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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
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サイアスの千日物語 百四十四日目 その十九

平原に住まう人と荒野に巣食う異形。

さらには荒野に在りて世を統べる荒神たる魔。

これら三者の織り成す戦において、要となるのは

常に数。それは間違いのないところだった。


平原の人より荒野の異形は大きく強く、

荒神たる魔は異形よりさらに強大であった。


それゆえに。


魔より異形は数多く、異形に比して人は膨大。

これもまた同様に、間違いのないところだった。





弱者は強者の糧となる。強者は常に大きく強く、

故に強者は多く喰らう。強者は単独の存続に

多量の弱者を糧とする。故に弱肉強食なら

弱多強寡も成立し得る。


人魔の大戦において少なくとも人は、この

天然自然の摂理に早い段階から気付いていた。


識者の間で広く膾炙かいしゃする「魔の数は少ない」

「魔の数は増えぬ」といった見解は、概ね

ここより端を発していると見て良かった。


この摂理は最弱にして糧でしかない人にとり

希望でもあった。数を利して勝を取るという

選択肢に可能性を見出せるからである。


もっとも魔と魔の軍勢は一夜で億の人を喰らう

ほど強大で、荒野に進軍した百万の軍勢は

最終的に千にまで減った。


この千は人類のうちでも傑出した存在であり、

少なくとも異形の群れの侵攻を阻止するには

有用となる質と数値であった。


ゆえに平原西方諸国連合は荒野に突出した

中央城砦の兵数が常に千を超えるよう死力を

尽くしていた。それが平原の安寧を保つ

唯一の手段だと信じていた。





とまれこうして荒野の東域一帯では、数柱から

十数柱の荒神たる魔と千を超す魔の眷属たる

異形を、囮の餌箱な中央城砦に拠る千のにえ

その実人類最強の上澄みたる城砦騎士団で凌ぐ。

そういう構図が成立していた。


人は魔よりも異形よりも遥かに弱い。だが

矢面に立たせる上澄みの千を、百年以上補充し

維持し続け得るほどに数が多い。


もしも。


この囮の餌箱の中身たる餌が、

仮に千を超えたならどうなるか。


本来城砦に引き篭もり防衛に専念する

筈の城砦騎士団が外征に至る。

この当節の戦況がその解である。


要は数の釣り合いが崩れ出しているのだ。

魔軍の兵たる異形らにとりこれは死活問題で、

それゆえ最も異形の数を削る決戦兵器「火竜」

を最大攻撃目標に定めて狙う。


城砦騎士団でもそれは重々承知しており、

火竜の運用と防衛には十分注意を払っていた。

よって此度の羽牙飛行軍団における強襲でも

狙いが稼動状態にある火竜であろうとの目測が

ついたし、羽牙らは火竜を狙ってきた。



だが、果たして本当にそうか。


魔軍の意図としてはそれで正解だろう。

だが奸魔軍の意図として、さらに

奸智公爵としてはどうか。


結論から言えば、目測は誤りであった。





奸智公はこれまで知られてきた如何なる

魔とも異なる類として知られる。まず、

奸智公は他の魔がそうであるような

現世への顕現を重視しない。


むしろ概念存在のまま荒野に在りて人魔の

存亡を懸けた攻防を傍観するのを好んでいた。


ゆえに奸智公は大抵の魔が、少なくとも

顕現を果たし終えるまでは「丁重に」扱う

異形らを、端から捨て駒と割り切って使う。


取り立てて顕現する気がないので依り代の不要

な奸智公としては、黒の月、宴の折を待って

魔軍や奸魔軍に屍の山を築かせる必要がない。


独自の理屈によるフェアプレーとやらには

拘るものの、人と異形の存亡にはどちらも

同等に興味がないのだった。


また奸智公爵は他の魔にはけして在り得ぬほど、

「人」に興味津々であった。ゆえに人の言葉を

覚え自ら操り手下たる上位眷属らにも使わせる。

それほど人に入れ込んでおり、特にとびきり

お気に入りの「人形」もあった。


人に興味を持つ奸智公は、人の考え方や戦い方

をその神智を以て瞬く間に学んでいく。そうして

他の魔や魔軍が気に留めぬ、人の持つ数以外の

「強さ」について気付いていた。


では人の有する数以外の強みとは一体何か。

奸智公はこれを「遺志の継承」だと見ていた。





人はいずれ死ぬ。老若男女貴賤(きせん)を問わず

人はいずれ必ず死ぬ。だが人の志は死して

なお現世に残り、新たな人に受け継がれていく。

こうして人はどんどん強くなっていくのだ。


人から人へ。遺志の継承を仲介するのは

言葉である。無論古い言葉は廃れ姿を変え

失われ往き、正しい形で伝わるとは限らない。


だが、もし仮に。


生まれて数十年で劣化し死んでいく人の中に

数百年の時を経ても変わらず叡智を保ち伝え得る、

そんな人にして人ならざる者がいたら。


これが伝え教え導く内容は恐るべき確度と

強度を以て人を高みへと導くのではないか。

さながら神が人の戦に介入するが如くに。


そこで奸智公は試してみる事にしたのだ。

城砦騎士団のアイーダ作戦におけるオアシス

進駐軍を撤兵に追い込む策の一環として。


騎士団の本拠、中央城砦を襲撃するついでに。


百年来の騎士団の叡智の継承者。

これを襲い排除すればどうなるかを。



そう。


中央城砦を、火竜を強襲する羽牙飛行軍団

300体とは戦略的に陽動目的の囮だという

だけでなく、戦術的にも囮であったのだ。


火竜は奸魔軍の、そして奸智公爵の真の狙い

ではなかった。狙うべきは本城中央塔上層、

独立区画。そこに独り起居する城砦百年の

叡智の結晶。



参謀長セラエノその人であった。





空を急ぎ飛び往く者に静けさは縁遠い。

己が羽音、乗るべき風。常に喧騒が身を包む。


星月の投げ掛ける煌きを真っ先に一身に浴びて

荒野の遥か上空を飛翔し、眼下の配下数百を

手足の如くに扱う手足無き存在。


いや、手なら一本だけ有していた。

巨大な雄雄しき獅子の頭部を覆う5枚の翼。

その狭間に一本だけ人に似た腕が生えていた。


大湿原を根城とし、荒野東域の空にばさばさと

跋扈する異形、羽牙。その羽牙のうち傑出して

強く大きく、荒神たる魔の寵愛すら受けて

至高の極みにある王たる存在。上位眷属。


かつて四枚羽と呼ばれた、今は5枚の羽と

1本の腕もつこの異形は、地表すれすれより

城砦を急襲する羽牙300らの遥か上空より

これを指揮した。


荒野に在りて世を統べる荒神たる魔に最も近い

視座より差配し、羽牙らにまさに神懸り的な

挙動を実現せしめていたのだった。





そうして300に城砦の「眼」を釘付けとし、

自身は悠然とその真上より侵攻。二の丸を超え

自身が内郭の遥か上空へと至った時点で制御を

放棄。火竜へと突進させて精々華々しく散らせ、

自身はさらに西進し本城上空へ。


地表より遠く離れた中央塔上層独立区画の

間近へと肉薄した。俯瞰すれば四角錘をした

本城の天頂と中央塔の頂上は一体であり、

天頂部に南面する大扉の背後こそ

セラエノの庵であった。


セラエノが重度の眠り病である事。

すなわちこの百年間、異形らの神たる

魔と同様に、活動期と休眠期を繰り返して

いる事も把握していた。


そして今が休眠期であり、日中の魔と

同様、満足に動けぬのだという事をも。


ゆえに今が。特に城砦全体の警備が手薄な

まさに今こそが、襲撃に絶好の機であった。


二の丸の火竜へと突進させた羽牙らはそう長く

はもたぬだろう。手早く済ませる必要がある。


そう判じたか、異形は唯一の手に握り締めた

稲妻をそのまま凝固させたが如き鋭利な

閃光の欠片たる武器を、一気に大扉へと

投げつけた。





刹那のうちに空を裂き、光の断片を撒き散らし。

さながら大魔「燦雷侯クヴァシル」の雷の如く

轟然と閃光の欠片は大扉に殺到し、そして



ギィィィイン!!



と激しく鋭い衝撃音を立て打ち落とされ、

本城の斜面に弾かれながら落ちていった。


異形は翼と腕、鬣に覆われた獅子の頭部、

その両の眼を見開きさらに口元を歪ませて。


刹那のうちに現れて自らの一撃を

台無しにした敵の姿を見据えた。



閃光の欠片を打ち落とし、大扉を護ったのは

螺旋の柄持つ鉄槍アーグレ。そして蛇の女王

の名を持つアーグレを操るは光輝く人馬一体。


夜の荒野、天頂の影よりふらりと出でた

地上の陽光、名馬シグルドリーヴァと

共に宙に立ちはだかる人馬一体とは誰あろう。


カエリアの騎士。城砦騎士団兵団長。

ヴァルキュリユル司令官、サイアスであった。

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