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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
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サイアスの千日物語 百四十三日目 その九十七

凡そ平原的な基準において。人の走る

速さとは、歩く速さの4倍だと言われる。


城砦騎士団における兵士の歩足は分速20。

単位はオッピで相応に鍛えた兵士が武装して

この値であり、大回廊に布陣するロイエ中隊と

西手に広がる岩場の東端までの距離もまた20。


共に単位はオッピであり、よって中隊長ロイエ

の号令一下雄叫びあげて切り込む彼らが岩場へ

と踏み込むには、概ね15秒掛かる。


篝火や岩場を照らす反射板と共に布陣に残る

参謀部正軍師及び祈祷士は、戦場と戦況を

見据えて然様な概算をおこなっていた。





概ね15秒。これを城砦騎士団の用いる

近接戦闘時間区分で表せば4拍強である。


反射板の切り取る明るみを撫でるように

岩陰から岩陰へと潜んでいた、同地を主たる

縄張りとする事で知られていた異形、大口手足。


大口手足の水準戦力指数は6。


これは城砦近郊に生息する陸生眷属としては

最大値であり、大口手足1体で水準的な兵団の

一個小隊と渡り合えるほどの戦力を有していた。


シモン曰く、目視で5体。

つまり一度の視認で追えるのが

精々5体という事であり、総数としては



「……ッ」



と見守る軍師らが堪らず呻く12体。


これら12体が入れ替わり立ち代り照明の

明かし立てる範囲に表れてはロイエ中隊を

挑発するように蠢動しゅんどうしていたのであった。


奇怪なほど人の腕に酷似した不気味なる

4つの肢でがばりと伏せて明暗色濃い岩場を

舐めるように這い回り、わざわざ切り込んで

くる愚者の群れを捉えて屠らんと迎撃体勢に

入る大口手足。


魔軍や奸魔軍に属していないとの見立ては

確かなところであり、総体として統率が

取れた動きではなかった。


元来有する高い知力は破壊と殺戮、何より

捕食への衝動に呑まれ、或いは身を低くして、

或いは上体を起こし首無しの人に似た姿と

なって両の上肢を擦り合わせ、こぞって

ロイエ中隊を待ち受けた。


まさに、ロイエの狙い通りであった。





自隊を煽り立て、号令をかけて共に突撃する

ロイエではあるが、実際のところ勢いに任せて

そのまま岩場に切り込む気などは端からさらさら

持ち合わせては居ないのであった。


ロイエ隊の目的は近隣一帯に潜伏し様子を

窺う異形らを照明の下に引きずり出すこと。


そして餌にありつかんと手薬煉てぐすね引いて

待ちうけさせ、動きを止めさせる事にあった。



1拍目。



微塵の気後れも見せず岩場へと切り込む

ロイエ中隊の背後、大回廊の東方より



キュィン…… ヒュカッ、ヒュカカッ!



と奇妙な機械音を響かせてランド操る

セントール改が岩場へと砲撃を開始。


一定間隔で鳴る音に次ぎ大きく上方へと

打ち上げられ、直ぐに闇に紛れて見えなく

なる飛翔物の正体とは油玉であった。


暗中に放物線を描き岩場を襲う複数油玉による

砲撃は、照準も着弾予測も油の飛散範囲さえも

完全に計算の整えられた精確なものであった。





2拍目。



ロイエ隊はなおも殺到する。


大回廊は岩場東端よりなお低く、大口手足らは

その東端よりやや上方に陣取って岩場に入って

殺到の勢いが死に、直進できず足並みの乱れた

ところを襲う構えだ。


戦において高所の占める優位は計り知れない。

大口手足らはそれをみすみす放棄する事なく

未だ迎撃体勢を固め動かずにいた。


その時。大口手足らの陣地たる岩場から

東に数十オッピも離れた陣地以上の高みから



「放てッ!!」



凛として苛烈なる音声が響き、間髪容れず

びょびょうと鳴り渡る弓弦の群れ。


ヴァルキュリユル代将ディードの号令により

成されたのは、中央城砦外郭東防壁上に布陣

した長弓部隊50名による火矢の一斉射だ。


夜気をつんざき打ち寄せる炎の波となって

岩場に降り注ぐ火矢50。これもまた速度に

角度着弾時刻まで精確に計算された、いずれ

劣らぬ弓の名手らによる狙撃であった。





3拍目。



ロイエ隊はなおも殺到する。自身らが敵を固める

囮であり、微塵の躊躇をも見せぬ事こそが戦術

の成功を如実に左右する事を知っているからだ。


そう、ロイエらの挙動は城砦の防衛を本分と

する城砦騎士団の戦術思想を適切に再現した

ものなのだ。


すなわち敵に近接するものが囮となって

対峙して、後方より間隙を縫って

必殺の一撃を放つ。


すなわちロイエ中隊そのものが一塊の前衛。

ランドや防壁上のディードらが一塊の後衛。

これは数百の兵をもって成す先鋭陣とその

顕れであったのだ。


大口手足12体は突如として降り注ぎ

手当たり次第に弾け散って付近を、そして

自身を浸す粘性の高い付着物に驚愕した。


そしてそれが何であるか、何が起こっている

のかを理解する間もなく愕然と前方上空より

降り注ぐ火矢の群れを見た。


下方より殺到するロイエらで敵を惹きつけ

上空より油玉を落とし火矢で狙撃。すなわち

かつて貪瓏男爵との死闘で見せた、かの



「ヒカリ、ノチ、アメアラレ」



そう、これは兵団長にして第三戦隊長代行、

ヴァルキュリユル司令官サイアスの策の

完全なる再現であった。



個として人に遥かに勝る荒野の異形の群れ

といえども己が欲動のままにうごめくならば、

智謀と度胸の限りを尽くし一丸となって戦い

荒神たる魔すらしいする城砦騎士団の敵ではない。


こうして岩場に陣取る大口手足らは

さらに岩陰に潜んでいた数体もろとも

火の海に沈み、燃え尽きた。

1オッピ≒4メートル

1拍=20瞬=4秒

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