表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
1047/1317

サイアスの千日物語 百四十三日目 その九十

遥けく気高き霊峰山脈の麓なる湖水地方より

出でて来たりて荒野を横断する北方河川。


大蛇の如きこの大河が最も南にうねった

付け根より、水路を引いて水堀と成す。


河川最南端の遠浅な水場である当地より

中央城砦のある高台まではざっと700。


開けた土地で遠くを見やった地の果ての

多少手前となる、700オッピもある。


余りにも恐ろしく果てしなく途轍もない、

そんな作戦名「グントラム」の正体を知った

200弱、そしてこれを遠巻きに護る数十は、

しかし意外な程冷静であった。


まさか、と思うものは皆無であった。

そうか、と皆納得するも命題の重大さに

戸惑う、そういった風情が支配的であった。


騎士団は数日置きに、毎月毎年幾度も繰り返し

この地で取水作業をおこなってきた。当然

本城砦暦107年度にも既に数十回の取水が

行われており、この任務に参画した兵の数は

100や200でききはしない。


そしてこのグントラム作戦の主力大隊である

ミンネゼンガーとは、そもそもそうした取水

任務経験者から選抜された軍集団だったからだ。





一度でも取水任務に参画し直に当地を訪れた

ものであれば、大回廊の北端が河川南端の

遠浅と一体化している事は実感として判る。


伝聞のみで推察し得るサイアスのような碩学

でなくとも、直に目にすれば直ぐ判るのだ。

大回廊とは干上がった支流の跡に違いない、と。


なのでイメージとしては腑に落ちる。

脳裏に描いた荒野の地図の大回廊を

青に塗り替えればそれで仕舞いだ。


たが現実問題として、気象や地殻の変動等

およそ思いつく限りの有り得る事情が

連なった結果として今の状態がある。


かつての支流は然るべくして干上がって

大回廊になっているのだ。この厳然たる事実

と認識を塗り替えるのがまず以て難業であった。



「無論、今日これより成す一手を以て

 忽然と堀を生み出そうというのではない。


 流石のワシもそこまで無茶な命は

 たまにしか出さぬ。安心せよ」



笑みを湛えて告げるベオルク。


つまり無茶な命はたまには出すという事

であり、今がその「たま」なのだろうかと

一層不安になるミンネゼンガーたち。



「……冗談だ。笑え」



無理筋にもほどがあった。



「とまれ『千里の道も一歩から』と言う。

 その偉大なる『一歩』を踏み出す栄誉を。

 いっそついでに百歩程を我らが頂戴しよう、

 とまぁそういう訳だ。


 何、岩場付近に立てるべき壁をまずは

 大回廊の縁に立てる。そして傍らに南への

 道を付けるのだと思え。お水様専用のな。


 小難しい事は忘れてしまえ。分不相応に

 思い悩むとそこの筋肉達磨のようにハゲるぞ」


「異議アリィッ!

 これは剃っておるのですぞ!」



あまりにあまりな物言いに、

策においては将を畏れずとばかり

異議申し立てるマッシモ・ザ・マッスル。



「ハゲは皆そう言うのだ。

『木の葉を隠すには森の中』。

 単にその逆をやっておるだけだ」



しかし所詮世は無毛、ぃゃ無常であった。


 

「まぁ悩む暇があったら得物を構えよ。

 そして眼前の獲物を狩れ。それが兵士だ。

 引き続き、護衛に関しては任せておけ。


 喩え魔であれ神であれ、邪魔する輩は

 このベオルクが斬り捨ててくれようぞ」



ベオルクは魔剣フルーレティを抜き放ち、

剣身の放つ蒼炎はベオルクと愛馬ヘルヴォル

をも包み込み付近一帯を夜明けの青に染めた。



「しょっ、将軍閣下!

 ひらに! 何卒平にッ!

 これでは兵が怯えて作業になりませぬぞ」


「今宵のフルーレティは血に飢えておる……」


「ちょっ」


「……冗談だ。笑え」



とベオルクはニタリ。

とことん無茶振りであった。





「……しかし閣下、魚人どもは

 果たしてどう動くでしょうな……」


作業を開始した兵らを眺める3名のうち

パツンパツンのローブ姿な巨漢がそう言った。



「邪魔はすまい。むしろ協力的ですら

 あるだろう。連中にとっては所領が

 延びるようなものだからな」



とベオルク。


魚人は水辺から離れる程戦力指数が低下する

特性を有している。遠浅の水場が南へと延長

されたなら、目当ての岩場を戦力指数の目減り

を招く事なく万全の状態で、北と東の二正面

から攻め立てる事ができるわけだ。


河川に棲まう異形のうち最下層の存在であり、

鑷頭や大ヒルといった上位の捕食者から逃れる

べく岩場を楽土と見做す魚人らにとって。


騎士団のこの策は渡りに船。まさに

水を得た魚の心地であるだろう。



「岩場の件もかんがみれば、少なくとも

 魚人としては、小湿原への水攻めすら

 放棄しそうですな」



とマッシモ。


もっとも小湿原と北方河川を繋げようとした

水攻めの一手は奸智公爵の企図であり、さらに

小湿原に巣食う羽牙の存在も絡んでいた。


現状かの地では架橋作戦で支城ビフレストを

建て、さらに魔笛作戦で羽牙を激減させもした

城砦騎士団がもっとも大きなアドバンテージを

有している。


南西丘陵の奸魔軍の拠点が完成し騎士団との

新たな軍事境界線が出来た事もあって奸智公

も水攻めは益無しと見て手を引いている、

そんな風に見えてもいた。



「うむ。大回廊を挟んで連中が西、

 我ら城砦騎士団が東。そういう暗黙の

 腹芸をこなせる程度には人に近い連中だ」



遥か高みより俯瞰した場合、奸魔軍と騎士団の

軍事境界線とは北東の城砦と南西の丘陵を結ぶ

線分に垂直に走る、北西から南東への斜線だ。


この斜線は大湿原とその南方の断崖の狭間

である南往路を奸魔軍側へと置き、一方で

中央城砦の西手になる岩場の北部や東端を

騎士団側へと置いていた。


騎士団側はその岩場の北部と東端を制圧する

のを諦めて魚人にこれを取らせる。代わりに

魚人は大回廊以東な小湿原を放棄し騎士団に

これを取らせる。そういう暗黙の取引を

仕掛けようという肚であった。





「魔軍、または奸魔軍としての動向はまた

 別となりましょうが、これは元々そういう

 ものですから、特段問題もありませぬな」



どの道もともと全面的に敵対はしているし、

元より騎士団にとって岩場の占拠は非効率。

なら特段の損は無し。


「そういう事だ」


とベオルクは頷いた。



「この作戦の成否と進捗はまさに

 続く『ゼルミーラ作戦』への布石と

 なりましょう。 ……ただいよいよ水路が

 高台側に近づくと、魚人というより

 奸智公が、また件の水攻めの如き良からぬ

 はかりごとを巡らせそうではありますなぁ」



とスターペス。


平原では常に人同士がそうした虚虚実実の

騙し合いを繰り広げてきた。それが人の歴史

というものだとスターペスは理解していた。



「フッフッフ……

 最後の最後で相手を出し抜きに

 かかる駆け引きの妙味は、まさに

 奸智公の好みに合致するでしょうな。

 

 何、暗黙の了解は所詮暗黙の了解。

 いよいよになったら先手を打って殲滅せんめつ

 再び漁夫の利と洒落込めばよろしかろう」



と自慢の髯を撫で付けて

笑みを浮かべ語るベオルク。



「ハッハッハ……」



スターペスもまた目を細め



「ウハハハハハッ!!」



と巨体を揺すりマッシモは哄笑した。


こうして不気味過ぎる笑い声と共に

荒野の大地は次第に暮れ行くのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ