付録・番外編「孤独の城砦グルメ飯」 一章「ヴァルハラ飯」その8
さて、いよいよ実食。戦闘開始である。
荒野の戦闘は常に食うか食われるか。
敵が如何に強大であれ屠らねば明日は無い。
被、ヴァルハラ飯1、スイーツ飯2。
我、城砦騎士1、兵士長1。
まずは数的不利がある。ちなみに城砦軍師は
非戦闘員だ。その旨ご了承いただきたい。
遍く森羅万象を数値として理解し諸相を
再構築して戦局の帰趨を占う。これが我ら
城砦軍師の有する「軍師の目」である。
此度の実戦においても軍師の目は遺憾なく
その効能を発揮する。本来はその筈であった。
だがその軍師の目を用いて敵戦力すなわち
カロリーについて具体的な数値を出す事は
方々から、特に荒野の女衆から確固たる殺意を
以て睨まれる結果となるので避けねばならない。
よって軍師の目を用いる事なく軍略兵法の
粋を尽くして諸々の算定を成さねばならない。
まったく以て忌々しいが背に腹はかえられない。
そこでまずは実の目で見てとれる範囲で
仮想値を出そう。ヴァルハラ、スイーツの
両飯は共に構造上8つの区画に分かれており、
このうち2区画のみ異なる編成を有している。
軍においては兵を個ではなく塊としてみる。
よってヴァルハラとスイーツの両飯は8。
そう、飯力指数8として定義できる。
飯力指数は指数であるから乗算して用いる。
つまり此度は8の二乗x3。192が飯力値だ。
双方力尽きるまで死闘する総力戦であるゆえ、
こちらの飯力値が192を1でも上回れば
勝利、完食だ。無論負ければ明日はない。
こちらの飯力指数についてだが、常住坐臥、
生涯腹ペコ食べ盛りな第一戦隊戦闘員である
ためこれは戦力指数に等しいとみてよい。
城砦騎士であるユニカ卿の戦力指数は14.9。
ただし今回は装備補正が無いために12.4だ。
筆者のお守りな精兵は装備抜きの値としては6。
よって12.4の二乗と6の二乗の和。
概ね飯力値189.8という事になる。
……何という事であろうか。
彼我が真っ向衝突しやりあった場合敵方が
飯力値で2.2上回る。平方根では1.48。
すなわち無念にも1区画と半分食べ残す事になる。
惜敗、されど敗北である。
そして荒野の戦は食うか食われるか。
敗者に明日という日はこないのである。
だが待って欲しい。実はこの算定では
とある重要な要素を除外してあるのだ。
そこを質せばおのずと結果は変わってこよう。
その重要な要素とは我が軍の戦士が
共に女子だという事だ。そして凡そ女子たる
者には対甘味戦闘用特殊技能「ベツバラ」
が具わっているのだ。
解説しようッ!
「ベツバラ」とは食事摂取時におけるスイーツ
特有のハイカロリーを如何なる仕儀でか甘味の
余韻のみ残して異界送りにする次元殺法だッ!
遍く地上に生きとし生ける人の子のうち女子と
呼ばれる上位種は、大抵この能力を有している。
そうした女子のうちでも荒野に在りて世を統べる
荒神の如き者どもは、この能力が飛びぬけて高い
とされているのだ。
よってスイーツ飯がヴァルハラ飯に勝る
ハイカロリーを有する主要因の基幹編成たる
2ブロックは敵戦力として計上するに値しない。
実の飯力指数としてはヴァルハラ飯が8。
スイーツ飯が6。そういう事なのであった。
よって敵方の飯力値は8の二乗と
6の二乗二つとの和であるから136。
当方は189.8。つまり圧勝、圧勝であるッ!!
ふぅ…… 一時はどうなる事かと思ったが
終わってみればどうという事はなかったな。
などと筆者は演算を終え、ほっと一息を付いた。
すると
「召し上がらないのですか?
こちらはもう済みましたよ」
とユニカ卿が怪訝そうに。
お守り甲冑娘も相変わらずキョトンだ。
な、何だ、と……?
如何に軍師の目を封じられたといえど、
そして実は数字が苦手といえど、筆者の
脳裏における演算はそこそこ速いのだ。
どれほど長く見積もっても数分内だろう。
にもかかわらず、既に
アレを食い尽くしただと!?
愕然と眼前の光景を見やれば、確かに
対面する両者のピンク縁ホプロンは空だ。
信じられぬことに中央部に具えられたスープ
やディップソースの類すら一滴も残っていない。
……こいつら、何者だ……
いや、愚問だったな。彼女らは荒野の女。
そして城砦騎士団の誇る第一戦隊員なのだ。
これくらいは文字通り朝飯前なのだろう。
とまれ迂闊な言動を成しては丸かじりされ
兼ねぬので鍛えに鍛えた業務用スマイルで
慎重かつ穏当に返答を成した。
つまりのちのち文章に起こす必要があるため
まずはじっくり観察し詩想に耽っていた、と。
「成程、軍師らしいですね」
と苦笑する両者。
どうやら納得して貰えたらしい。
「ではいよいよ実食レポートですね。
勿論我々もお手伝いしましょう」
流石である。返す言葉もない。
何はともあれそういう事になった。




