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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
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サイアスの千日物語 百四十四日目 その二十一

前方中空の敵を敵としてしかと掌中に捉えて

集中は切らさず、されど軽妙洒脱に大見得

切って一礼するサイアスの挙措に



「クク、大シタ役者ヨナ、サイアス」



とはねっかえりは口元を歪めた。



「それはお互い様だ。

 が、一つはっきりさせておく」



サイアスはすぅと左掌を自身へと寄せて




「主役は私だ」




平然と、毅然きぜんうそぶいた。

凡そ尋常の神経では無かった。



「クク、ハハハ!」



目を細め、獅子の顔を人のように歪めて

咆哮するようにして笑うはねっかえり。

だがその眼光は絶えず鋭い。


サイアスの挙措の真偽にかかわらず

僅かでもこれに乗って油断を示せば

即座にこちらへと切り込んでくる。


或いは不可視の妖糸に切り刻まれる。

それが判っているからだ。





1拍、2拍。


互いに互いの隙を窺う静謐せいひつにして熾烈な

無言の睨み合いの末、口火を切ったのは



「提案ガアル」



はねっかえりであった。



「言ってみろ」



挑発にも誘惑にも乗りはしないが

声も言葉もまた武器の一つ。そう見做し

さらりと応じて見せるサイアス。だが




「ココハヒトツ、我ヲ見逃セ」




との物言いには




「それが人にものを頼む態度なのか?」

「それが人にものを頼む態度かしら?」

「ゥルルヒィインッ」




と盛大に突っ込まざるを得なかった。


サイアス一家は揃いも揃って天を衝くほど気位が

高いため、斯様に突っ込みがハモってしまうのは

何とも致し方のないところ。



はねっかえりはこれ幸いと逃走に集中、しよう

として即諦めた。それまでに数倍する鬼気が

四方八方から押し寄せてきたからだ。



「無論タダデトハ言ワヌゾ」



敵に内心を読まれぬよう獅子の頭部より

人の表情を消してなお語るはねっかえり。



「却下だ。斬る」



にこりともせず言い放ち、螺旋の柄を持つ

鉄槍アーグレを構え突撃に備えるサイアス。



「マァ待テ。

 我ラノ決着ハ軍ヲ率イタ戦ニテ」



はねっかえりは鷹揚になだめ昨日中の

会談で自身が語った一節を持ち出してみせた。



「お前、既に率いてきた後だろう」



だが、まるで効果は無かった。



「ソコハヒトツ大目ニ見ヨ」



なお食い下がるはねっかえり。


元より人ならざる者ではあるが、その水準で

鑑みても矢張り尋常の神経では無いようだ。


また異様に気位が高い点においても

敵方と似たり寄ったりであるようだった。




「とにかく! まずは言い直せ!」

「やり直しよ」

「ルヒンッ」


「チッ……」




結局そういう事になった。





古今戦の最中にあって、怒りや憎しみ、敵意と

言った感情の発露するままに敵へと向かい振舞う

例は、末端の兵卒ですらそうは無かった。


より精確に言えば、然様に振舞う者は真っ先に

殺され、自然相応に理知的な者のみ生き延びた。


兵書に曰く、


兵者国之大事(兵は国の大事)死生之地存亡之道(死生の地存亡の道)不可不察也(察せざるべからず)


戦とは勝っても負けても膨大な損失を招くもの。

ゆえにやるからには必ず勝ち、その上で損失を

上回る利益を得ねばならぬ。それができぬなら

そもそも戦をしてはならぬ。そういう事だ。


戦とは常に利益の追求であり、そこには

常に交渉の余地がある。損失を出さずに利益

が出るなら、それほど望ましい事もないだろう。


末端を担う者にとっては命の取り合いでも

首謀者同士には外交交渉の一環。戦には

そうした側面が強くあった。


ゆえに平原の戦では王侯貴族や将官の類は

殺さず捕縛し莫大な身代金に変える。

そういうビジネスモデルすら成立していた。


もっともそうした平原の人同士の、言わば

「身内の」理屈が「対外的な」荒野の魔物との

食うか食われるか、互いの存亡を懸けた大戦で

通用するかと言われればまず、否である。


だがしかし。


眼前のこの異形に限って言えば、人の言葉が

疎漏無く通じている。ならば交渉の余地も

あるやも知れぬ。


領主であり貴族であり将である、戦を首謀する

立場にあるサイアスとしては、そういう発想を

無下に切り捨てる事は無かった。





「……ドウカヒトツ、

 ココハ見逃シテイタダキタイ」


流石に多少はしおらしい表現となった

はねっかえりの言い様に



「その身をあがなう代価は何か」



と平原の封建領主らしく

相応の真摯さを以て問うサイアス。


城砦騎士団員は平素より、荒野で死合う

異形らに対し種の隔て無い尊厳を認めている。


優れた戦士である大物らには

剣礼を以て黙祷する事も多かった。



「二度ト寝込ミヲ襲ワヌト約ソウ」


「今ここで殺せばその約定は不要だ。

 よって代価とは成り得ない。却下する」



もっとも甘い話でもなかった。


ならばとはねっかえりはさらなる案を出した。



「『砦』ヨリ手ヲ退コウ」


「……『砦』とは?」


「貴様ラハ『小湿原』ト呼ブノダッタカ」


「ほぅ……」



サイアスは手綱持つ左の手指を顎に添え、

仄かに目を細め、はねっかえりを見据えていた。

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