サイアスの千日物語 百四十四日目 その十二
荒野の只中に独立する陸の孤島、中央城砦は
大湿原西方の高台のうち北西寄りに在った。
中央城砦の有する一辺800オッピの長大な
外郭防壁。その東防壁の真東における高台の
余白とは200オッピ弱だった。
また城砦暦107年中盤以降は東防壁の北部
数百オッピの範囲で二の丸が60オッピほど
東へとせり出していた。
よって高台に残る完全な余白とは概ね
100オッピ強。そういう按配になっていた。
つまりルジヌの指定した照準における
「距離100、深幅100」とはまさに
高台の余白そのものを指していた。
高台の東端よりさらに東方へ数百オッピ。
そんな大湿原の西端より飛来し地表スレスレを
這うように迫る羽牙の軍団が、地表に沿って
高台へと乗り上げた、まさにその機を狙った
広範なる焼夷攻撃。それが指令だ。
指令室の魔術機構で規模増幅された
シラクサの念話は回路を通して本城中層の
射場へと伝達され、同地の工兵らは適宜挙動。
南北の射場に4基ずつの巨大な火竜は
吹雪の如く舞い散る火の粉を余韻に残して
灼熱の息吹の如き弾体を虚空へと打ち出し、
弾体は夜陰に赤々と蛇体を描いて東へと飛んだ。
本城中層中腹の南北より計8発。
同期しつつも微妙に弾道と着弾位置を
ずらして飛び往く火竜の弾体は瀑布の如く
余白を襲い、轟音と共に轟々と焼き上げた。
しかしながら。狙い済ました火竜の砲撃は
羽牙一個飛行軍団を薙ぎ払い焼き払えなかった。
どこか岩場を這い回る大口手足を彷彿させ
分速300オッピに迫る最大戦速を以て迫る
黒き疾風。推定300体、紡錘陣形の羽牙、
その先陣は、いよいよ高台へと乗り上げる、
その直前で北へ急旋回した。
さらに先陣十数の一糸乱れぬ急旋回を受けて
続く数十の中衛が即座に反応し同じ位置で
急旋回。以降も続々とまったく同じ挙動を
見せたのだ。
さらに羽牙の先陣十数は一定北に数十オッピ
進んだ後今度は西へと急旋回。虚空に研ぎ
澄まされた直角を描き出した。
後続の羽牙らは再びこれに応じ、寸分違わず
これを再現。続々と恐るべき速さで直角に
旋回し飛翔する。
その様はまさに、漆黒の稲妻。
羽牙300は最大戦速を維持したまま
一気に中央城砦二の丸へと電撃したのだった。
「火竜による砲撃、完全に回避されました。
着弾時の飛礫で数体墜落。損耗は以上です」
暗がりに光芒の交錯する指令室に
軍師ミカガミの報じる声が響く。
「……」
ルジヌは無言。ただし凄惨に笑んでいた。
読まれていた。そして出し抜かれた。
元より牽制射の類ではあった。そも間髪入れず
高速で飛来し殺到する敵に大玉を当ててみせる、
その事の方が余程有り得ぬ事象ではあった。
だがルジヌは人類4億の頂点たる叡智の殿堂、
賢者集団、城砦軍師。それも筆頭軍師である。
その自負や自尊は言語に絶するものであった。
だがしかし、ルジヌは凄惨に笑んでいた。
よくもやってくれた。
よくもこの私を出し抜いてくれた。
これだから戦は面白い。
これだから戦は止められぬ。
ルジヌは荒野の異形を前にして未曾有の恐怖
を克服し戦う事を選べる人種である。それも
城砦軍師と城砦軍師の子。「城砦の子」だ。
敗北に打ち拉がれる惰弱な魂は有していない。
むしろ強敵と見える戦の愉悦に震えていた。
そしてルジヌの凄惨な笑みには
今ひとつ、確固たる理由があった。
天空より統べてを見透かして事前の予行演習に
従うが如く咄嗟に神懸り的な否、魔性の挙動を
成して火竜の砲撃をかわした羽牙一個飛行軍団。
300の羽牙は稲妻の挙動を成して高台へと
侵攻し、二の丸防壁を乗り越えるべく高度を
上げた先陣は、俄かに雨に降られていた。
俄かな雨は燃えていた。
それは50の征矢の群れ。
8基の火竜による砲撃を見送った後。
8基の火竜による砲撃を囮として、
北の射場を護るディードが。
南の射場を護るクリームヒルトが
それぞれ率いる長弓兵に征矢に炎を纏わせ
紅蓮の破魔矢に化粧させ放たせたのであった。
そしてその照準を担ったのは、魔宝たる
「カゥムディー」を用いて参謀部に蓄積された
全情報を即時に引き出せるデネブと、デネブ
への情報支援を行い共に思惟し策を成す者。
史上最年少の城砦軍師。
夜の世界にしか生きられぬ儚き少女。
そして城砦の子。シラクサであった。
「南北の射場よりヴァルキュリユルの斉射。
全弾命中。貫通と延焼により総撃破70。
残敵推定220」
「……フフ」
「……ルジヌ?」
自身の報におかしな点でもあったかと
怪訝に首を傾げるミカガミ。
「何でもありません。
敵の目標が判明したようですね」
とルジヌ。既にいつもの仏頂面だ。
「……そうですね。
羽牙らの狙いは、まずは『二の丸』。
そしてその西手に広がる外郭と内郭。
すなわち第一戦隊の占有する北東区画です」
ミカガミはそう報じ、暗がりの斜面に新たな
映像を浮かび上がらせた。映像は城砦二の丸
南東部の施設群を、背後に一段高く聳える
城砦外郭東防壁を。
そして防壁の裏手に広がる物資貯蔵庫や
演習用の広場からなる外郭兵溜まりを。
さらにその奥、城砦騎士団の防衛主軍たる
第一戦隊が住処として平素は常に活気のある、
大多数が出動中な現在は実にひっそりと静まり
返った城砦内郭北東区画を映し出していた。




