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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
1041/1317

サイアスの千日物語 百四十三日目 その八十五

時やや前後して午後の2時。


即ち第三時間区分初旬の終端であり

今ではすっかり寝込み中のサイアスと、

彼の率いるヴァルキュリユル本隊が

高台南東の拠点へと帰還を果たした頃。


二の丸が完成して以降はすっかり人気の

寂しくなった中央城砦外郭防壁北城門前に

数百名規模の軍勢が編成を整えていた。


軍勢の内訳としては、まずは一目でそれと

判る第一戦隊の屈強な兵士らが100名。

総員重甲冑を纏い縦にも横にも嵩張かさばって

付近の気温を上げるかのようだった。


彼らの纏う重甲冑の多くは未だ傷一つなく

真新しい。半数以上が第一戦隊の新兵であった。



次にそれらとは対照的にほっそりとして見える、

その実並よりは遥かに屈強な兵の群れが100。

重甲冑こそ纏わぬものの一様に長柄の武器を

一つ二つ携行し、結果的には十分嵩張っている

彼らは第二戦隊の切り込み隊だ。


第二戦隊では一部例外を除き部隊を常設せず

作戦に応じ専ら志願で必要な隊を編成する。


此度は複数の作戦を同時進行する都合上、

激戦の予想されるアイーダ作戦に主力を

割いてこちらには新兵が多く投入されていた。


つまりはこれら両戦隊からの200名のうち

100前後は未だ異形との戦闘経験に乏しい、

戦力指数の計上できぬ兵らであった。





この軍勢にはそれら戦闘専門の兵員らから

見れば縦にも横にも嵩張らない、ごく普通の

範疇に収まる兵らも50ほど居た。


彼らは第三戦隊に属し平時は資材部等本城内の

生産部門に勤務する職人や、職人扱いで業務に

あたる第三戦隊の工兵らだ。


早朝より展開するアイーダ作戦の主力軍や

独立機動大隊ヴァルキュリユルに属する工兵ら

と異なり、こちらの工兵らはほぼ非戦闘員扱い

の者らであった。


事実大半の者が戦力指数を有してはおらず

戦力としては計上できない。


有事に備え訓練課程こそ受けては居るが、

新兵とも呼称し難き一般人の類であった。


ただ、これら工兵らの有する装備は先の

二戦隊の戦闘員らのそれより遥かに大型で

嵩張っていた。そもそも携行兵器ですらない。


彼ら工兵らの有するのはまずは中央城砦を

ぐるりと囲む外郭防壁の随所のほぼ3分の1。

つまり縦横1オッピ近い寸法の超特大の貨車だ。


これらの貨車には外郭防壁ばりの装甲板が

備え付けられており、それぞれの貨車を

4頭の飛び切りゴツい輓馬が曳いていた。


また貨車1台につき、それも片側につき

8個もある全ての大振りな車輪にはゴムの

「靴」が装備されており、重厚な外観とは

裏腹に機動性は悪くないものと推測できた。


これらのそれこそ外郭防壁並みに頑健そうな

超大型車両とは、その実工兵らと同様に

非戦闘用だ。これらは取水専用車であった。



中央城砦のある高台は四隣を制す要の地だが

高台ゆえに水の手が無かった。元より荒野の

この辺りは一年を通じて雨が少なく、北方河川

や大小の湿原のお陰で水の気配は強くとも

用水に満ち溢れている訳ではなかった。


いかな金城湯池といえど水なくしては機能せぬ。

山城が山城足りえるのは諸々の備蓄とは別に

水脈を押さえ十全な用水の確保あっての事。


単に見晴らしがよく戦に有利だからと無策で

高所に布陣すれば、まずは重囲の上補給と

水の手を断たれて干上がり野垂れ死ぬしかない。

よって用水の確保は凡そ城と名の付くものに

とり至上命題の一つとなっていた。


中央城砦が高台のほぼ北端に建てられている

のも、北方河川からの取水を可能な限り手早く

確実に行いたいという意図がある。


そうしておよそ5日に1度、これらの

長大型貨車と工兵らは第一、第二戦隊

からの護衛と共に北方河川まで出張り、

着実に役目を果たすのであった。





さて取水用の超大型の貨車は全部で3台。

平時は1台ずつ用いるものだが此度は纏めて

出すようだ。そしてこれらの貨車の半分程の

大きさの、それでも十分に特大な車両が2台。


それらは資材を満載した通常の資材部の貨車

であり、概ねヴァルキュリユルの用いるものと

同寸であった。つまりは高台南東の拠点や

オアシスに建造した拠点と、物量的には

同規模のものを拵え得る事を示唆してもいた。


これら工兵50と貨車5台の脇には、資材用の

貨車の半分程の大きさの、それでも十分に大型

な装甲車が1台。これは第四戦隊の大型馬車だ。


さらにその半分程の大きさの車両が1台。

まったくもって尋常なサイズの最後の

この1台とは、参謀部の馬車であった。


外観や質量が顕著に異なるそうした軍勢を

とりあえず数のみに着目し総合したなら

兵員250、車両5、そういう事となる。


そしてこれらが相応に毅然と整列する様を

やや離れた位置で眺める人馬が2組あった。



「ほぼ1時間区分遅れというところですな。

 施工は夜間に差し掛かるやも知れません」



2組のうち、装飾豊かなコートオブプレートを

纏った年配の人物。第三戦隊の副長にあたる

城砦騎士相当官、資材部棟梁スターペスが

そう告げた。


事前の計画によればグントラム作戦への進発は

第一時間区分初旬の終端、午前8時であった。

今は午後2時。丁度6時間遅れている。



「奸魔軍が岩場に投入した大物は

 デレクらの討った1体きりのようだが

 アレ1体で60は幼体を放つとの事。


 幼体と言えど戦力指数が2から3との

 話ゆえ、魚人共と潰しあってくれれば

 まぁ儲けものにござろう」



クツクツと笑うのは人馬共に夜の闇より

なお暗い漆黒の色味に染まった騎士。


兵団第四戦隊副長にして騎士会序列3位。

天下無双の城砦騎士長、魔剣使いベオルクだ。


実のところ、デレクら騎兵隊が早朝に遭遇した

上位眷属について、サイアスがオアシスで語った

以上の分析が、本城中央塔付属参謀部で成されて

いたのだ。


つまりあの大口手足増し増しは大口手足の幼体

概ね60体ほどを岩場にバラ撒いた帰りで

あったろう事。


すなわち奸魔軍としては岩場全域の支配権を

少なくとも騎士団に握らせる気がない事。

そして……


と、そこに2騎が駆けて来た。





「報告します。

 連中、岩場で戦闘を始めました。

 魚人の侵攻を大口手足が迎撃中です。

 数でも形勢でも守備側が優勢な模様」



2騎の片方がそう報じた。

どちらもベオルクの供回りだ。



そう、そしてうまくいけば元来岩場を縄張りと

する大口手足らと、この機に岩場を手中にと狙う

河川の眷属、特に魚人などが岩場北部の支配権

を巡って争いを始めるだろう事を、ベオルクは

存分に見越していたのだ。


今朝の軍議の最中にサイアスが示唆した、

うまくいけばそうなる、という状況がこうして

実際に起きたのは、グントラム作戦への進発を

総大将ベオルクが自らの裁量を以てたっぷり

1時間区分も遅延させた事による。


これにより施工が夜間に差し掛かる可能性が出た、

その事を奸魔軍、いや奸智公爵は理解していたのだ。

そこで異形同士が彼らの本能の求めるところにより

縄張り争いする事を黙認した。


丁度高台の南東やオアシス近郊で立て続けに

飛び切りのお気に入り(サイアス)らによる演目が始まった

事もあり、奸智公爵的にはもう岩場どころでは

なくなって、後は好きにしろとばかりに

異形らを放置した。


要は南と北、二正面作戦における一手目である

敵を引き付ける囮としての「アイーダ作戦」と

アイーダ作戦内で兵団長サイアスらの見せた

身を呈した誘引策が見事功を奏し、その効能を

ベオルクの判断が最大限に引き出した。


つまりはそういう事だったのだ。





「もそっと進んで駆逐戦に移行した辺りで

 鑷頭なり大ヒルなりが出てくるだろう。

 どれ、こちらもそろそろ出るか」


ベオルクは自慢の鬚を撫で付けて



「まずは当地より真っ直ぐ北上し

 通常通りの取水任務を遂行する。

 その後はまぁ、状況次第だ」



と不敵に笑み、愛馬にして名馬

軍勢の護り手(ヘルヴォル)」を兵らの下へ。



ザッ、ザンッ!



250の兵員らは一矢乱れず敬礼した。

それのみが己を生かす手段であるかの如く、

魔をもしいする魔剣使いを前に萎縮していた。



「聞こえていたか? まずは北だ。

 岩場へは後ほど気が向けば向かう」



ベオルクはそうした兵らの様に目を細めた。



「まずは平素と同様に

 取水任務に励むが良い。


 まぁ荒事は任せておけ。

 巻き添えを食わんようにな」



とニタリ。


総員を引き攣らせた。



「冗談だ。笑え」



と真顔のベオルク。


笑えと言われて笑えるくらいなら

そもそも引き攣ったりしない。


されど笑わねば命もないとて

兵らは必死で引き攣り笑い、やがて

互いの無様がおかしくて本気で笑い出した。



「フ、笑えるではないか。

 良かろう。では進むがよい」



恐ろしく強引ではあるものの新兵らから

初陣の緊張は一時的にせよ消え失せ、

各小隊長の号令に合わせ適宜進軍が開始された。

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