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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
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サイアスの千日物語 百四十三日目 その八十八

荒野のこの地より遠く東方で展開する

西方諸国連合軍と合同しておこなう大規模

軍事展開の一端であり、城砦南東のオアシスに

進駐する「アイーダ作戦」と対な二正面作戦

の片割れでもある、この「グントラム作戦」。


その戦略目標とは第一に誘引。連合軍側の

軍事展開に魔軍が出張るのを防ぐ事であり、

第二に予防。魔軍の動静に先んじて取水環境

を整備しておく事にあった。


続く騎士団側のもう一つの作戦「ゼルミーラ」

への繋ぎとしての側面もあるが、当座の目標

としては上述の二つだ。


取水に関しては例えば岩場北東端を制圧或いは

隔離するなどして安全な取水のための下拵えを

する事こそが目的であって、取水そのものを

目的としていたわけではなかった。


だが早朝よりの魔軍、特に奸魔軍の動向を

踏まえ、その上前をねるべく企てる

グントラム作戦の司令官ベオルクは、自ら

率いる大隊すなわち「ミンネゼンガー」へと

本来とは異なる目的を提示していた。


その目標とはまさに取水そのものであり、

通常の3倍規模で行う盛大なものだ。


5日に1度特大貨車1台を以て成す取水任務を

3度分纏めてやろうというのだ。それはそれで

騎士団にとり十二分に益のある話ではあった。





取水任務の現場とは大回廊の北の外れ。

最も近隣一帯で低い陸地であり北方河川が

最も南方へ迫り出している遠浅の岸辺でもある。


取水任務の一手目とは大抵現地で手薬煉引いて

待ち受ける魚人との戦闘であり、此度も当然

ミンネゼンガーとしてはその積もりであった。


だがベオルクが先遣せしめた自らの供回りが

報じたように、現地に敵影は微塵も無かった。


水辺の異形、特に魚人らは現在岩場の制圧に

躍起となっており、こちらに構う余裕がない

のであった。


戦力指数の水準値が5と、のっぴきならぬ

強さを誇る魚人らではあるが、少なくとも

北方河川で見られる異形のうちでは最下層

の存在である。


水面下の世界や生態について人が知る事は

ほぼ無いといって良いが、この魚人らは

専らさらに大物な異形らにとっての餌である

事は間違いなく、鑷頭じょうずや大ヒルといった

より強大な異形らは、平時魚人を捕食していた。


つまり水面下の世界は魚人らにとり故郷

ではあっても、必ずしも安住の地である

とは言えはしなかった。


水生かつ陸生でもある魚人らとしては、

よりよい住環境があるなら是非とも

そちらに移住したいわけだ。


これは小湿原への水攻めを企図する理由

ともなっていたが、岩場の地の利とは

それ以上のものだった。


河川に隣接していながらゴツゴツと起伏が

激しく険しい地勢ゆえ、岩場には最も身近な

捕食者である鑷頭が気軽に攻め入っては

これない。ゆえに彼らには喉から手が出る

ほど欲しい土地なのだった。


お陰で取水地より200オッピと離れては

いない岩場の北東端一帯では、元来同地を

縄張りとする大口手足と魚人による盛大な

小競り合いが繰り広げられており、鑷頭や

大ヒルといった魚人を捕食する者共は、或いは

水面に目を覗かせ或いは水中で聞き耳を立てて

新鮮な餌が転げ落ちてくるのを待ち受けていた。


つまりまったくもって皮肉な事に、岩場に

攻め入る魚人らはその実、背水の陣を敷く

羽目になっていたのだった。





大回廊の北端たるこの遠浅な水場の東西幅は

南方に続く大回廊そのものに比してやや狭い

20オッピ前後となっていた。


いかに敵影がないとはいえ、特大の貨車を

3台並べて優雅に取水させるのは愚策といえ、

ミンネゼンガーは十分な人数を護衛に付けて

1台ずつ堅実に作業させた。


取水は貨車に備え付けの機械式ポンプを用いる。


操作には相応の膂力が必要となるが馬車馬

代わりの務まる身体能力の化け物らが

護衛にはゴロゴロ混じっている。


よって工兵らは適宜協力を願い出て、

家屋数軒分はありそうな特大貨車の容積を

1台につき10分ほどかけて満たしていった。



「東方諸国の故事に言う

『漁夫の利』とはまさにこれですな」



ミンネゼンガーの副将たる資材部棟梁。

第三戦隊副長でもあるスターペスは

そう配下らを眺め目を細めた。



「ハハハ。確かにそうですな。

 まぁ連中も必死、我らも必死。

 使える手は遠慮なく嬉々として使う。

 それで宜しいでしょう」



ミンネゼンガー総大将たるベオルクもまた

目を細め、美髯を撫でつつ愉快げに応じた。

共にフェルモリア出身であり職人の倅同士

であり、戦隊副長同士でもある。


スターペスは60間近、ベオルクは40台。

歳こそ大きく離れてはいるが、両者は互いに

良き友人であった。


時折ぽつりぽつりと談笑しつつ周囲と進捗を

見守る二騎の脇には参謀部の幌馬車があり、

適宜本城や支城との光通信をおこなっていた。


そこからにゅっと入道なローブ姿が伸びて

ベオルクにサイアスらヴァルキュリユルの

情勢を報じたのが、丁度2台目の取水作業

が完了した頃合いだった。


応答は今一人の正軍師が引き継いだため

手空きとなった筋肉軍師マッシモは幌馬車

より降り、幌馬車が手狭であったものか

ぐるぐるごきごきと肩や首を回した後、

遠眼鏡で西手の情勢を覗きだした。



「ふむ。戦力指数の低い幼体が多い事も

 あってか、大口手足側が魚人の群れを

 追い払い切れぬようです。


 一方魚人は魚人で戦力指数の低下を嫌い

 積極的に岩場奥を目指す気配を見せて

 はおりませぬ。


 大口手足が水辺を避けている事もあり、

 互いに一定距離を取っての睨み合いが

 基調となっております。が……」



マッシモはここで暫し言葉を止めて



「やや、互いに投石を始めましたぞ。

 猿蟹ならぬ蜘蛛沙魚くもはぜ合戦ですな!」



と笑った。



「なかなか愉快な表現だ。

 しかし投石か。迂闊うかつに岩場に寄っていれば

 こちらが喰らう羽目になっていたろうな……」



声に笑いを含ませつつも

何やら思案気な様を見せるベオルク。



「高低差は如何ともし難いものがありますな。

 やはり当地を中心とした形で宜しいのでは」

 


とスターペスは提言し



「うむ。仰せの通りでしょうな。

 では取水が済み次第お願い致す」


「お任せくだされ」



ベオルクに敬礼して工兵の指揮に向かった。

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