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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
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サイアスの千日物語 百四十四日目 その四

ともすれば萎える意気を励ますべく

声を上げ夜と闇に抗うやり方は、確かに

良い手ではなかったようだ。


無駄話を止め荒野の夜の只中に在るという

現実から目を背けずに向き合うと、辺りは

実に多くの情報で満ちていた。


自身らの周囲で時折爆ぜる篝火の音。

赤々とした炎の影でゆらめく泉の水面。

炎と水の起こすささやかな風の気配。

気まぐれに流れ往く風の運ぶ大地の震え。


そう、音としては微細も微細。されど

鋼兜アーメットを脱ぎ耳をそばだて、或いは櫓の壁や

床に張り付いて神経を研ぎ澄ましたならば。

櫓のきしみや雑多な音に入り混じり、時折(かす)かに、

そう、幽かに大地の遠鳴りが感じられた。



これは行軍の気配だ。



兵士らはすぐにそう悟った。


未だ遠く数もおぼろげ。整った一塊ではなく

例えば雨だれの如き不協和の律動が確かに在る。

それらは南より少しずつ、だが確実にその

存在感を増しつつあった。





「しょ、小隊長殿……ッ」


小手と手にした鋼兜とを小刻みにぶつけ

鳴らしつつ、押し殺した声で兵が問うた。



先刻新米兵士らに夜警の心得を語った、

こちらも未だ歳若い兵士は己が口元に

すっと指を立て



「風はあちらへ吹いている。

 気付いた事に気付かれるのは

 少しでも遅い方がいい」



とごく落ち着いた様子で告げた。


新米兵士らは真剣な面持ちで頷くと

うち一人が極力平静を装って櫓を降り

本陣本隊へと状況を報せに向かった。



「……今回は先に耳と肌で気付けた。

 お陰で目にする頃には覚悟も定まる。

 ……これもまた、成長のうちだろうか」



完全なる闇夜の「宴」では、野戦陣外目前に

迫るまで敵襲に気付けず、それゆえ見張りで

ありながら恐慌する失態を犯した。


あの時自失した頬をはたき、兜に拳骨を落として

叱咤してくれた仲間の多くは既に居ない。


そして気が付けば自分がかつての仲間らの

立場に回っている。まだ半年と経っては居ない

あの日が遠い過去に思えてならない。



「……見ていてくれ」



未だ歳若い小隊長は呟いた。



――もうヘマはしない。

  今回は徹頭徹尾完璧にやる。 

  だから再会はまだ先だ。

  土産話に期待していてくれ――



記憶の中で笑う戦友たちに頷き、

小隊長は大盾を手にした。


「総員、速やかに戦闘態勢を整えよ」





「閣下、西櫓より魔軍のものと思われる

 行軍音を察知したとの事」


泉の北の岸辺中央に在る指揮所にて

参謀部正軍師の一人が静かにそう告げた。



「やっとか。寝待ちも飽きたぞ」



口では飽きたといいつつも未だ右肘立てで

寝そべったまま。気だるげに左手で伸びを

する「アイーダ作戦」主力軍総司令官、

城砦騎士団長チェルニー・フェルモリア。



「おっさんダラけ過ぎだろ……

 シャキっとせんかシャキっと!」



騎士団の長であり大国の王族でもある

チェルニーを別の正軍師が叱り飛ばした。

ちなみに自身は遊戯に夢中だった。



「あぁん? お前鏡見た事あるのか?」



たいそう不快気にジロリと睨むチェルニー。


見やればその軍師は今一人の正軍師と

サイコロ振り振り盤上遊戯に夢中であった。



「あぁん? 映るとでも思ってんの?」


「……」



予想外の返しに眉を顰めるチェルニー。

すると今一人の軍師が


「映るに決まってるし」


と失笑。


「……」


こいつらだけは、とチェルニーは

頭を掻いて胡坐あぐらをかいた。





「算定、済みました。

 推定600。本野戦陣の7時方向

 凡そ300オッピ地点。接近中です」


おそらく気苦労の耐えなかろう、主力軍に

随行する3名のうち最もまともな風情の

正軍師がそう報じた。



「奸智公はこちらに数を合わせてきたか。

 しかも微妙に上回ってくるとか

 嫌らしいヤツめ……」



チェルニーは辟易へきえきとした様子で肩を竦めた。



「まだ300オッピあるのか。

 よく気付けたな」



と指揮所の傍らで床机に腰掛け

腕組みする第二戦隊長、剣聖ローディス。



「そうだな……

 敢えて好きにやらせていたのだが

 意外に切れ者が混じっていたらしい。

 抜擢したい。調べておいてくれ」


「御意」



正軍師は短く応じて残り2名と相談を始めた。



「ローディス、隠密衆はどうだ?」


「未だ敵影無しとの事だ。

 デレクらからもそう聞いている」



チェルニーもローディスも、子飼いを数名

陣外に放ち、独自に哨戒に当たらせていた。


ただしその哨戒領域は随分限定されていた。


どちらの手の者も基本的にオアシス以北、

特にオアシスと中央城砦の建つ高台の南東。


日中にヴァルキュリユルの建設した将来の

三の丸たる防衛拠点とを結ぶ線分上に配された

デレク率いる騎兵隊と密に連携する形でこれを

成していた。


アイーダ作戦、そしてオアシスの野戦陣に駐屯

する主力軍500余の戦略的意義は囮である。


囮であるがゆえ、敵には是非とも攻め寄せて

貰わねば困るのだ。よって敵が気兼ねなく進軍

できるよう、オアシス北岸に布陣して以降は

必要最小限の範囲を除き、魔軍や奸魔軍が

好きにやれるよう空けていたのだった。

1オッピ≒4メートル

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