サイアスの千日物語 三十二日目 その十四
志願兵を中心とする一群は、一応の隊伍を整えつつも
サイアスの様子を窺っていた。なす術もなく逃げ惑うよりは
武器を持って戦った方が気が楽だと考える連中は少なからずおり、
特にロイエは自分を連れていけとばかりにズイズイ近寄って
しきりにアピールしていた。
サイアスはロイエの様子に苦笑しつつ、台車から
剣身にうっすらと油の引かれた黒味の強い長剣を
掴み取って、調子を確かめた。片手剣にしては柄がやや長く、
場合によっては両手でも掴めるようになっており、
リカッソは長く身幅は広く、かなりの強度を誇っていた。
一目で判る戦場用のこの剣は、専ら傭兵に好まれていた。
サイアスはこの戦場剣、バスタードソードの剣身に布を当てて
保存時の防錆用に施された表面の油膜を拭い去り、
「ロイエンタール」
と本名を呼んで軽く放り投げた。
ロイエは投げられた剣に右手を伸ばして逆手で掴み、
手首を返しつつ腕を左右に振って身体の両側面で旋回させ、
調子を確かめた後、宙へと放り投げた。
そして落ちてくる剣を今度は順手でしっかと掴み、
ビシリと剣礼の構えを取ってサイアスに応えた。
「任せなさい!」
剣礼をするロイエの脇から、金属音を響かせて、
甲冑姿の人影が現われた。前面の開かない密封形式
の大兜であるグレートヘルムを被り、曲線を多用した立体的な
造形のフルプレートを纏い、さらにその上に訓練用の鎖帷子を
サーコートの如く羽織るというある種異様な出で立ちであり、
相当な膂力と体力の持ち主であることは一目瞭然だった。
大兜の人物は一言も言葉を発さず、ただ小さく頷いて見せた。
サイアスは暫しその姿をじっと見つめ、
「武器は何が良いですか」
と尋ねた。大兜の人物はすっと右の小手を上げ、総鉄身の槍を指差した。
サイアスは静かに頷くと、人の背丈よりやや長く、細身なものの
全てが金属製であり、十分な硬度と重量を備えたその槍を放った。
大兜の人物は伸ばした手でがしりと槍を掴むと一旋させ、
石突でズン、と地を突いた。
「俺も連れてってくれや」
次いで、着込んだ訓練用の鎖帷子を脱ぎながら、一人の男が歩み出た。
歳の頃は20代の終わりから30代の、目付きが異様に鋭い男だ。
「飛び道具ってヤツはとかく不安だらけでな。数日撃ってねぇともう、
当たらなくなってんじゃねぇかとビクビクもんなんだ。
得物も獲物も何でも構わねぇから、いっちょ早いとこ撃たせてくれ。
何、味方に当てたりはしねぇから心配すんな」
サイアスは男に頷くと、木材や金属、獣の骨などを組み合わせて
複雑に組成された弓、合成弓を選び、手渡した。
男は弦に指を伸ばして軽く爪弾き、
「おぉ、良い音だ…… 魂に響くぜ……」
と満足げに語り、台車から矢の詰まった箙を物色しはじめた。
サイアスはロイエと共に防具その他を物色した。
まずは訓練用の鎖帷子を脱ぎ、ガンビスンに複合素材の肩当てと
小手をベルト止めしてブーツに膝当てを付け、
後は数本のベルトのみを防具とした。
次に、左腰に騎士団帯剣に似た、握った拳全体を覆う
護拳の付いた片手剣、バックソードを2本吊るし、
右腰には小振りな鉈と手斧を1つずつぶら下げた。さらに背中に
やや小振りのホプロンを背負い、右手にジャベリン2本、
左手には松明を持ち、当座の武装としてのけた。
ロイエもサイアス同様、防具はガンビスンに肩当てと小手のみであり、
こちらは盾を持たず、数本の短剣をベルトに追加し、バスタードソードを
背中に回して右手にジャベリン2本、左手に柄の長い戦斧を持っていた。
「あいつらどんだけ殺る気なんだ……」
件の男は呻いた。実戦経験の無さ故か、
武器は一つあれば事足りると考えている風だった。
「頼もしい限りじゃないか。サイアスさん、頑張って!」
ランドは声を張り上げた。数名の補充兵がそれに倣って声援を送った。
サイアスはランドたちに小さく微笑むと、同行する3名を見やり、
小さく頷いてオッピドゥスの前へと進んだ。
「閣下。準備完了いたしました。
補充兵3名を伴い、これより北門へ向かいます」
「おぅ! 後でな!」
サイアスは一礼すると3名と共に城砦内へと消えていった。
「よぅし、ではお前たちも進発だ!
教官を先導に、隊伍を整え粛々と進めぃ!」
オッピドゥスは号令を下し、自らは西へと進んでいった。
それを見送った後、まず教官役の兵士達が東へと進み、次いで
南門の警備部隊の監督の下、間隔を開けつつ各小隊がこれを追った。
時刻はおよそ5時半。荒野は徐々に夕闇色に染まり始めていた。




