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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
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サイアスの千日物語 百四十四日目 その九

夜の帳を画布キャンバスとして星月の金銀を絵筆に宿し

炎に彩られ浮かびあがる、そんな風景があった。


近隣のあらゆる目立つ地勢より均等に距離を

とった夜陰の大海原の只中に野営陣は在った。


騎士団騎士会序列三位たる第四戦隊副長。

魔剣使いベオルク率いるグントラム作戦の

主力軍250。ミンネゼンガーの仮の宿りだ。


250のうち眠りに就いているのは3割程。

残る6割の3割は歩哨し、残る3割は翌日の

施工に向けた準備に忙しい。


四方を特大の貨車で囲った一角などは

さながら本城内の資材部の如き賑やかさだ。


またヴァルハラの紋章を付けた貨車の周囲

では24時間食べ盛りな第一戦隊兵士らが

当該時間区分の食事を取っていた。


サイアス率いるヴァルキュリユルと同様に

ミンネゼンガーは戦闘特化ではない言わば

万能型の編成を採っている。


宿営地では明確な飲酒こそ禁じられているが

元より飲水は果実酒割りだ。異形の跳梁跋扈

する荒野の只中での野営という数奇に過ぎる

状況も相まってか、どこか流行の酒場の如き

人いきれだった。





一方野戦陣の外縁部はひっそりと静か。

篝火と鉄柱、鋼糸と棒柵の間隙に歩哨ら

が立って、敵襲への警戒を厳にしている。


グントラム作戦の司令官でありミンネゼンガー

の総大将でもあるベオルクは、施工主体の

本任務において戦闘員の大部分を施工の補助に

回す一方、専一的に戦闘任務にあたるべき者を

厳選してもいた。


天下無双の黒騎士に武才ありと評されて

意気に感じぬ兵はなく、誰もが単なる夜警の

任すらも決戦の如き覚悟で担っていた。


そんな気合充溢の歩哨らの下へと暗がりから



「ちゃお☆ 伝令でんねん!」



と割と場違いな男が現れた。


その出現が唐突過ぎて



「おのれ面妖な! 何者か!」



とうっかり聞いてしまった歩哨。



「よくぞ聞いてくれました!

 てゆぅか伝令ゆぅたやん!」



と激しくナン・デヤネンのポーズを

キメられてしまった。



「……あぁ。

 ぬちょぬちょただれ饅頭ガニか。通れ」



どうやらそのポージングで何者かを

理解したらしい歩哨の第一戦隊兵士。



「なんやそのばっちげな!」


「鏡を見ろ鏡を!」



とサイドチェストで応答し上官に怒られた。





外縁部より少し奥まった位置にはやや大振りな

天幕があり、手前は指揮所になっていた。


天幕の傍らでは漆黒の軍馬が休んでおり、

指揮所の床机にはベオルクが腰掛けて軍師や

供回りらと共に卓に広げた戦域図を眺めていた。


「将軍、ヴァルキュリユルより

 伝令が参りました」


指揮所にやってきた軍師がやたら良い低音で

報じるその陰より、ひょいと飛び出す

ヴァルキュリユルよりの伝令


「副長どもっす! お届けものっす!」


シェドはゴメンナ・スッテをしつつ

書状を差し出した。


「うむ。ご苦労」


苦笑しつつ受け取って苦笑のままに一瞥し、

内容への反応を示す事なく傍らに控えた

正軍師らへと書状を渡すベオルク。


「お前、眷属を斬ったそうだな。

 いっぱしの剣士に成ったようだ」


とシェドにニヤリとしてみせた。


早朝の四戦隊営舎での軍議以降、シェドと

ベオルクが顔を合わすのは初めてとなるが、

ベオルクの方では日中の各所の戦況を既に

全て把握しているようであった。





荒野における異形との戦闘は対峙する者に

未曾有の緊張をもたらし、勝利した場合は

膨大な成果が報酬として得られる。


シェドの倒したできそこないは水準値を

大きく上回る5の個体だ。そして限りなく

1対1に近い局面もあったものの、実質

3体を7名で倒している。


異形を撃破して得られる経験値は概ね当該の

異形の戦力指数に20を掛けた値とされる。

つまりあの戦闘のみでシェドは43点の

成果値を得ている事になる。


これは朝から晩まで明け暮れる剣術修行

1か月分に等しいもので、先日の戦技研究所

での特訓も相まってシェドの剣術技能を一段

上に高めていた。


ベオルクは軍師の目を有しているし、何より

平原に在りし頃より剣豪の二つ名で呼ばれた

異数の使い手である。


その見立てによればシェドの剣術技能値は3。

職能としての水準値であり、剣士を名乗るに

足るものであった。



「おぉう、情報早いっすね!

 ……てか周りのお陰っす。

 訓練でも実戦でも世話になりっ放しで……」



得意げにはしゃぐかと思ったら意外にも神妙。

どこかはにかむように右の人差し指で鼻、より

出っ張ったお面の火男口をこするシェドだった。





確かに以前より強くなった。そうシェドは思う。

だがそのお陰で自分の周りの連中がどれほど

強かったのかを、今ははっきりと理解していた。


ランドがそうであるようにシェドもまた。


平素じゃれついてるラーズをはじめ、ロイエや

デネブ、ニティヤといったサイアス小隊の面々

が途轍もない武の道の高みに在る事を。


自らが武芸の道の裾野に立った事で

初めてシェドは悟ったのだった。


恥じ入るつもりは無いにしても、褒められて

浮かれるなどは到底できない。そのように

シェドは思っていた。



「……フフ。

 少々男振りも上げたようだ」



目を細め楽しげに笑むベオルク。


若手の台頭は大変に好ましい事だ、と

髯を撫で付けシェドやマッシモを眺めた。



「マジで!?

 やっヴぇ俺っちモテモテかよ!

 ウェヒ、ウェヒヒ!!」


「『少し』だ。誤差の範囲だ。調子に乗るな」


「ウス! さーせん!!」



馬脚を現したげなシェドは

連続でゴメンナ・スッテをキメた。





「んじゃ俺っちはこれで!」


シェドは敬礼しベオルクの下を辞そうとした。



「どこに戻る気だ?」


「うぇ? 城砦っすよ?」



シェドは四戦隊営舎で書状を預かった後、

城外に展開するヴァルキュリユル各隊を巡り

小一時間ほど掛けて当地に至っていた。


そのため実に何気なくそう応じのだが、

続くベオルクの一言で硬直した。



「やめておけ。今は戦闘中だ」

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