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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
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サイアスの千日物語 百四十四日目

大口手足の水準戦力指数は6。

これは城砦近郊に生息する一般的な

陸生眷属のうちでは最も高い値となる。


平原の西手に西へと奥まって隣接する荒野。

ここでは西行するほど異形も強くなるという。


中央城砦の在る高台を基準とすれば

東の大湿原に巣食う羽牙が戦力指数2。

南の断崖以西が縄張のできそこないが3。


そして中央城砦の在る高台より

大回廊を挟んで西手の岩場と岩場の南方。

荒野奥地への上り坂を挟んで南手となる

奇岩群などを根城とする大口手足が6だった。


水準戦力指数は数値の大きいものほど個体差も

大きく、中には魚人の捕食者でもある河川の

眷属「鑷頭」に匹敵する固体もあった。


外観はやけに平たい毛むくじゃらの大男より

首をもぎ取って地に這いつくばらせた様に似る。

地に面した胴の中央には特大の口があり、凡そ

呼称そのままと言って良かった。



大口手足の四肢は全て屈強な人の腕に似る。

腕でもある足は恐ろしくフットワークが軽い。


平地における巡航速度ではできそこないに

遠く及ばぬものの、障害物だらけの岩場に

おいては勝るとも劣らぬものがあった。


またこの異形は頻回に上体を起こし挙動した。

これには敵を威嚇する意味と、上腕を様々の

仕方で攻撃に使用する意味とがあった。


そう、この異形は河川の眷属魚人と同様に、

騎士団が図らずも遺棄した武器を頻用した。


自身で手で作成するという概念こそ持たぬ

ものの、有りものはとにかく活用するのが

この異形の方針らしい。


お陰で岩場のそこら中に散乱する小岩などは

飛び道具や鈍器として手軽に得物とされていた。





上体を起こしては首無しの毛むくじゃら。

がばりと伏せては蜘蛛や海星ひとで。さらには

蜚蠊ごきぶりや船虫にすら通じるものがあるこの異形。


大口手足の最大の特徴とはしかし、外観では

なかった。強烈に過ぎる貪婪どんらんさであった。


荒野の全ての異形と同様人より高い知力を

有するも、その知力が霞んで消えて制御が

効かぬほど恐ろしく獰猛で食欲に溢れていた。


大口手足らは平素より好んで共食いを成す。

時に自分の手足すら食い出すほど見境が無く

狂気に満ち満ちていた。


その外観と挙動は容易に人を狂気へと誘う。

ひとたび恐怖判定にしくじれば、あとは

跡形もなく喰われるのみだ。


城砦騎士団の猛者の中でもこの異形を苦手と

する者は多い。何よりまず生理的に受け付けぬ

とて、成す術なく撤退する隊も中にはあった。


もっとも水準的な大口手足1体の戦力は

騎士団中兵団の1個小隊に匹敵する。そして

当然の如く戦闘開始までは携行食とも仲良く

連れ立って複数で食事に現れるわけだ。


この異形と遭遇して生還を期する場合、

まず確実なのは打ち合う事。そして

彼我に損害を出す事だ。


さすれば我先に負傷した者を襲い出す。

そこを追い討てば上策。囮として

逃げ出すなら中策。


一分の武をも示さず逃げ出すは下策。

生還は困難であり全滅は必至であった。





先述の通り、この大口手足と呼ばれる異形は

専ら群れでの統率ある行動を成す羽牙や

できそこないらとは異なって、共に行動する

味方を端から携行食としか見做していない。


そのため騎士団との戦闘中であれ、武装し陣を

敷く人よりも負傷した異形の方が食い易いと

見るや、躊躇なく襲い掛かる例が実に多い。


大口手足とは好んで蟲毒の坩堝に巣食う

飛び切り性質の悪い毒虫だと言って良かった。


野良は言わずもがな。荒野に在りて世を統べる

大いなる魔が統率する軍勢においても、「宴」

においてすらそうなのだ。


特に乱戦ともなると、まず手当たり次第に

喰らい付く。概して個として戦力指数の高い

ものほど協調性が低いというのも荒野の異形の

特徴と言ってよい、そう思える仕儀だった。



さてこの、同種どころか異形ですらない

人な騎士団とは断じて判り合えそうにない

ある種異形らしい異形と言える大口手足らは。


奸智公爵による増派もあって、自身らの根城

である岩場の北限「岩礁地帯」防衛のために

躍起となって表向き一致団結し戦に望んでいた

大口手足ら。


元来の卓越した知力を駆使し華麗なる

虚誘掩殺からの偽撃転殺を決めて、かの

奸智公が喝采しそうな勝利を得た大口手足ら

だが、ここらが限界であった。


一旦存亡の危機が去ったならあとは欲望の

赴くまま。それも堪えていた分数層倍だ。

平素は水を嫌ってか然程に寄らぬ岩礁地帯へと

魚人の屍を求めて大挙殺到。


文字通り岩場を這い回る多量の船虫の群れ

と化して、実にわしゃわしゃと踏み込んだ。


と、そこに同様に魚人の屍の量産を待ち侘び

河川にて無き手に手薬煉引いて潜んでいた

河川の主とも言える大ヒルと、その体躯ゆえ

岩場を苦手とするも食にかつえた鑷頭らが上陸。


漁夫の利ならぬ魚人の屍を巡って阿鼻叫喚の

地獄絵図も色褪せるどろどろのぐちゃぐちゃな

大乱戦を開始した。





北方河川に棲まう水の眷属たる鑷頭じょうず

水準戦力指数は8。ただし歳経る毎に大型化し

中には大ヒルを凌ぐ固体もあった。


また城砦暦107年に至るまでは北方河川の主

と呼んでも一向に差し支えなかった大型種たる

大ヒルは水準戦力指数10。


人の世の守護者にして絶対強者たる城砦騎士

に匹敵し、こちらの上限は上位種と目される

ヒルドラの存在から、騎士長級となる20

ほどであろうと試算されていた。


とまれ鑷頭にせよ大ヒルにせよ、本来は

大口手足より格上であり、こと大ヒルに

至っては束になっても厳しい相手だ。


だが戦勝の高揚、領土防衛、何より言わば

食い物の恨みとやらが大口手足にあらゆる

判断を停止させ、むしろ激昂して魚人の屍と

もろともに踊り食いに掛かった。


一方の鑷頭の大ヒルとしてはこれは言わば

想定外であって、そも鑷頭は岩場では挙動を

制限され大ヒルはそもそも水生かつ屍食性だ。


随分目減りしているとはいえ奸智公の増派も

あって少なからぬ数が揃う大口手足らの数の

暴力に晒されて大苦戦し或いは喰い喰われ、

やがて割りに合わぬと水中に撤退した。


こうして岩礁地帯で生ある者は最早敵も味方も

何もなくただ全てを喰らい尽くさんとその身を

焦がし暴れまわる大口手足の群れのみとなった。





「……最悪だなマジで」


「ごった煮過ぎるだろ……」


「当分飯を食えそうにねぇぜ」


呻くような声がした。



「今見つかったら助かる気がせん」


「同感だ。とっとと離れよう」



岩礁地帯の南東の外れでの事だった。


と、周囲の敵が一挙に集って会戦しているのを

良い事に、暗中に潜み物見遊山を決め込んで

いたラーズと彼の小隊は



「ん、何だ?」


「ッ! 気付かれたか?」



にわかに緊張した。


地獄の饗宴に浸る大口手足らのうち十数体が

南と東、二手に分かれ移動し始めたからだ。



「……いや、俺ら目当てじゃねぇな。

 南に向かった連中ぁヴァルユリユル(うち)

 本隊の様子を見に行ったんだろうぜ」



と小隊の長ラーズ。



「もう一方は逃げた魚人目当てか」


「だろうな。

 河川に逃げなかったから

 追いつけると踏んだんだろう」



と見当を付けた。



「どちらを追う」


「誠に遺憾ながら東だ」


「よし、行こう」



肩を竦めるラーズに頷き、

小隊は暗がりを東へと駆けた。

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