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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
1069/1317

サイアスの千日物語 百四十四日目 その十一

「戦況をお願いします」


入室一番、ルジヌは問うた。



「中央城砦東方、大湿原より羽牙が

 大挙、かつ最大戦速で飛来中。


 推定300体、戦力値4900。

 紡錘陣形にて地表すれすれを飛行。

 先陣の外郭西防壁到達まで約2分」



淀みなく念話が指令室に響く。


声無き声はシラクサのものだ。


指令室には自身専用の特殊な座席に着いた

シラクサの他、祈祷士4名、軍師1名。


中央塔付属参謀部の主要構成員たる

城砦軍師と祈祷士は計40程在籍する。


現刻はそのうちほぼ半数が城外に出払っている。

城内に居残ったうちここに居らぬ者は休息中か

中央塔下層で業務中だ。


城砦騎士ならいざ知らず。


下層を発って1階につき通常建築物の3階分は

ある中央塔の13階。実質40階の高さまで

2分内に辿り着くのは並の参謀部員には無理だ。


そして不可能を可能にしそうな2名は

別所に出払っていた。つまりは増員は

望めぬという事だ。


祈祷士4名と光の巫女たる軍師ミカガミは

指令室の魔術機構を稼動させるのに専念し

シラクサのバックアップに努めている。


参謀部史上最年少ながら傑出した才を有する

シラクサは、その類稀なる空間把握能力と

念話を活かし、二の丸を除く中央城砦全域

への即時管制を成す参謀部の要となっている。


その心身に掛かる負担は計り知れない。

ファータに対するのと同様に、誰もがこの

儚き少女を無理させまいと気遣っていた。


要するに、参謀長たる城砦軍師長セラエノが

休眠期間中の中央城砦の頭脳として機能して

此度の急襲に対処し得るのは筆頭軍師ルジヌ

唯一人だという事だ。


参謀部きっての説教好き、そして戦好き

であるルジヌは眼鏡の奥で魔眼をギラつかせ

不敵な笑みを浮かべていた。





何やらやたらと気合の入ったルジヌを

チラリと見やり、シラクサは



「敵飛行軍団は本城の真東200オッピ地点

 に在り、真っ直ぐ西へと飛来しています。

 現時点では攻撃目標が特定できません」



と追加した。



「まずは攻城兵器。

 次いで居住区画でしょう。

 攻城兵器群の状態は?」



とルジヌ。


羽牙の大挙襲来は黒の月、宴の折には

よくある事だった。そして大抵の場合、

狙いは攻城兵器だ。


直撃すれば魔ですらただでは済まぬ決戦兵器。

超弩急攻城兵器「火竜」を、魔と魔の軍勢は

極度に嫌っていたからだ。



「外郭南西、及び南東の火竜については

 昨日の使用後解体整備に入っています。

 よって使用不可ながら狙われもせぬかと。


 

とこれにはミカガミが応じ、

右手をすぅと前方へ翳した。


闇夜の如く黒々とした傾斜した壁面には

二の丸を含む城砦俯瞰図が浮かび上がった。



現状中央城砦は30基の火竜を有している。

うち16基は東西南北に頂点を有する四角錘

な城砦本城の中層に設けられた専用の射場に

各斜面4基ずつ設置されていた。


火竜はその弾体に魔術要素を有しているため

使用する際は工兵の他祈祷士も必要となる。

よって最も頻回に用いられるのは中央塔から

連絡の良い本城の16基の火竜であった。


一方外郭の四方の兵溜まりに設置された

14基は専ら宴専用。特に北西と北東の

6基は予備として平時は解体されていた。


昨今ではその6基のうち2基が二の丸の

高台へと移送され、北西と北東に2基ずつ

予備という形になっていた。二の丸の2基は

かの魔笛作戦にて多大な戦果をあげてもいた。


「中層の火竜はどうですか?」


とルジヌ。



「北西と南西の8基が展開中です。

 また両所には兵団長閣下の命を受け

『ヴァルキュリユル』より2個小隊が急行。

 工兵と攻城兵器の警護にあたっています」


「射台との回線、確立しています」



ミカガミの応えをシラクサが補足した。



本城中層は複数の巨大なプレートによる

極めて複雑な積層構造を成していた。


中層最下部の数枚は、黒の月の訪れと同時に

水平展開し内郭隔壁と接合、内郭全体を

覆う「蓋」となる。


中層中腹の数枚は斜面の一部が水平に倒れ、

その上に内部から別体のプレートがせり出し

攻城兵器や弓兵らの射場となる。


そして中層最上部の一画は中腹と同様ながら

小規模かつ神韻縹渺しんいんびょうびょうとした神鏡の御座だった。


現状はこれらのうち中層中腹の北西と南西の

射場が展開中であり、各4基の火竜が稼働中。


かつヴァルキュリユルのうち城砦内に待機

していた50余名が2個小隊を編成し、

適宜防衛任務に就いていた。





「距離100、深幅100にて弾幕展開。

 投射後射場は閉塞させます。

 ヴァルキュリユルには閉塞完了までの

 現地護衛をお願いし、その後独自行動に

 戻って頂くように」


斜面を見据えつつそう告げるルジヌ。

斜面には城砦俯瞰図に加え中層の

射場二箇所の映像が。


そして黒々と泥水の流れ来るが如くに

300揃って微塵の乱れなく低空を殺到する

羽牙一個飛行軍団の紡錘陣形、その壮烈かつ

狂気に満ちた様が映しだされていた。



「了解。火竜各基、照準、同期開始。

 12秒後に完了、更に4秒後、投射します」



シラクサの念話が響き、暫しの沈黙が訪れる。



「古典的、かつ的確な」



ルジヌは仄かに抑揚を伴って



「そして何よりどこまでも

 見透かしたような手を」



奸智公は打って来た。まさに騎士団を試し、

そして成り行きを楽しんでいるようだ。

そうルジヌは感じていた。



「……そうですね。


 殺到する羽牙は総数300。

 迎え撃つ騎士団も総数300。


 必然以外のなにものでも無く、

 奸智公爵はこちらの手の内を完全に

 読みきっていると観て良いでしょう。


 その上で、洒落っ気と茶目っ気を

 見せ付けつつ、こちらに合わせて手を

 打っているのです。盤上遊戯を楽しむように」



当節の城砦騎士団戦闘員は概ね1400名。

このうち「ビフレスト」に100名が。

「歌陵楼」に50名が詰めている。


加えて「アイーダ作戦」のために「オアシス」

に500余、騎兵隊30弱。さらに高台南東の

防衛拠点に50弱。


止めとして「グントラム作戦」のために

主力250と別働100弱が出張っている。


よって中央城砦に残存する戦闘員は300強。

ゆえに羽牙での強襲は300。戦は常に数の

勝負であるのだから、これで丁度良かろうと

まぁ、そういう事だ。





荒野の何処にも在り何処にも在らざる高次の

概念、荒ぶる神。大いなる「魔」が一柱、

奸智公爵は統べてを「観ている」。


その上でさらなる見世物を求め独自の按配で

現世の駒たちによるフェアプレーを求めている。


恐らくは騎士団や人類だけでなく、他の魔も

魔の眷属も魔軍も奸魔軍も、奸智公爵に

とってはどうでもいいのだ。


単に面白い見世物が観たい、ただそれだけ。

その例外は唯一つ。抱き締め寝たい程の

お気に入りのお人形。



「まったく、嫌な女ですね」



と吐き捨てるルジヌ。


指令室の一同は揃って無言でルジヌを

チラ見し、無言で各々の役目に専念した。

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