付録・番外編「孤独の城砦グルメ飯」 一章「ヴァルハラ飯」その7
さて、遂に機は熟した。幾星霜の時を超え、
七つの海を股に掛けたる大冒険もいよいよ
クライマックス。つまりはくらいっまくるだ。
3名分のホプロンがきっちり満たされたのを
確認し、ユニカ卿はひとつ頷き座席を目指した。
――我らが食堂は値千筋。すなわち
一度に千名の筋肉を満たすものを――
これがかの伝説の第一戦隊長ガラールの提唱
したこの超弩級巨大食堂ヴァルハラの理念だ。
厨房を挟んで左右に構える盾と剣の両の間は
それぞれ人並み外れて大柄な第一戦隊兵士らの
ための座席が600ずつ備え付けられている。
誤記ではない。600ずつだ。第一戦隊は常に
おもてなしの心をも忘れてはおらず、来客の
分の座席をも十二分に用意してあるのだった。
よってとにかく食堂は馬鹿でかい。そもそも
事前に空き状況を確認して入っているので
そりゃもぅたっぷり空きがある。ある筈だ。
ある筈なのだがやけにみちっと詰まって見える
のは、やはり筋肉のハッスルいや発する熱気に
よるものなのだろう。とまれ筆者らはカウンター
から然程遠からぬ座席へと向かった。
座席は1区画が3名用だった。目測によれば
4分の3x4分の2、単位はオッピだ。
聞けば他も全て3名用なのだという。
城砦騎士団中兵団においては最小戦闘単位を
1班3名と定めている。規律正しい第一戦隊
の事だ。常に班単位での行動を心がけるよう
座席も3名一組なのかも知れない。
そうした見解を示唆してみたが、返答は
「嵩張るので」
と至ってシンプル。まぁ、そりゃそうか。
さて。座席は長椅子形式だが、対面する片側の
半分は装備置き場になっていた。第一戦隊兵士
らの纏う重甲冑は、名の通り重くそして嵩張る。
別に嵩張っても彼らの膂力なら平気だが、
流石に鋼兜を被ったままではおまんまが食えぬ。
なのでそれを置くための台座らしい。
実のところ鋼兜は、面頬が上下動するのみならず
面頬に隠れていた口元な下部も左右にバックリ
開閉可能。なので食おうと思えば被ったままでも
普通に食える機能を具えてはいた。
だが、それでは駄目なのだ。
食事には開放感が必要だ。
それに考えてもみて欲しい。もしも食ってる
最中にガシャンと兜が閉じてご覧なさい。
もう絶望。レッツどん底ダイビング。その日
一日何も手に付かなくなる事請け合いである。
食事時ぐらい兜を外したっていいじゃない。
人間だもの。 ……かなり怪しいが、多分。
まぁそういう訳で座席というか座敷はどれも
3名用に設えられた空虚な空間となっていた。
そう、空虚な空間なのだ。
何とヴァルハラの食堂にはテーブルが無いのだ。
そして本来テーブルの在るべき空ろな空隙には
座席の座面よりやや高い、3本の上端が中空な
柱、らしきものがあるのみだった。
筆者が呆気に取られているとユニカ卿はここぞ
とばかりに華麗なるドヤ顔を決めて、気取った
動作で手にしたスイーツ盛りのホプロンを
支柱へと。
ホプロンと呼ばれるそのまんまなヴァルハラ
専用トレイの裏面中央には、大きさも形状も
短剣の柄に似た棒状の突起が付いているのだが、
ユニカ卿はそれを支柱へとぶっ刺した。
カチリ。
硬質な音を立てホプロンと支柱はランデブー。
何と即席のテーブルになったではないか。
しかもこのテーブル、回転する。何とも
画期的な仕組みであった。
得意げなユニカ卿に促され、筆者のお守りな
兵士もまた、両手のホプロンを各々支柱へと
ドッキング。こうして3つの食事てんこ盛りな
回るトレイが出来上がったのだった。
その後席に就いた両者は小手を外した。
第一戦隊兵士らの纏う重甲冑の小手は5指に
分かれた精巧なもので、付けたまま鍵盤楽器が
演奏できるとさえ言われる。
もっとも衛生面からいって小手のまま食事を
するのは宜しくない。外しておしぼりで手を
拭いてその上で、が望ましいのは間違いない。
筆者はといえば元より軽装というか寸鉄帯びぬ
感じだ。最も重かった「魅惑の鯱」は既に全て
食われてしまっていた。
さていよいよ、最早辛抱堪らん感じとなった
ところで、ユニカ卿より食し方のレクチャー
があった。
「ホプロンがテーブルを兼ねるヴァルハラの
食事では、左手は常にホプロンの縁に掛け、
適宜回転させて食べたい箇所を手前にします。
中央のスープや飲料等が収まった部分は
支柱と一体化しており回転しませんので
多少手荒に回しても大丈夫。
船の舵輪を回すが如くホプロンの縁を
手の内で滑らせ、手早く切り替え食す
のがコツです」
成程つまり、面舵一杯取り舵一杯でお腹一杯、
そういう事か。とそう告げたら笑われた。
「気に入りました。
標語として採用しましょう」
そんな権限があるのだろうか。
というかこれは果たして喜ぶべきか?
とまれかくまれいよいよ実食。
3名揃って東方諸国の流儀に則って。
平原の平和と騎士団の勝利、そしてこうして
美味い飯をたらふく食べれる事に感謝して。
「いただきます!!」
そういう事になった。




