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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
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サイアスの千日物語 百四十三日目 その九十八

暗鬱たる起伏に満ちた岩場を赤に明滅させ

炎はやがて立ち上る灰色の煙と共に薄くなる。


岩場の東手数オッピにまで殺到していた

ロイエ中隊は、西手を見上げ、暗がりの中

上り往く斑な赤の階段の如き岩場を見定めて

未だ生きて蠢く黒塊を探した。


成果は皆無。つまり

近隣に潜む手合いは絶えた。

そう判じたロイエは背後に手招きした。


ロイエの手招きに軍師が応じ、ランドへと。

そうしてランド中隊48名中40名と特大の

貨車2台が大回廊を西へと横断し始めた。



「ロイエに皆、お疲れ様!

 ……本当に切り込むんじゃないかと

 実のところ冷や冷やしたよ」



セントール改の中からくぐもった声。


ランドは見事囮を務め終えた

ロイエ中隊を労った。


「ま、こういう手合いは平原で慣れっこよね」


と肩を竦めるロイエ。


「んじゃうちらは南で警戒するわ。

 ここは任せたわよ!」


ロイエは気風よく焚きつけて

自らの隊を率い大回廊の南手へ。


迂回し側背を狙う敵の挙動に備えた。





ランドはロンデミオンの元領主であり

ロイエの属した傭兵団の雇用主であった。


そしてランドはロイエにとり、僅かな手勢と

血路を開き、火の手の上がった居館から。

さらに敵陣を突破し町から落ち延びさせた

自らと傭兵団の武勲の証左でもあった。



ロンデミオン傭兵団はグウィディオンと

彼の率いる私掠兵団の前に壊滅し大街道東の

要衝ロンデミオンは陥落、前領主や傭兵団長を

始め多くの主要人物は命を落とした。


だがロイエらが領主を無事落ち延びさせた事で

ロンデミオンと傭兵団の命脈は保たれた。


兼ねてよりトリクティアとフェルモリアの

東側の隣接域にある小国家群を荒らしまわり、

一帯に不安定な情勢を築くことで大国の

膨張主義に寄与するという、言わば囮の道化

をも務めていたグウィディオン。


彼は自らの子飼いである私掠兵団を率いて

影の後援者であった共和制トリクティアの

意向を無視した強攻策でロンデミオン制圧に

踏み込むも、肝心の領主ランドを取り逃がした。


結果帝政トリクティアより続く辺境領としての

継承権を奪取し損ね、自らの行為の正当化を

成し損ねたグウィディオンは、雇い主たる

トリクティアをはじめとする諸国家の介入を

恐れ、掠奪もそこそこに本拠へと撤退。


そこからは何食わぬ顔のトリクティアが

主導するグウィディオン討伐軍に追われる

身となり、潜伏し在ろう事か兵士提供義務を

悪用し荒野へと逃亡、謀略を尽くし再起を図る。


これを討ったのが数奇な運命に翻弄され

グウィディオンを追って荒野へと至った、

今は伝説級の暗殺者「ニティヤ」として

知られる美姫シェラザード。


さらに今や平原全土にその名を知られる

武神ライナスの子サイアスと彼を支える

ランドやラーズといった面々であった。


彼らは運命の糸に絡め取られたが如く荒野に

至り、サイアスの元に集い今、共に戦っている。

そうして彼らは歴史絵巻に己が名と彩りを綴り

後の詩人らが歌う叙事詩の一節となるのだろう。





「さて、じゃあこっちも始めようか」


セントール改の右の上腕とその手に握る剣を

前方へ掲げ、ランドは自らの中隊を差配した。



これに合わせセントール改の両脇をそれぞれ

精兵1に続く工兵20と特大貨車が追い越して

岩場へと近接。一斉に岩場を掘削し始めた。


工兵らは岩場の裾野である浅い傾斜、そして

そこから続く長い上り坂そのものへと、直接

足を踏み入れる事はなかった。


大回廊側からその東西幅を数オッピ弱増やす

格好で南北へと手広く岩場外縁部をそぎ落とし、

そぎ落として出た大小の岩塊を貨車に積載。


これを城砦の真西からやや北部を始点として

南北に繰り広げ、小一時間程掛けて数十オッピ

に渡り大回廊西部を鋭利に切り立った段差に

仕立てあげた。


次にランドらは施工によって切り立った岩場

の段差の下方。それまでの施工で幾何学的な

整地としたおよそ東西幅数オッピ弱、南北幅

数十オッピの一帯を下方へと切り出し始めた。


大回廊西手の岩場とは、膨大な歳月を経ても

なお北方河川の支流に削り落とされず残り、

支流が干上がったのちは大地にその背を晒す

巨大かつ堅固な岩盤であった。


ざっくばらんに暴言すれば、地中に埋まった

超巨大な岩山の一角なのだ。これを切り出して

大回廊との溝と成し、なおかつ切り出した岩塊

を大回廊の東手たる高台への傾斜にずらりと

積んでいく。


つまるところ。


水掘を堀りつつ石垣を築く。


これこそがグントラム作戦に参画する

独立機動大隊ヴァルキュリユルの掲げる

遠大なる作戦目標の一つであったのだった。





遠く平原の西方諸国連合軍と荒野の只中に

ある城砦騎士団との合同作戦の二番手となる

この「グントラム作戦」において。


共に大隊を率いる二人の将は

その脳裏に確固たる絵図を共有していた。


ベオルクはベオルクのやり方で。

サイアスはサイアスのやり方で、

共に同じものを目指していた。



大回廊北方の水場からはベオルク率いる

ミンネゼンガーが楽土を求める魚人らに

暗黙の共闘を示唆しつつ水路の基部めいた

窪地を南へと構築していく。


これに合わせ、水路の先行きとなる大回廊の

南方である中央城砦のある高台の北の付け根

付近から、サイアス率いるヴァルキュリユル

もまた展開しているのだ。


つまりグントラム作戦の進捗に沿って大回廊が

冠水し、現在の大回廊北端の如き遠浅の水場と

なった将来に備え、岩場と岩場以東を明確に

隔て得る堀を構築しさらに高台側を補強する。


ベオルクは北から。サイアスは南から。


それぞれが脳裏にグントラム作戦の完成形の

イメージを構築し、将来の城砦近郊の在るべき

姿を思い描いて、言葉なく疎通し共有して

大隊を率い作戦を遂行しているのだった。

1オッピ≒4メートル

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