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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
1072/1317

サイアスの千日物語 百四十四日目 その十四

中央城砦本丸を俯瞰すれば、外郭防壁は

正方形。内郭隔壁は内接円にほど近く、

その内側に東西南北に頂点を持つ

内接正方形をした本城が在る。


二の丸南部に侵攻した羽牙220のうち

真西と北西に進んだ50体ずつ。恐らくは

陽動を担うのであろう各飛行大隊は、急激に

高度を上げて外郭防壁へと差し掛かった。


侵攻済みの二の丸防壁は2オッピ。

眼前に迫る本丸の外郭防壁は3オッピ。

そして羽牙の飛行高度は4オッピが限界。


巨大な肉食獣の頭部、その両脇に翼手。

こうした蝙蝠と同系統の身体構造上、

羽牙の飛行は速度でも高度でも鳥に劣る。


要は外郭防壁は、飛んで越えるのに

ギリギリの高さなのだ。そして外郭防壁は

家屋数軒分の厚みを誇り、随所で篝火を焚き

小隊規模が戦闘陣形で待機できる程広い。


よって外郭防壁に殺到する事は、本来なら

上空から一方的に攻撃できる陸の敵に対して

水平方向での白兵戦を強いられる事を意味する。


真西を目指す50は微妙に速度を殺して

北西を目指す50と同期し、一時的に

100の飛行軍に変じて防壁突破を図った。





城攻めには三倍の兵を要す。この、

いわゆる攻撃三倍の法則は遍く人口に

膾炙してはいるが、その実例外もまた数多い。


戦の趨勢は数で決するが、数以外にも

考慮すべき点は数多く、それら次第では

3倍程度の戦力差ならば軽く覆るのだ。


よって正しく戦の帰趨を占いたければ

戦力指数と戦況係数を用いた複雑な計算が要る。

それができるのは城砦軍師のみで、そしてこの

戦は筆頭城砦軍師の指令に因るものだった。



さながら一個の生き物であるかのように

次々と陣容を変じて飛翔し侵攻する羽牙ら。


来るべき白兵戦を軍馬突撃の如く速度と質量で

蹂躙すべく低空から上空へ。岸壁に打ち寄せる

荒波が波頭を起こすが如く攻め寄せた。



が、意外な事に外郭防壁は無人。

随所多数の篝火がパチパチと火を爆ぜる、

それだけの空虚な空間となっていた。



100体の羽牙が嵩にかかって突撃する

南北十数オッピの範囲は完全にがら空きと

なっていたのだ。そこで羽牙は勢いそのまま

にさらに西へ。


物資貯蔵や大規模演習が専らの用途となる

外郭北東区画兵溜まりへと雪崩れ込んだ。





ある種虚を衝かれた羽牙100だが、よくよく

考えればこれは頗る妥当な話だ。防衛側の

立場で考えたなら、態々防壁上に一個小隊で

待ち受けたところで無駄なのだ。


まさに攻撃三倍の法則が好適してしまう。

かの法則は局所的な正面突破の成功率を

占うものとしては使い物になるのだから。


とまれ一個小隊30名程度がいかに防壁上で

ふんばろうとも、100の羽牙のぶちかまし

にあえば堪らず地上へと落とされるだけだ。


よって迎撃に当たる者らは侵入者らに

外郭防壁を敢えて勢いそのままに通過させた。


そして



ドドゴッ、ボンッ、グシャッ!!



羽牙百の先陣数体が突如砕け散った。



ズガガァッ!!



呆気に取られる暇もなく、今度は布陣を

縦に破砕音が貫き、数体の屍が生まれた。



あっと言う間に10体弱。そして今も数体

ずつ減り続けている。恐慌状態に陥る羽牙。

だが姿無き殺戮者はさらに容赦なく羽牙らを

襲い、確実にその数を削っていく。


限界高度に程近く飛翔に柔軟性を欠いている

羽牙らは、高度を下げての散開を企図した。


そこで元来北西を目指す50だった部隊は

10体ほど数を減らしつつ得意の高度である

2から3オッピに下降。兵溜まり内を

北方へと流れた。





元来真西の城砦内郭北西区画を目指していた

50体は、分離した北西部隊以上に損害が

深刻で、今や半減し20数体。


本来羽牙は基本3体1組で戦闘しうち1体でも

撃破されると即撤退する、極めて戦術的な

戦闘思想を有している。


損耗半数でなおめげずに真西へと侵攻する

辺りは彼らが野良の部隊では無い良い証左だ。

多大な被害を出しつつもなお目標完遂に向け

鋭意飛翔する羽牙らは、自身らの西方を見た。


兵溜まりの西方には外郭防壁よりやや低い、

3オッピ弱の内郭隔壁がある。こちらも

相応に厚みがあって上部には数名並べる

通路もあるが、やはり無人の有様であった。


内郭隔壁の更に奥には中央城砦の防衛主軍、

第一戦隊構成員らの起居する営舎が在る。

当節中央城砦に駐屯する第一戦隊戦闘員は

500程で、そのうち8割が城外出動中だ。


お陰で平素はあれほど活気に満ちている

この区画には人の姿がまるで見られない。

そう、地表にはまるで見られなかった。


城砦内郭北西区画のやや北寄り。内郭隔壁に

沿う辺りには、平屋造りながら内郭隔壁

そのものの高さに匹敵する巨大な、頗る

巨大な施設がある。


横幅凡そ150。奥行き凡そ60オッピ。

平原の大国の王城に匹敵する巨大な直方体を

したこの建造物とは、第一戦隊設立以来40年

近い歴史を誇る超弩級巨大食堂「ヴァルハラ」。


そしてヴァルハラの屋上、その

広大なる領域の中央には布陣があった。





姿が見えるのは唯一人。


周囲には遠巻きの篝火が円陣を成し、

傍らには重盾メナンキュラス。そして

穂先が十文字に割れた東方風の鉄槍。


人影の体躯は尋常の範疇だが、夜目にも眩い

白磁色の重甲冑を纏っていた。左手は脱いだ

兜を小脇に抱え、右手は何やら握り締めている。


白磁の小手で鎧った右手がしかと掴むのは

拳大の鉄球だ。鉄球の表面には随所に

小さな窪みがあった。


その者は鉄球をしかと握り締めた。

小手の内側では鉄球がギシギシと悲鳴を

上げていた。そして振りかぶって溜めた後



投げた。



鞭のようにしなる右腕は鉄球を豪速で射出し、

鉄球は恐るべき速度で東へとはしって羽牙を捉え、

数体纏めて貫いて鈍い音を立て外郭防壁へと

めり込み、暫時の後地表へと落ちていく。


姿無き殺戮者の正体とは凡そ在り得ぬ膂力で

投げつけられた拳大の鉄球であり、投手は

内郭の巨大建造物の屋上に居た。


周囲の燃え盛る篝火の色か、それとも自身の

地の色か。その髪は燃え盛る炎の芯の色に近い。



「神聖不可侵なる我らが聖地

『ヴァルハラ』を脅かさんとする者らよ」



声は女性のものだ。そして怒りに震えていた。



「貴様らには米一粒とてくれてやらん!

 むしろ食材としてウェルカム!」



忌避しているのか歓迎しているのか。


どうもその辺り判然とせぬが、羽牙らには

今そこにある危機以外のなにものでも無い。

それだけは確かなところであった。

1オッピ≒4メートル

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