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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
1051/1317

サイアスの千日物語 百四十三日目 その九十四

人の暮らす平原より遥か西。

魔と魔の眷属が棲まう荒野の只中に

ぽつりと在って漆黒の夜気を焼き焦がす。


これまでそんな存在は唯ひとつきり、

西域守護城砦が一城、中央城砦のみだった。


だが城砦暦107年も終盤に差し掛かる

第263日時点では高台に轟然と夜空を炊く

中央城砦の他にも、複数の不夜城が煌いていた。





まずは中央城砦の北東に「歌陵楼」。

外郭防壁を一区画寸断したような厚みを

持つ楼閣であり、北、そして東に広がる

大小の湿原の狭間で巨大な道標の役目を果たす。


同地には城砦騎士団の第一戦隊副長大隊から

独立機動中隊であるガーウェイン隊50名が

駐屯し、中央城砦に増設された二の丸と

さらに北東の拠点との仲立ちを務めていた。


次に歌陵楼よりさらに北東。城砦二の丸と

歌陵楼を結ぶ線分を倍に伸ばしたその辺り。

大小の湿原の狭間となるその地には、今や

城砦二の丸以上の規模と成った出城があった。


大小の湿原が最もくびれた泥炭の海に全長

百オッピを超す巨大な橋を架け、その南北を

砦として遥か平原より届けられる物資人員輸送

の中継点を担う、東方諸国風の城郭。


古語にて「ぐらつく橋」なる意を持つ

この城の名は「ビフレスト」。ここには

第一戦隊精兵隊150より大隊長シベリウス

以下100名が駐屯する。


加えて荒野と平原を行き来し輸送の大任を担う

平原西方諸国連合国よりの駐留騎士団と、平原

よりの増派となる支援兵が合わせて200名。


今や計300名と戦隊級の大所帯を成す

ビフレストは城砦騎士団騎士会の騎士階級筆頭。

「鉄人シブ」と敬愛される城砦騎士シベリウス

を城主とし、総員一丸となって中央城砦の生命線

を守備。北方河川と大小の湿原の狭間で煌煌たる

不夜城と成っていた。





高台に巨大なる孤影を晒し遠方にまでその灯り

を見せ付ける、中央城砦から歌陵楼までは

500オッピ。そして歌陵楼からビフレストの

南城郭までが同様に500オッピ。


高台の北東に灯る二つの大なる灯火は

概ねそういう位置関係にあった。


さて一方視点を中央城砦の南東へと転ずれば

概ね同様の位置関係に新たな二つの大なる灯火

が生まれ、毅然と夜の暗がりに抗っていた。


一つは中央城砦の建つ高台の南南東端。

中央城砦より400オッピ地点に当日建造

されたばかりの、高台の縁を囲う鉄城門と

防壁、そして楼閣を中心とする防衛拠点だ。


丁度歌陵楼と線対称に近い位置を占める

この防衛拠点は将来の城砦三の丸と成るべく。

そしてさらに先なる拠点からの退路を担うべく

第一戦隊主力大隊の精兵らが少数精鋭にて

守備を固めていた。


そしてこの拠点よりさらに南南東。

荒野南方の不毛の大地の最中に忽然と在る

麗しの「オアシス」にもまた一大拠点が

築かれて、轟然と炊き上げる多量の篝火を

以て夜の闇を払っていた。


このオアシスの陣とは仮設陣であった。

他と異なり恒常的に存在していくための

施設や機能を備えてはおらず防壁も不完全。


無論建造は手抜きではないものの、飽くまで

防御の要は駐屯する500を越す兵らの戦力

そのものであるような、仮の宿りであった。





「結局日中は攻めては来なかったな」


揺らめく篝火を映すオアシスの泉。

その水面を眺めるチェルニーは言った。


「昼間の一件で勘弁してくれる程

 慈愛に満ちた手合いでもあるまい。

 どこぞに潜んでは居るのだろうな」


とローディス。


チェルニーも軍師らもこれに頷いていた。


時は第四時間区分初旬。

午後7時を少し過ぎた頃だった。



今朝方城砦よりの行軍中に随行する

参謀部正軍師の試算したところによれば。


奸智公爵がアイーダ作戦に出動した主力軍の

動向に対し、遥か南西の丘陵に駐屯する奸魔軍

を最速の時宜を以て動かしていた場合、


概ね第三時間区分後半、午後4時近辺には

その軍勢がオアシスより数百オッピ南方に

到着するとの見通しであった。



そのためオアシスに駐屯する主力軍としては

午後三時半ばに敷設の類を終え迎撃体制を

整えていたものだが敵影はようとして見えず。


ならばとさらに防壁を強化し、役目を終えた

工兵50のうち攻城兵器を扱う10名程を

当地に残して後方の防衛拠点を経由して

中央城砦へと戻していた。


攻城兵器としては第三戦隊の用いる携行用、

組み立て式のマンゴネルが2器。これはかつて

グウィディオンと私掠兵団との戦いでランドが

用いたものと同形で一回り大振りなものだった。


これら2器のマンゴネルは泉の北岸最前線に

設置され、泉を飛び越えて対岸を狙う構え

であった。戦闘により撤退する際は即時

解体し敵に再利用されぬよう焼却する。


かつて丘陵への遠征軍が用いた大型攻城兵器

「火竜」もそうだが、城砦騎士団は魔軍が

こうした兵器を転用し得る可能性を常に

強く懸念していた。





「とことん性悪な奸智公(あの女)の事だ。

 正面切って対陣したとしても

 どうせ一手目は搦め手でくるだろう」


どうせどこぞで聞いているのだろう、そう

言わんばかりにチェルニーは悪態を吐いた。


「そうだな……

 後方の拠点の有り難さが

 益々身に染みてくるところだが」


こればっかりは完全に同意だと頷いて

傍らに首を傾けるローディス。その背後に

不意に隠密が現れて一言、二言、姿を消した。



「閣下、『グントラム』の進捗は

 一時間区分遅れながら順調な模様です。

 また兵団長閣下の大隊も動き始めたとの事」


「サイアスも出たのか?」



本城との通信を得た正軍師の一人が

チェルニーに報じた。



「いえ、兵団長閣下は就寝中との事」


「何だ、『眠り病』か」



サイアスが既に顕著な眠り病を発症している

事は騎士や指揮官級の者の間では周知であった。


魔力の影響で俗に眠り病と呼ぶ「水の症例」を

発症している者は騎士団内に少なくない。


参謀長のセラエノを筆頭に軍師衆では

クラリモンドやヴァディスなど。


また城砦騎士のうちでは、かのオッピドゥスが

軽微な発症を得ていた。もっとも根が謹厳実直

であるゆえか、オッピドゥスが眠り病の影響を

感じさせる事は少なく、精々よく昼寝をする

程度に抑えていた。


「どうでしょうか…… とまれ

 かの大隊より3部隊が出動致しました」


実のところ正軍師としては本件に係る事情を

全て把握しているが、恐妻家相手に嫁絡みの話

は荒れると見て、賢明にも沈黙を保った。



「ふむ、そうか。『他』には?」


「特には。『概ね順調』である模様です」



チェルニーは一つ頷くと

指揮台にゴロリと転がった。



「次に何かありそうなのは夜中だ。

 俺たちも交代で休んでおくとしよう」

1オッピ≒4メートル

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