもの。

互いに死なず戦利を得られるなら、それは

大層結構な話である。


百余年に渡り殺しあって蓄積した恨みつらみが

消える事は決してなく、消し去る必要もまったく

無かった。それに今後も魔軍や奸魔軍としては

変わらず殺しあう間柄だ。


だが数が少ないと言われる魔を完全に弑し

尽くしたその後の荒野と平原において、平原の

人と荒野の異形がどのようにお互いを関係付けて

いくのか。その布石として今回の一連の「調略」

や「交渉」は将来必ず良い方向に活きて来る。


騎士団長チェルニーも剣聖ローディスも。

さらには魔剣使いベオルクや兵団長サイアスも

その点については理解を共有していたのだった。

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