サイアスの千日物語 百四十四日目 その二十二
荒野の只中にぽつりと建つ中央城砦より
南南東に1000オッピ強。同様に
荒野の只中にぽつりと在るオアシスでは。
城砦騎士団のアイーダ作戦主力軍500余と
奸魔軍600弱との泉を南北に挟んでの
睨み合いが続いていた。
戦端自体は開かれている。
奸魔軍は見えぬところで別働隊を動かし側背を
取るべく画策していたし、主力軍は攻城兵器に
よる砲撃で敵本隊に損害を与えていた。
護るべき城、帰るべき家たる中央城砦より
敵強襲の急報を受けてより、既に10分程。
半数程の兵にとり初の遠征であり初の夜営で
ある事をも加味すれば、相当に激しい動揺が
あって然るべきところだが、野戦陣内は
意外なほどに落ち着き払っていた。
一般兵には光通信の内容が判らぬ事を利し、
本陣より漏れ聞く城砦襲撃の噂は戦闘開始の
下令と派手な砲撃でさっさと上書きしてしまう。
そうした司令官の手際の良さが効いていた。
三軍可奪気、将軍可奪心。
少数の将官が多数の兵を率いて成立する軍勢を
相手取るには、率いるべき将官の判断力と従う
兵らの戦意気力が趨勢を背負う。
よって両者よりそれぞれを奪い取れば将は惑い
兵は乱れ軍の士気は下がり容易に打ち破れる。
そういう教えだ。
詰まるところ奸魔軍、いや奸智公爵は
騎士団に実力行使のみならず心攻をも
たっぷりと喰らわせていた訳だ。
だが、少なくとも心攻に関しては
実にあっさりといなされていた。
平原と荒野で百戦無敗。「武王」「戦の主」
と謳われる当代きっての野戦の名手である
城砦騎士団長チェルニーには、この手の
攻めはまるで効果がなかった。
それに「三軍可奪気、将軍可奪心」が語る
軍勢の士気への能動的な制御とは敵味方
関係なく機能させ得るものだ。
将には理知的に下令で。
兵にはド派手に砲撃で。
そうしてむしろ自軍の将兵の心と気を奪い
士気の低下を帳消しにしてのけたのだった。
お陰で随分安定した様相で、さながら
城砦外郭防壁のすぐ外に築かれた野戦陣に
詰めているかの如き落ち着きと気迫を以て
主力軍は睨み合いを続けていた。
そして第一時間区分中盤、午前2時22分。
戦局にさらなる一石が投じられた。
「……中央城砦より狼煙、白です!」
オアシスに詰める主力軍に随行する3名の
城砦軍師のうち序列筆頭にあたる者が
声高にそう語った。
平素は極めて穏やかな人物である。にも
関わらず声を張り上げるのは無論、心攻の
何たるかを十分に把握しているからだ。
先刻の急襲の報を声高に成した失態を帳消し
にせんとばかり、数倍する勢いで報じていた。
「『状況を終了せり』。
すなわち奇襲を撃退したという事だな」
こちらも周囲に聞こえるよう、平素よりは
大きめの声でそう告げるローディス。ただ一歩
間違うと誰もが恐れる歌声になってしまうため、
周囲としては別の意味で冷や汗ものではあった。
中央城砦側がこの一報に光通信ではなく
態々狼煙を使ったのは、末端の兵でも
狼煙の意味であれば理解しているからである。
兵の士気上昇に貢献せんという意図あっての
ものだった。
敵襲に備え気力の充溢した静謐さに満ちた
野戦陣に本陣の声音は随分と響き、どよめき
となって末端へと伝わっていく。
遥か北方に立ち上る白い狼煙は噂を是認し
兵らに高揚をもたらして、士気をいや増す
のに確かに貢献していた。そして
「……か、閣下。
光通信も入りました、が、その……」
中央城砦中央塔上層外縁部。つまりは本城の
天頂部直下より放たれる軍師向けのより複雑な
光通信を読み取って、軍師は言葉を詰まらせた。
「何だ? 音読しろ」
床机に腰掛け宅に左肘をつき。
その手指で顎を支えるようにして。
胡乱な眼差しを軍師に向けるチェルニー。
狼煙は囮で本命の光通信は悲報、そういう
事でもあるのかと、無言ながら険しい
眼差しを向ける剣聖ローディス。
「は、そ、それでは……」
軍師は己が動揺を抑えるべく深呼吸した。
とうにまともな人の神経をしていない、この
戦場にあっても平然としているような天下の
城砦軍師がここまで狼狽する報とは一体何だ、
とチェルニーとローディスは顔を見合わせた。
「独立機動大隊『ヴァルキュリユル』司令官
兵団長サイアス・ラインドルフ閣下より」
軍師は極力抑揚を押し殺し、
可能な限り朗々と語る。
参謀部からではなくサイアスから。
その時点で、チェルニーもローディスも、
他の者らも思わず目を見開いた。
「『中央城砦を奇襲せし
敵飛行軍団の司令官を捕縛』」
軍師の報を聞く者らは、目に次ぎ
口まで半開きとなった。さらに
「『交渉の末これを開放。代価として
城砦北方、「小湿原」を割譲さる』」
との言に完全に呆気にとられ硬直した。
騎士団長チェルニーは顎を支えていた
手が滑り己が額に掌底を食らわせて
一声呻き、問い返した。
「おぃ、おいおいおい!
一体何がどうなっとんだ!?」
それは恐らくその場の誰もの心情を代弁した
ものであったろう。これに対し軍師は
何だかすっかり気分をよくして
「『追伸。
色々オマケも付けて貰いました。
詳細は後ほど参謀部にてご確認ください』」
と得意げにそう述べた。さらに
文面に負けじとオマケのウインクを付けた。
「ぬぅう……」
調子に乗ってドヤる軍師に激しくイラっと
しつつも、余りに余りな内容に思わず
頭を抱え唸るチェルニーであった。




