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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
1060/1317

サイアスの千日物語 百四十四日目 その三

影絵の世界となった荒野の大地。

その傍らに燦然と星月の煌きを宿して

地を往く天の川となって揺蕩う北方河川。


北方河川の最も南にうねった地より程近い

遠浅の水場近郊における局地の死闘が終わる

べくして終わり、影絵に静かさが戻った頃。


すなわち城砦暦107年第264日

第一時間区分初旬、午前1時頃。


同地より南東の高台に在る中央城砦を挟んで

さらに同距離夜を飛び退った彼方の地には、

北方河川の煌きに似たさんざめく一滴が在った。


白銀の天の雫は赤々と炎で縁取られ

明暗の複雑に入り混じった鏡と成っていた。

そのさざめきは一時も同じならず、眺める

者らの目を楽しませ続けていた。


平原西方諸国連合軍との合同作戦の初手となる

「アイーダ作戦」による、城砦騎士団主力軍の

駐屯地。中央城砦より南南東1000オッピ、

通称「オアシス」。


同地に築かれた野戦陣では無数の篝火に

護られて500を超す兵らが夜を過ごしていた。





俯瞰すれば南北より圧したが如き形状の

オアシス中央の泉は東西に100オッピ弱。

周辺の沃土も含めれば東西に200オッピ弱。

それがこのオアシスの地勢だ。


泉の北岸を中央正面に据えて「門」の字を

天地入れ替えさらに棒部を左右へと開いたが

如き野戦陣のちょうど「日」にあたる部位には

小隊規模が哨戒にあたれる大振りの櫓がある。


多数の篝火を焚き上げさながら黒の月、宴の

折の外郭防壁の一部を思わせるこの櫓のうち

西側の上部には第一戦隊主力大隊よりの一般兵

18名が陣取って哨戒任務を担当していた。


18名は最大規模の小隊であり内実としては

6名1班を三つ。これらが適宜交代して朝まで

の歩哨にあたる事になっていた。


第一戦隊兵士らは一日を4等分した全ての

時間区分で食事を取るため、恐ろしく腹時計が

発達している。そのため昼夜を問わず時計無し

に時間に精確な挙動ができるとして、この手の

任務にはうって付けであった。


主力軍を率いる上層部の見立てでは、敵軍に

動きがあるのは夜半以降。そして今がその

夜半であった。


屈強な身的能力を誇る第一戦隊戦闘員と言えど

その主任務は中央城砦に拠っての防衛である。

城外で任にあたる機会は稀であり、かつこうも

遠方に出張っての野営なぞはまず経験が無い。


そのためこの時間帯の歩哨を務める

2班12名の兵士らの多くは、複雑に高揚する

自身の心境にいささかの戸惑いを覚えていた。





荒野の只中に広がる闇は余りに深く甚大で、

天上に瞬く無数の星月はさながら見下ろす

数多の眼差しに似て兵らの不安と焦燥を

いや増していた。


夜警の不安や恐怖を払拭させる最も手っ取り

早い方法は同僚との会話である。そこで取り

立てて私語を禁じると命じられてはいない

事もあり、兵士らはぽつりぽつりと物を語り、

互いの心細さを励ましていた。



「二の丸での夜間訓練でも感じたが、

 矢張り荒野の夜は『重い』な……」



どちらかと言えば重甲冑に纏われている。

そんな体の新兵が同様な兵らに話し掛け、

話し掛けられた者らも頷きを返していた。


中央城砦に新設された二の丸は防壁が低く、

時折活きの良い異形らの「飛び入り」がある。


元より中央城砦の外郭防壁は異形がぎりぎり

越えれるかどうかという辺りを狙った高さに

造られているのだが、二の丸の防壁はそうした

値より1オッピも低いものであったため、異形

らも好んでこの一帯に「飛び入り」した。


お陰で新兵にとっては外郭が築かれる以前の

中央城砦の緊迫した状況を存分に味わえすこぶ

「実戦的」な訓練が捗るとして、正規の訓練課程

を経ず各戦隊が直接抜擢採用した兵などはまず

二の丸に放り込まれ、常に高い緊張感の下で

教導されるのであった。





周囲に欠片の街灯りもなく、夜空はどこまでも

際限ない拡がりをみせる。また異形は大抵人より

大柄でかつ防壁を飛び越え上から降ってくる。


そう、人にとり異形の攻撃とは上方からが

専らなのだ。騎士団の制式採用する防具群は

上部ほど分厚い。兜や上半身の装甲の厚みは

軽く平原の鎧の倍はあり、時に板バネ等を

駆使した積層構造すら成していた。


お陰でとにかく重く嵩張り、元より屈強な者

しか纏えない。弱者が弱みを護るためのもの

ではなく、強者が強みをいや増すためのもの。

そんな具合ではあった。



「まぁ流石にこの高さだからな。

『羽牙』は東の湿原が根城だと言うし、

『できそこない』も壁より奥まったこの櫓へ

 いきなり降って来るというのはないだろう」



周囲を励まそうとしたものか、

やや明るい調子で一人が語った。


彼の言うとおり羽牙はオアシスから見て

北東の大湿原を棲家としており、この西櫓に

辿り着く前にまず東櫓で捕捉されるはずである。


また南方をねぐらとするできそこないの跳躍力は

3オッピに迫る事もあるが櫓は防柵の背後、

さらに障壁と防壁の狭間に立てられている。


いかな敏捷なできそこないといえど、2オッピ

はある櫓の上部へとそれらを飛び越えた上で

なお降ってくるというのは、距離的に考え難い

話であった。


総じて荒野の戦における初等教育を終え

城砦近郊に出没する眷族らへの対処法を一通り

学び終えたこの兵士の言い分は、理論的には

是と言えた。


だが



「君らはまだ『宴』を知らない」



と低い声がした。

そちらを見やれば語り合う新兵らとは

やや異質な、夜に溶け込むように佇む兵が居た。





「黒の月、闇夜の『宴』の狂気を知らない」


兵は静かに言葉を続けた。


声はまだ若くその言動は穏やかだが

有無を言わせぬ重みを帯びていた。



「あの夜、私は今の君らと大差なかった。

 新兵の『新』の字が取れた程度だった」



櫓は重苦しい夜気に包まれて

パチパチと篝火の弾ける音のみが響く。



「暗中に潜む無数の押し殺した殺意。

 浮かび上がる100を超す異形の目。


 目の当たりにした私は言葉を失い

 立つ事すらままならず、ただただ

 無様にうろたえるばかりだった……」



かつての黒の月、宴の折の画区画南防壁外部。

その西側の野戦陣の最前線にて哨戒と防衛の

任に就いていた第一戦隊主力大隊所属

一個小隊15名のうち。


城砦兵士に成り立てであったこの男は最初に

大口手足らによる魔軍主力部隊の来襲に気付き、

未曾有の狂気に襲われた。


だが仲間の励ましでそれを克服し戦列を組んで

最後まで戦い抜き、そして生き残った。

そんな5名の一人であった。



「異形はあらゆる点で人を上回る。

 侮りがあれば必ず裏を掻かれる。


 予断を避け、夜を受け入れ

 耳を澄まして聞き取ろう。


 異形らの押し殺した息遣いを。

 異形らの忍び寄るその足音を」

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