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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
1040/1317

サイアスの千日物語 百四十三日目 その八十四

第三時間区分も後半に差し掛かる午後4時丁度。

拠点の南側の障壁がほぼ防壁と一体化した頃、

恐ろしく整った鉄靴サバトンの鳴りを響かせて

北西より一隊が到着した。


揃いの白銀色の重甲冑に身を包む彼らは

第一戦隊長オッピドゥスの率いる主力大隊に

属する精兵衆だ。



かつて精兵隊と呼ばれた150名の屈強極まる

精鋭集団は、今は湿原の狭間に建造された支城

ビフレストに詰める100名の支城大隊兵と

従来通り中央城砦で防備に務める50名の

精兵衆とに再編成されていた。


城砦に残った精兵衆は第一戦隊長オッピドゥス

が自ら率いる主力大隊の中核として従来通り

城砦の防備に尽力している。


主力大隊には他にも教導隊と一般兵及び予備隊、さらに

戦隊単位での訓練課程兵が所属。総員350名。


今高台南東の当拠点へと到着したのはそんな

主力大隊精兵衆のうち、6名3班18名。


最大規模の一個小隊であり、戦隊内の規定に

より3名の班長がそれぞれ小隊長や副官をも

担っていた。


精兵衆はいずれも城砦兵士長の階級にあり、

中でも小隊長は騎士級の猛者が担っていた。


特にこの小隊の長は先の宴では最前線で戦って

見事生還し、先の魔笛作戦でも活躍した猛者の

中の猛者。鋼兜アーメットを脱いで表れた容貌も

岩を荒削ったかの如きいかめししさであった。





「よぉ、あんた確かラングレンだったか?」


拠点の中心となる一対の施設よりさらに北西。

舗装路の傍らに停めたクァードロンに陣取って

拠点の警備を差配するラーズが軽く手をあげた。



「あぁそうだ。私も覚えているぞ、

『魔弾』のラーズ。息災で何よりだ」



ラングレンは荒岩の如き顔のうちで仄かに

目を細め、次いで小隊総員揃って敬礼した。


先の魔笛作戦ではロイエやラーズは中隊長と

して他戦隊からの選抜兵を率いて実働していた。

ラングレンや他の精兵らも何度かラーズ揮下と

なっており、往時を思い出し自然に笑んだ。


「当戦隊長オッピドゥスより命を受け

 当地の守備を引継ぐ事になった。


 我々は先遣隊だ。後ほど

 新兵の小隊が物資付きで来る」


とラングレン。


「へぇ、豪勢だな……

 そんなに出して大丈夫なのか?」


敬礼を返しつつ問い掛けるラーズ。



昨今では第一戦隊戦闘員の総数は600名強に

増えている。もっともこのうち100名は北東

の支城ビフレストに別働軍として駐屯しており

中央城砦には500。そしてこのうち300を

アイーダ作戦に出動させていた。


ヴァルキュリユルにも20名。またさらに

「グントラム作戦」にも100名出動予定だ。

結果として中央城砦に残る第一戦隊戦闘員は

100名に満たぬという事になる。


「オッピドゥス閣下が居られるからな。

 あの方一人で一個戦隊分の防御力なのだ」


とラングレン。


平時における中央城砦の防衛は、ぐるりと囲う

高さ3オッピ、厚み家屋数軒分な外郭防壁上

での警邏を中心としておこなっていた。



「外郭防壁北東のオッピ城に移られた事で

 守備範囲にいささか偏りが出来たが、その分

 ルメール卿と教導隊が広域展開している。

 内郭にはもう一人強烈な方も居るしな……」


「ほぅ? どちら様かね」


「『ヴァルハラの騎士』さ」



ラングレンはニヤリとした。





「それで? 兵団長閣下はどちらだ?

 引継ぎの挨拶をしたいのだが」


やはり舗装路の傍らに停められた参謀部の

馬車を中心として諸事差配にあたる正軍師より

当拠点の図面を受け取り、各班長へと配った

ラングレンは問うた。


「悪ぃ事ぁ言わねぇ。やめときな」


ラーズは声を硬くした。


「何故だ?」


怪訝けげんにそう問うラングレン。

まともな、あまりにもまともな反応だった。



「家族会議ってヤツだ。

 終わるまでそっとしとけ。

 そいつが生存戦略の最適解だぜ」



真顔で首を振るラーズ。

こちらも頗るまともな反応ではあった。



「家族会議だ?

 それは軍務より優先すべきものなのかね」


「その通りだ。お前さんが

 死にたくねぇならな」


「……要領を得んな。まぁいい。

 閣下はどこに居られる?」



幾つもの死地を越えてきた。

その自負が屈強な総身より漲るラングレン。

ラーズの言なぞまるで歯牙にもかけなかった。



「俺ぁ止めたぞ? 止めたからな」


「判った判った。それで?」



念を押すラーズに苦笑するラングレン。


ラーズは左手を上げその親指で背後を

押すように指差して


「後ろに箱モノが見えるな?

 向かって右側が指揮官用だ。

 大扉の先が詰め所になってる」


と肩を竦めた。


「そうか」


ラングレンは短く返じると施設へと急いだ。





「む、これは……」


ラングレンは慌てて駆け寄った。


施設の北側では数名の兵が或いはうずくまり、

或いは倒れていたのだ。


「しっかりしろ!」


助け起こした兵らに外傷はなかった。が



「!? ここは……」


「どうした、何があった」


「判らない、何も思い出せない……」



どうやら一次的な健忘症を引き起こして

いるようだ。精神崩壊を防ぐ防衛機能の

せいだろう。戦場ではよくあることだ。


だが何故今ここで? とラングレンは首を

捻るも今は任務。無事であるならそれでよし

とて今は先を急ぐ事にした。


先刻のラーズの言動といい、何かがおかしい。

拠点内で何か不測の事態が発生しているのでは

ないだろうか。もしや兵団長の身に何か!?


どこまでも謹厳実直、真面目一辺倒が売りの

模範的な第一戦隊精兵衆たるラングレンは

サイアスの危地を救わねばとの一心で

ドドドン、と激しく大扉を打ち付けて


「御免くだされ!」


と勇みこんだ。





すると室内より膨れ上がった暴威が一気に

押し寄せ、闇夜そのものが大蛇の如く鎌首を

もたげ圧し掛かってきたかのような感覚を抱き


「ウッ!?」


とラングレンは短く悲鳴を上げ、


室内で一斉に振り返る荒野の女衆の眼光を。

闇夜の野戦陣、その最前線で見たギラ付く

異形らの無数の目の輝きに勝る強烈な眼光を

浴び、また彼女らの総身より迸る鬼気に

打ちひしがれて、腰が砕けた。


へなへなとなりつつも必死で扉にしがみつき

かろうじて威を保たんと務めるラングレン。


それを無言で見据える荒野の女衆。


ラングレンはとにかく敬礼なり挨拶なりで

敵意が無いことを伝えたかったが、既に身体は

思う様に動かず、喉もからっからで声が出ず、


「……ッ、ッ!!」


と声にならぬ悲鳴を上げ重甲冑を

ガチャガチャと鳴らすのみ。


「……何か?」


さながら銀河の深淵より睥睨へいげいするが

如き眼差しを向ける代将ディード。


辛うじて声を振り絞るラングレン。


「ッ、ゥグ! ほ、本日は

 おひ、お日柄もょろ、にょろっし、っく!」


既に言語中枢に深刻なダメージが蓄積していた。



「手短に言え」



とロイエ。


言わねば殺す。言えども殺す。

とにかく殺す。そう目が語っていた。



「ひぅ! へっ、そその!

 兵団長かっ、かかっかにその、

 ごあいさっつぉ!?」



ラングレンは渾身の気概で言葉をつむいだ。

残念ながらまともな文面とは程遠かったが

何とか意味は通じたようだ。



「今寝てるわ」



とニティヤ。


ラングレンは脳や心臓を鷲掴みにされる

心地がして、脂汗がだらだらと流れ胃が

キリキリと痛みだした。



「さっ、然様でありまするか!

 それでは失礼いたしまひゅ!!」



世界が暗転しぐるぐると回る感覚に襲われる中

ラングレンはそれでも何とか最敬礼をおこない

脱兎の如く逃げ出した。





「おぃ! おぃおぃおぃッ!!

 怖かった! 怖かったぞッッ!!」


こけつまろびつほぅほぅの体で

戻ってきたラングレンは涙目で叫んだ。


「俺ぁ止めたぜ」


とニタつくラーズ。


「もっと本気で止めろッッ!!」


悲憤にむせぶラングレンであった。

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