サイアスの千日物語 百四十三日目 その八十六
午後4時20分。ラングレンの語った通り
第一戦隊主力大隊の新兵による一個小隊
18名が高台の拠点へと到着した。
新兵と言えど身体の出来は仕上がっている。
元より膂力15体力15と人並み外れて屈強
である上に、どこまでも謹厳実直な彼らは
輸送部隊としてもずば抜けて優秀。
先頭の6名が小隊総員の重盾と手槍を運搬し
続いて6名はそれぞれ1名分の重甲冑を担ぎ、
最後の6名は武器も甲冑も装備せずに3名
ずつで2台の大型貨車を牽いて来た。
いずれの大型貨車もヴァルキュリユルでは
大柄な輓馬が2頭立てで牽いていたものだ。
輓馬代わりが務まらぬようでは第一戦隊員
とは呼べぬ。まさにそう言わんばかりの
馬車馬振りであった。
新兵らを待ち受ける拠点では、独立機動大隊
ヴァルキュリユル140弱の帰投準備が
万端に整えられていた。
城砦を進発した時点では203名だった
ヴァルキュリユルだが、帰りの人手からは
オアシス残留の工兵50名が抜け、先行して
城砦へと戻ったランドと工兵数名が抜けていた。
「きっちり時間通りだな。
時計も無しに大したもんだ」
先刻まで幹部衆の大半たるサイアス一家に
代わり遺憾ながら当地の施工と警備の監督を
引き受けていたラーズが笑った。
玻璃の珠時計が支給されるのは兵士長からだ。
新兵な彼らには地図すらない。にもかかわらず
完璧な到着を成してのけたのは日々の鍛錬と
任務の賜物といえよう。
二の丸や外郭防壁上を巡邏する彼らは自身の
歩幅と歩数を完全に把握し行動しているのだ。
歩哨や休憩時には秒をも精確に刻んでのける。
もっともこちらは生涯食べ盛りな腹時計の
賜物ではあった。
「では当拠点は我ら第一戦隊主力大隊が
責任を以てお預かり致します」
単なる役職や階級を越えた主従なるものを厳に
理解した守備隊の長、精兵衆のラングレンは
大隊幹部たるサイアス一家の大型クァードロン
へと最敬礼をおこなった。
「宜しくお願いします」
と代将ディード。
穏やかではあるが元々気位がズバ抜けて高い。
さらにクァードロンの傍らでは副官にして
管理官なロイエが琥珀の目で見下ろしている。
こうした様相はラングレンに先刻の恐怖を
想起せしめるのに十二分であった。
「へっ、兵団長閣下にもよろしゅく
お伝えくださりましぇ」
ガチガチかつカミカミだ。
だがそれを笑えるものなど
少なくともこの場には居なかった。
さて、一方宜しくされた兵団長閣下その人
はといえば、一家用大型クァードロンの座席
中列を占拠してスヤスヤとお休みであった。
先刻の戦闘における人馬の飛翔はシヴァの
装備する鞍「飛天七宝座」に取り付けられた
それぞれ気力10を蓄積する七宝珠のお陰で
サイアスやシヴァ自体に聊かの気力損耗をも
もたらしては居なかった。
とはいえ超がつく大物、上位眷属との戦闘
という極限状態を経験した事。そして拠点に
おいて魔よりおっかねぇ荒野の女衆による
「家族会議」。
両者により蒙った精神的負荷は一方ならず
寝込むのも已む無しといった具合ではあった。
ほどなくヴァルキュリユルは拠点を発った。
オアシスから本隊が帰還した際がそうであった
ように、帰路では空になった貨車に兵員を積み
徒歩の兵が皆無となったヴァルキュリユルは
分速40オッピで高速移動。
騎士団の支配圏と言える高台を往く事もあり
戦闘状況に遭遇することもなく、10分程で
中央城砦本城外郭防壁の南城門へと到達。
その後は基幹編成を維持しつつも各々所属する
戦隊へと一時帰還し、第四時間区分始端たる
午後6時に至るまで待機という事になった。
こうして第三戦隊長代行にして兵団長、そして
「城砦の姉」なサイアスが夢見るままに率いたる
独立機動大隊ヴァルキュリユルは、最大に倍する
非常の戦果を以て「アイーダ作戦」での役目を
終えたのだった。
「将軍閣下。本城より光通信にて。
兵団長閣下の隊が城砦に帰投したとの事」
野太い声がやたら良い声を響かせる
パツンパツンに厳ついローブ姿が報じた。
中央塔付属参謀部所属、城砦軍師。
平原4億の人に冠絶する智謀と
舌鋒の鋭さとを以て成る賢者集団が一人、
中でも飛びぬけて異質な存在であるこの男。
元第一戦隊精兵マッシモ・ザ・マッスルである。
マッシモは古巣である第一戦隊精兵隊。今は
支城大隊やシベリウス大隊と呼ばれる城砦北東
の支城ビフレストの要請で参謀部に送られ軍師
となっていた。
そのため当初は正軍師に昇進次第ビフレスト
へと戻り、現在現地で城代を務める正軍師に
して祈祷士、即ち祈祷師である「沼飛び」
ロミュオーの副官に就任するはずであった。
だがマッシモは飛びぬけて頑健で戦度胸があり
人を魅せる話術や挙措。すなわち前線指揮官
としての才をも存分に有す事が判明した。
そのため当初この、参謀部最大の敵とされる
かの伝説の初代第一戦隊長ガラールを彷彿と
させる恐るべき筋肉ダルマを全力で忌避して
いたはずの参謀部自らが、本城中央塔へと
慰留せしめていた。
結果マッシモは今回の一連の合同作戦が終了
するまでとの条件付きで本城勤めを受諾。
この「グントラム作戦」の終了を以て、
そのままビフレストへと赴任する予定であった。
参謀部の幌馬車に乗る他の軍師や祈祷士、
さらには御者を務める参謀部付きの兵士よりも
飛びぬけてゴツい大男がにゅっと身を乗り出し
理路整然と報じるその様に、
「マッシモよ。お前程ローブ姿の
似合わぬ男は見たことがない」
グントラム主力軍の総大将ベオルクは
自慢の髭を撫でつつ盛大に苦笑した。
「脱げと仰る?」
嬉々として応じるマッシモ。
「ふざけるな」
ベオルクは盛大に顔を顰めた。
「それで? サイアスから
言伝でもあるのかね」
「いえ、兵団長閣下は就寝中の模様です」
「ハッハッハ! 作戦の最中に
優雅に昼寝とは、とんだ大物だな!」
ヘルヴォルの鞍上でベオルクは
呵呵と大笑し甲冑を鳴らした。だが
「『家族会議』によるとの事ですが」
マッシモが補足すると
「ふむ…… 物騒な世の中だな」
「まったくですなぁ……」
と荒野の戦地に潜む危険より
遥かに危険なものを感じ
共に神妙な趣となった。
「とまれ閣下にご意向あらば伺いたい
との代将ディード殿からの申し出です」
「取水が済み次第貨車を戻す。
それだけ伝えておいてくれ」
「御意」
これには別の正軍師が応じ引き継いだ。




