付録・番外編「孤独の城砦グルメ飯」 一章「ヴァルハラ飯」その9
既に戦の趨勢は決している。
我が軍の勝利は揺ぎ無い。
さりとてこれは戦記の端くれ。
過程に触れずして何を語ると言うのか。
矢を交わす、槍を合わすは事後処理と言えど
箸を入れるはさにあらず。いざ実食である。
では敵軍の陣立てについておさらいしておこう。
ヴァルハラ飯は直径四半オッピの円形トレイ。
その中心を除き4本の直径で区切った専用皿
「ホプロン」に盛られている。
簡潔に言えばヴァルハラ飯は8つの料理に
分かれているという事。分量はどれも特盛りで
常人であれば1つ食せば動けなくなる規模だ。
よってまずは8つの料理名を列挙する。
1.黒白のパン
2.チーズナン
1’「黄金の夜明け」
2’「銀月の吐息」
3.「躍動の春風」
4.「色濃き夏風」
5.「三国無双」
6.「一期一会」
7.「スキ・ヤキ」
8.特級スイーツコンボ
※1’と2’はスイーツ飯の基幹メニュー
7.と8.は特別メニュー
……何というかこう、名前だけで腹一杯な
心地がするが、何、筆者としては少量ずつだ。
残りは人類最強の胃袋を持つ勇者らの取り分だ。
まずは基幹メニューとなる1.の黒白のパン、
そして2.のチーズナンについて触れておこう。
荒野の只中に孤立する城砦騎士団の中央城砦は
食料の9割を平原からの輸送に頼っている。
輸送物資は西方諸国連合加盟国から大々的に
提供される。加盟国には兵士と物資双方の
提供義務が課せられているからだ。
ただ現実問題として加盟国間では
国力の差異が大であった。
そもそも西方諸国とは魔軍に直に侵攻され
滅んだ現騎士団領たる「水の文明圏」の
衛星的な生活圏であった。
一方そうした西方諸国を騎士団領との
緩衝地帯としている平原中央の三大国家には、
西方諸国連合設立時の必要悪を最大限に利用し
膨張主義を体言して大国となった経緯があった。
要は三大国家とは、騎士団の支援に大規模な
スポンサーが欲しいから「大国成らしめた」
国々なのだ。連合や騎士団に対しての
多大なる貢献は契約されたものと言えた。
よって平原中央の三大国家は西方諸国連合隷下
城砦騎士団に対し常備軍の派遣や超大規模の
物資支援を行っていた。
戦において最も重要となる物資とは何か。
それは勿論水と食料である。
水は北方河川から自前で入手できるため、
まずは食料と言う事になる。現に平原から
城砦への輸送物資の7割方は食料だ。
そしてそうした食料の備蓄の7割近くを
第一戦隊のみで喰らい尽くすのだが、
それは今は措くとして。
そうした食料は輸送し易い粉末な事が多い。
特に最も輸送量が多く食いでもあるのが
トリクティア産の小麦粉であった。
よって城砦騎士団の食事においては量こそ
大なる差異はあれど、基本的には小麦粉製品を
基幹メニューに据えている。
それが第一戦隊では黒白のパン。
そしてチーズナンなのだ。
当節平原における黒パンと言えば大抵は
ライ麦製でほぼ煉瓦。むしろ鉄板に程近い
建材の如き堅牢さを誇る鈍器であった。
日もちと防腐性を追求した結果だが
例えば今日は黒パンよ、などと言われた場合
わぁとなるかうわぁとなるかと言えば後者だ。
実際西方諸国等では黒パンはまな板兼皿代わり
でもあった。が、城砦の黒パンは柔らかい。
何故なら素材が違うから。
別名ガラールパンとも呼ばれる城砦の黒パンは
小麦粉製だ。実のところ白パンに黒砂糖で
色付けしただけのなんちゃって黒パンなのだ。
見た目も高級木材の如き艶やかな黒をして
香りも甘やか。白パン以上に食べ易いと評判だ。
ただしガラールパンとの呼称は不評で第一戦隊
ですら単に「黒パン」と呼ぶそうだが。
白パンは黒パンのプレーン版という事で
とても食べ易く何の料理にでも合う。
ヴァルハラ飯は通常おかずとされる料理が
とても多いため、それらに合わせて食べている
うち気付いたらなくなっている、のだそうだ。
当然ながら計算されつくした配分らしい。
こと食に関する智謀では城砦軍師すら上回る
のがヴァルハラであった。
チーズナンはトリクティア産の小麦と
北フェルモリアの酪農製品との合作であり、
ここ10年ほどで特に普及した一品であった。
当代城砦騎士団長は北フェルモリアに藩国を
有する王族だ。また城砦内にありながら
騎士団長個人の所領でもある中央塔には、
祖国より随行し或いは他国より招聘された
多数の著名な料理人らが起居している。
騎士団長自身が多数の著書を有する当代きって
の料理研究家な事も相まって、中央塔三階の
「王家の食堂」は当代でも最先端の食の殿堂
と化していた。チーズナンはそちらが主体の
料理という事になる。
第一戦隊戦闘員らの纏う重甲冑は呼称に態々
重と付くだけあって平原産の甲冑の倍は重い。
その重甲冑を四六時中纏って挙動する兵員らの
塩分消費量は相当なもので、チーズナンの有する
見かけによらず高い塩分はこれを補うのに
最適なものであった。
またほくほくと湯気を立てトロリトロけて
のびるチーズは視覚的にも食欲をそそり、
いざはふはふと口にしたならナンの秘めた
熱量と共に期待通りの味が口中に広がってゆく。
オーロラソースは野菜と肉の汁を巧みに
取り合わせ香辛料で調えたスープに近い趣向の
もので、チーズナンとの合いは抜群であった。
さて次である。
いきなり7.だ。すなわち特級霜降り肉の
「スキ・ヤキ」。東方風の逸品である。
それが何故かは未だ定かではないものの、
荒野の太陽は熱量に乏しいと言われている。
もっとも平原と荒野は地続きだ。空だって
当然繋がっている。太陽も月も星々も
平原と荒野では同じはず。それが人智的な
見解であり、これを否定すべき理由も無かった。
だがその一方で荒野では太陽どころか月まで
異なる。こちらは1朔望月毎に上る月の色が
完全に異なっているのだ。
しかも変化に不規則性が大きく、占星術専攻の
連中は月が変わる毎に悲喜こもごもに嘆息する。
人智的な解釈に基づき分析するならば、
月は自前で光ったりはしない。あれは太陽の
照り返しだ、という見解が多数を占めている。
だがそれでは、それだけでは「黒の月」の
あの禍々しい漆黒の輝きを。荒野を覆う
無窮の闇の到来と魔の顕現を説明し尽くす
事はできない。
とまれ世界の謎に迫るのは楽しいが、それで
魔軍を討てるわけではない。城砦軍師としては
戦の勝ち負けが何より重要という事で、今は
「荒野では熱量が失われやすい」という表象
のみ理解しておけば足りるだろう。
そう。荒野では熱量が失われやすい。
アツアツの料理はすぐ冷めてしまうのだ。
ヴァルハラ飯は基本出来立てでありほかほか
だが、中でもじゅじゅぅと鉄板に焼け音を
響かせる城砦風ハンバーグ「三国無双」と
ぐつぐつと煮立つこの「スキ・ヤキ」は一刻も
早く食さねばその真価を堪能できなくなる。
そこでまずは期間限定、特別メニューな
ゴゥデンチケットの対象品、「スキ・ヤキ」
という訳だ。これには東方風の長ネギ等野菜
も具わっておりバランスも良い。
特級霜降り肉なぞ平原でも余程の事がない限り
お目に掛かれぬ畏れ多いものだ。いきなりは
気後れすらするが我事において後悔せず。
何、野菜から食した方が消化が良い?
んなもの知るか。私は肉が食いたいのだ!
とかなり第一戦隊に染まりつつも東方諸国で
賓用される箸を用いて立ち上る湯気を掻い潜り
ひょいと摘みあげ口に運ぶとあら不思議。
薄いながら広げた掌程もあったその肉は
ひと噛みすらせぬうちに口中でふくよかな
甘みと甘みを残してじゅわりとほどけ
消えていくではないか。
さながら掌に舞い降りた雪花の如くに。
現世で纏った束の間の姿、その羽衣を脱ぎ
捨ててさらなる高みへと還り往くかの如くに。
一言で言えば、これは魔だ。魔性の味覚だ。
ならば城砦騎士団としては全力で討伐せねば
なるまい。いざさらなる魔よ弑し奉らん、とて
次なる肉に挑もうとしたらもう無かった。
愕然と前方をみやればユニカ卿とお守り兵士が
至福に満ち満ちた表情であった。こいつら
やりやがった、食いやがったよ肉をッ!
これでは上を向いて歩いても涙はとめどなく
零れるばかりであろう。そうであろうとも。
……まぁ。元々大振りな特級霜降り肉は3枚
のみだった。なのでこれは必然。致し方なし。
所詮この世は弱肉強食。そういう事だ。
またこの霜降り肉とは肉そのものの圧や厚
以上に旨みを周囲に振りまいて、長ネギや
豆腐等を珠玉の一品に変えていた。
こちらは未だ残っている。今はなき肉の
芳醇な味わいを残して。よってその辺りを
存分に堪能し、言われるまま残り汁に白パン
を浸して食すと悶絶しそうなほど美味かった。
そして悶絶気味のうちに城砦風ハンバーグ
「三国無双」が一口分を残して消え失せていた。
三国鼎立とは一体。まぁ末期はこんなものかと
妙に納得しつつハンバーグを頂き舌鼓を打った。




