表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
105/1317

サイアスの千日物語 三十二日目 その十五

二周目で各分隊を引率していた教官役の兵士たちは、

オッピドゥスに近侍して南門前で待機していた3名を加えて

11名となり、最小人数による一個小隊を編成した。

彼らはいずれも第三戦隊に属する教導の専門員であり、

兵士長数名と熟練の兵士で構成されていた。

教導小隊は一様にスケイルメイルとハルバードを装備しており、

腰には予備の剣とバックラーを吊るしていた。


教導小隊は補充兵に先行して南の一辺の東端にたどり着き、

周囲を警戒しつつ北上を開始した。未だ太陽は地平の上で燻っていたが、

城砦の東側は丁度日没の陰となっており、明度が低くなっていた。

そしてその陰に忍び入るようにして、荒野の中央に横たわる広大な湿原から

羽牙の群れが迫りつつあった。遠間に見え隠れする羽牙の数は9体。

二周目に目撃したよりもさらに増えたこれらの影は、

不規則な機動を描きつつ徐々に城砦へと近づいていた。


教導小隊が東の一辺のほぼ中ほどに迫った頃、南方に一隊目の補充兵が

見え始めた。教導小隊は防壁上の弓兵に合図を送り、羽牙への牽制射を

要請した。東の防壁上には約20名の弓兵がおり、

それらが一斉に矢を放つと、羽牙の群れは高度を上げつつ湿原へ逃げ、

その後さらに低空からの接近を試みはじめた。


教導小隊は防壁から10歩程離れた位置で南北に広がり横隊となり、

一人おきにさらに数歩、進みでた。こうして防壁と平行な

台形状の二列横隊となった教導小隊は、陣形を維持しつつ南北に移動し、

ハルバードを構えて羽牙の接近に備えた。



ハルバードは長柄の先端に複雑な形状の攻撃部位を持つ特殊な武器だ。

先端部位の中央には槍の穂先が付き、穂先からやや下がった位置の

片側には上端が突き出て内側へ向かって湾曲する斧とも鎌とも付かぬ

厚い片刃が付き、刃の反対側には底面を外に向けた円錐状の槌があり、

その両脇には敵を引っ掛けるための鉤爪までもが付いていた。


ハルバードとはつまり、槍・斧・鎌・槌・鉤といった様々な武器の特徴を

一つところに取りまとめ、長柄の先に集中させた総合兵器だった。

ハルバードの攻撃部位は、個々の専門武器と比べた場合

機能性ではやや劣る。すなわち純粋な槍と比べれば穂先は小さく、

純粋な戦斧に比べて刃は薄く、純粋な戦鎚と比して重みが足りなかった。

しかし総合兵器であるがゆえに、槌に不可能な斬撃を可能とし、

斧に成し得ぬ刺突を成し遂げ、槍に困難な組み打ちをこなす

高い潜在性を秘めていた。


それゆえこの武器を扱うには各武器種への精通が要求された。

素人が使えば中途半端な凡器となるが、複数の武器を同時に極めた

練達者が用いた場合、比類無き戦闘力を誇る利器となるのであった。

戦場でハルバードを目にする機会は少なくないが、

真なる使い手は極一握りであり、城砦では教導隊のような

複数武器の操法修得に特化した者がこれを得物としていた。

また、城砦随一のハルバードの名手は、第四戦隊の騎士デレクであった。



補充兵の最初の小隊が教導小隊のほぼ背後に届き、

さらなる数隊がほぼ間近まで迫った頃、羽牙は補充兵を目当てとして、

再度の接近を試み、低空を這うように迫っていた。

顔と翼しか持たぬにも関わらず、絶妙な平衡感覚で跳ね上がることも

地に落ちることもなく、羽音のみをはためかせて疾駆してきたのだ。


最初に北上してきた補充兵の小隊は、

初めて間近に見るこの奇怪な生き物の形相に驚愕し、

やや足が竦んだようだった。とはいえ幸いこれは志願兵の小隊であり、

戦場の恐怖や興奮には慣れていた。そのため未だ教導小隊の指示を

聞き分けるだけの分別を残していた。


「防壁に左手を付け、壁と隙間をあけず一列で進め! 

 羽牙は死角からの奇襲を得意とする。死角を極力減らしておけ!

 隊伍を崩すな! 一人になれば集中攻撃を喰らうぞ!」


「りょ、了解!」


一つ目の小隊の先頭に居た男は、声を上ずらせつつもはっきりと応えた。

そして自分の声音に思わず笑い、それに釣られて周りも笑った。

そのお陰で、やや落ち着きを取り戻したようだった。

小隊の列は粛々と堅実に北方へと進み続けた。



殺到する羽牙たちに再度の牽制射が加えられた。矢が放物線を描く弓は、

下方を高速で接近する敵の捕捉を苦手としていた。

そのため20名の斉射で捉え得たのは9体中北から2体のみだった。


射抜かれた2体の羽牙は派手に地を跳ね動かなくなった。

この羽牙は3体一組のうちの2体であり、

残る隣の1体は金切り声を上げて舞い上がり、湿原へ逃げ戻ろうとした。

しかし舞い上がったことでむしろ弓兵には容易い的となり、

5矢を突き立てられて地に落ち死んだ。

残り6体はそのままさらに接近を続け、防壁上からの射撃が

角度的に困難となってきた。ここからは教導小隊の出番であった。



飛来する矢をかいくぐった羽牙6体はやや高度を上げ、

人の頭程の高さを取り、左右に揺さぶりをかけつつ

教導小隊を突破しようと試みた。

だが教導小隊は誘いに乗らず、個々の守備領域を堅持した。

一列目5名は迫る羽牙に槍の穂先で刺突を繰り出し、

頭上を取ろうとした羽牙へさらに鉤の部分で羽を引っ掛けにかかり、

慌てて羽牙は左右に避けた。そして左右にかわした羽牙には、

二列目6名からの容赦ない斬撃が浴びせられた。


教導小隊11名の職人技というべき槍衾ならぬハルバード衾によって

羽牙はさらに2体を減らし、1体が舞い上がって弓兵に射殺され、

残り3体はほうほうの体で距離を取った。

羽牙たちは矢とハルバードの届かぬ中間間合いで

悔しげに喚きつつ、しかし未だ去る様子を見せなかった。



補充兵の小隊は先輩兵士たちの鮮やかな手腕を感嘆と共に眺めつつ、

順次東の一辺を進んでいった。ほとんどの補充兵は味方の活躍に

勇気付けられ、粛々と通り過ぎることができたのだが、

中にはここに至るまでの恐怖で暴発寸前となっていた者もいた。

補充兵小隊全19隊のうち実に12隊までが東の一辺に姿を見せ、

戦域を離脱した先頭の小隊が北端へと近づき、

いよいよ西へと進路を換えようという丁度その時、

補充兵にとって最初の悲劇が起きようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ