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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
1054/1317

サイアスの千日物語 百四十三日目 その九十六

大湿原の西方にある高台内の北西端に建つ

中央城砦は周辺域との地勢上、まずは南方に

大きく余白地を有していた。



北方には河川、東方には大湿原。

さらに西方には岩場という重大な障壁が

横たわっている以上。


また荒野全体が西へ向かって深い奥行きを

見せている以上、大規模な敵軍の侵攻は

ほぼ南方からに限られてもいた。



よって中央城砦の南北の外郭防壁のうち、

南が追手、北が搦手という見方もできた。


事実、広大な敷地面積を持ち、元来は俯瞰

すれば正方形と内接円、さらに東西南北に

頂点を有する内接正方形という幾何学的な

隔壁構造を有する中央城砦内部では。


北東区画が最も安全だと見做されていた。


それゆえ40年程前に戦隊制が採用された際。

最大員数を有する第一戦隊が居住用区画として

選択したという経緯いきさつもあった。



とまれ南北に城門を有すといえどもその周囲

の様相はけして同じではなく、北方は余白地

が小さい事もあり宴で設営される野戦陣も

南に比して小規模だ。


ランド率いる中隊48名は、そうした

外郭北防壁外の野戦陣の設営現場半ばを

西へと進み、ほどなく西端へとたどり着いた。


城外の野戦陣は凡そ数百日に一度訪れる黒の月、

その闇夜の最中に起こる「宴」に対するために

この100余年それこそ100回以上設営と

撤去を繰り返されてきた。


よって中央城砦の南北の城外には、障壁や

防柵、鉄塔といった野戦陣の構造物設営用の

基部が、とうに確固たる形で常設されていた。


中央城砦が二の丸を増設する際、驚異的な

速さで施工が進んだのも、この野戦陣の基部を

活かしたからであり、此度のランド中隊もまた

これを利して施工を行なっていた。





ランド中隊がまず行なったのは、北防壁側

野戦陣の最西端に、高台南東の防衛拠点

よろしく高台より大回廊へと特大貨車を

下ろすための橋桁を仮設する事であった。


高台西方より大回廊への傾斜は軽装歩兵や

軽騎であれば特段の難なく行き来できる

範囲のものであったが、さすがに物資満載の

特大貨車ともなるとそうはいかぬ。


既にすっかり夜の帳は下りている。北へと迂回

する事で不要な遭遇戦を起こす事を避けたい

意向から、敢えて一手増やした格好だ。


やがて野戦陣の基部を活かし手早く施工した

ランド中隊はセントール改や特大貨車と共に

高台から最短距離で大回廊へと入った。


ロイエ中隊28名は、このランド中隊を護衛

する格好で大回廊に布陣。周辺域の警戒に

努めた。大回廊を挟んで西手となる岩場は

陸生眷属、大口手足らの縄張りである。


宴を経て随分数を減らしたといえどそこは夜。

異形らが本腰を入れ跳梁し跋扈する時間帯だ。

早速岩場には黒いわだかまりがちら付いて、

こちらの様子を窺う風であった。





「目視で5体。挙動に規律なく

『野良』と見做して宜しいでしょう。


 やはり岩場での総数が減っている

 事自体は、間違いないようですね」


此度のロイエ中隊では副隊長に相当する

第二戦隊抜刀隊5番隊組頭、シモンが言った。


その傍らには中隊長ロイエと軍師、

祈祷士ら中隊幹部の姿があった。



大回廊の東西幅はおよそ30オッピ。

ロイエ中隊は城砦側の傾斜より10オッピ

付近を中心に布陣を敷き、篝火や松明さらに

反射板を用いて付近一帯を照らしていた。


反射板が西方の暗がりを明るく切り取る

その度に、黒い何かがすぅと岩陰に消える。

明らかにロイエ中隊を、そして後方のランド

中隊を補足している。そんな挙動であった。



「いかにも夜盗って感じね。

 平原でも嫌って程見てきたわ。


 あいつらわざと姿見せて、こっちの

 反応探ってんのよ。『見慣れ』た

 こっちが緩んだ頃に仕掛けて来るのが

 お馴染みの手口よ」



春先に大街道の東の要衝、交易で栄えた町

ロンデミオンが陥落するまでは、半ば郷士

として同地を守備したロンデミオン傭兵団の

生き残りであり傭兵団長の娘。


ロイエことロイエンタールは

うんざりした口調で吐き捨てた。


ロンデミオンは常に夜盗狗盗の類に狙われて

いたため、こうした類の挙措はそれこそ

ロイエには「見慣れた」ものであった。



「如何しますか?

 何なら斬って参りますが」



ちょっと買出しにでも行く風に

良い笑顔で物騒な事をいうシモン。



「まぁとりあえずはランド待ちねぇ。

 何なら尻蹴っ飛ばしてきて頂戴」


セントール改(アレ)はちょっと。

 刀が傷みそうです……」



眉根を寄せてイヤイヤをするシモン。



「斬れとはいってないけども!」



手早く切れよくツッコむロイエ。

周囲から軍師や兵らの笑いが漏れた。


気風が良いためすぐに兵らと打ち解ける。

同様に傭兵上がりで飄々としたラーズ同様

サイアス小隊が他隊を束ねる際の要であった。





「ロイエ、ランド隊より

 一通り施工を済ませたとの事」


ほどなくして軍師がそう告げた。


西手最も手前では、セントール改が

キュラキュラと独特な音を立てていた。



「ん。じゃぁやるか」



とロイエ。


地に突き立て、腕組みしつつもたれていた

三日月斧バルディッシュ、月下美人の写しより身を起こした。



「シモン?」


「お任せを」



しっとりと笑むシモン。


目には実に涼しげで

楽しげな色を湛えていた。


「あんたらも準備は良いわね!」


ピシャリとロイエ。


「合点承知!」


と美人隊のアクラ。



「いつでも、お頭!」


「おい! お頭言うなと!」



兵らのドスのきいた、それでいて

楽しげな声。そして叱り飛ばすロイエ。


皆どこか飄々(ひょうひょう)として楽しげであった。



率いる者が異なれば、

同じ兵でも動きが異なる。


サイアスが率いれば兵らは

サイアスの戦をする。


ランドが率いればランドの。

ラーズが率いればラーズの。


率いる者の振る指揮棒タクトに合わせ

己が命の音色を奏でる。それが兵士だ。



ロイエ中隊は堅陣を敷き岩場に守勢に徹する

構えを見せつつも、その身のうちに闘志を

みなぎらせその時を待った。


背後では戦闘形態に変形したセントール改が

派手に音を立て、ロイエ隊の動きを見定める

風であった。



ロイエはそうした委細を見て取って、

傍らの軍師に頷き、一拍、そして。




「斬り込めぇッ!!」




と夜気を切り裂く号令を発した。



応ッッッ!!!!



怒気に英気、殺気に覇気。

総身よりそれらを猛らせ雄叫ぶ兵ら。


こうして兵らはロイエの戦を始めた。

1オッピ≒4メートル

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