サイアスの千日物語 百四十三日目 その九十三
午後6時35分。まずはロイエの隊が動いた。
編成は前衛として第一戦隊精兵6名。
揃って精兵衆専用となる白銀色の重甲冑を纏い、
左手には重盾メナンキュラスを備えていた。
また6名中4名はその右手に火付け前の松明を
多数束ねて抱え持ち、残る2名は大振りな
鉄製の篝火の台座を数基ずつ実に軽々と
小脇に抱え運んでいた。
精兵らは平素頻用する手槍を装備しては
いなかった。残る武装は腰に佩く第一戦隊
制式重剣「シャルファウスト」のみだ。
重剣シャルファウストはその名に重と付く通り
平原で用いられる一般的な剣の三倍近い重さを
有する片刃な剣身の直剣で、分類としては
護拳を有するバックソードに近かった。
剣身の裏刃にあたる部分は親指の爪ほども
分厚く、表刃も鋭利に研ぎ出されているのは
僅かに切先周辺のみだ。
護拳部分にも色濃い特徴があり、例えば
カエリア騎士団の制式帯剣のように拳全体に
蔦が絡み付くような籠状をしてはいなかった。
一般に籠状護拳を有する剣は棒状の鍔を持つ剣
に比して、防御力が高い反面、手首の返しを
活かした小技やハーフソードを中心とした
多様な攻めの操法を苦手とする、一言でいえば
防御用の剣だった。
この重剣シャルファウストにも護拳は付くが
外観も用途も一般的なものとかなり異なって
おり、正拳にあたる面のみを無骨な分厚い
鉄板が覆っていた。
さらにその鉄板の表面には中央城砦本城にも
似た四角錘の硬質な鋲が打たれていた。たとえ
剣身が折れようと、そのまま柄部のみで拳打が
可能な様にだ。
根本的に馬鹿馬鹿しいほど重いという難点が
あるが、それさえ克服できるなら護拳が手首の
動きを阻害せぬため扱い易く、剣として以外に
鈍器や格闘武器としても運用可能。
攻めに関する多種多様な用途を詰め込んだ
戦場剣とはまた異なった方向に進化した
総合兵器。それが「鋭い拳」を意味する重剣
シャルファウストであった。
さて6名の精兵に続くのは第二戦隊抜刀隊より
5番隊組長シモンと5番隊平隊士3名。
抜刀隊はシモンを先頭とした菱形を象り、
さらに両翼に第一戦隊副長大隊兵4名ずつ。
左右あわせて8名の兵士らは重甲冑を纏い
それぞれ大盾や手槍と組み立て式の照明板を
数基、手分けして運んでいた。
さらに後方には指揮官ロイエと美人隊。
参謀部より正軍師1祈祷士1。いずれも
徒歩でその背後に工兵4名が押す台車2台だ。
夜戦は視界が不安定なため乱戦になりやすく、
これを避けるべく布陣をコンパクトに保つ事が
肝要となる。当人は飛びぬけて攻撃的ながら
守備的な布陣と戦術を好むロイエとしては
軍馬の使用を控えていた。
第一戦隊各大隊より合わせて14。
第二戦隊抜刀隊より5番隊中4。
第三戦隊工兵衆より4。
第四戦隊サイアス小隊より3。
参謀部より軍師1祈祷士1。
これを第四戦隊サイアス小隊副官にして
管理官ロイエンタールが率いている。
総数28名。一個中隊であった。
ロイエ中隊は城砦外郭防壁北城門より
防壁に沿って西へと進み、防壁最西端で
後続の追随を待つ事となった。
続いて進むのはサイアス小隊名物三人衆の一人
にして既に城砦で知らぬ者が居ないと言われる
大型兵器の操主、ランドの率いる工兵中隊だ。
工兵中隊はまずは北城門より20オッピ程度
北進し、その上でロイエ隊同様西手を目指した。
城砦外郭北防壁の外側は、城門東手では北に
概ね80オッピほど二の丸の防壁が延びている。
中央城砦は高台の北西寄りに建ち、高台北部は
西ほど傾斜が急となるため北城門の西手では
西に進むほど完全な平地の余白が少なくなる。
それでも防壁最西端においてなお余白な平地
が概ね50オッピであり、工兵中隊はその
ど真ん中を進む格好となっていた。
先頭はランドの駆るセントール改。その両脇
に第一戦主力大隊の精兵が2名随行する。
工兵中隊の主戦力はこれだけであった。
セントール改と精兵2に続くのは、日中にも
用いられた特大の貨車のうち3台。いずれも
日中同様ゴムの「靴」を履いている。
ただし日中用いた靴は廃棄され、新たなものに
交換されていた。荒野の不整地は硬度調整の
未だ十分ではないゴムの靴にとりまだまだ
厳しく、ほとんどの車両の靴に裂け目や剥離等、
大きな損耗が見られていたのだ。
逆に言えばゴムに関する研究を進め配合物の
割合を整え硬度調整が十全に進んだならば、
車輪を用いた移送手段全体に革新的な効果を
もたらすことになるだろう。
流石に特大貨車を人力のみで押し運ぶのは
非効率であるとして、ランド中隊ではそれら
の牽引用に軍馬が使用されていた。
貨車1台に付き大柄の輓馬2頭。
御者として工兵2名。さらに両側面に
13名の工兵が縦列で随行した。
第一戦隊より精兵2、第三戦隊より工兵45。
これをランドが率い、計48名。一個中隊だ。
ランド中隊はロイエ中隊を斜め左方に捉えつつ
宴の際に野戦陣の設けられていた跡地である
一帯の中央を粛々と進みゆき、やがて同様に
外郭北防壁の最西端、その北側に到着した。
さて2個中隊が進発して随分寂しくなった
北城門前より、最後の一隊が動き出した。
率いるのはサイアス小隊の名物三人衆が
一人、「魔弾」のラーズだ。
ラーズは常と変わらぬ弓一張りに剣一振り。
騎士団制式のガンビスンに幾らかの部分鎧を
取り付け、小隊揃いの外套を羽織っただけの
軽装であった。
ラーズは少数での機動力を活かした遊撃を好む。
ゆえに率いる兵は先の2個中隊から大きく数を
減らした9名のみ。ただしいずれも精鋭だ。
ラーズを護る盾として、第一戦隊より精兵2名。
精兵と連携しつつ間隙を縫って、切り掛かる
切り込み役として抜刀隊五番隊平隊士6名。
第三戦隊工兵衆のうちでも特に「工作」に
長けた者1名。
これら9名にラーズを加えた10名による
1個小隊は、先を行く2個中隊が西へと
遠ざかるのを確認した後、後を追わず、
灯りすら持たずに城門より北へ。
ほどなく暗がりに姿を晦ました。




