サイアスの千日物語 百四十三日目 その八十二
サイアス率いるヴァルキュリユル本隊が
アイーダ作戦における本来の任務を果たすべく
高台南東の防衛拠点を進発してより3時間弱。
景観は再び随分な様変わりを見せていた。
城砦外郭南防壁より南に300、東に100。
概ね城砦より南南東に400オッピな当地に
到着した直後に設置された指揮所は、物見の
櫓を残して撤去され、代わりに櫓そのものが
大型化され姿を変えていた。
全高2オッピ、南北方向に5、東西方向に
3オッピの直方体と化した櫓が、鉄城門の裏
から延びる舗装路を挟んで二つ並んでいた。
城砦と鉄城門を結ぶ線分が北北西から南南東へ
と走るものであるためその角度こそ異なるが、
これはかの「歌陵楼」の下部と同様の規格だ。
ゆくゆくは歌陵楼と同様に二つの足の上に
楼閣を渡し、同様の構造に仕上げるのだろう。
此度は基部な下部のみ仕上げ、上部は多数の
篝火と長弓兵のための足場とされていた。
とまれこうした一対らしき施設がそれまで
指揮所があった一帯に建造され、大柄な
できそこないの突破してきた防柵や鉄柱群は
全て撤去されて、鉄城門を中心として高台を
囲う防壁を延長するのに利用されていた。
高台を囲う防壁は、完全に壁面を成している
のが鉄城門の両側にそれぞれ10オッピ弱。
防柵と鉄柱や鋼糸で障壁を成しているのが
そのさらに両側にそれぞれ30オッピ強。
さらに鉄城門西側の障壁は西端で北へ直角に
折れ曲がって延びていた。鉄城門が南東端に
ある事から、高台の拠点を囲う壁は俯瞰すれば
「Ц」を横長にした形状を見せている。
城砦よりの増派組とヴァルキュリユル本隊の
工兵らは、今は俯瞰した際の底辺にあたる
鉄城門西手の障壁を防壁化するのに全力を
注いでいた。
これが仕上がれば次はその下方だ。すなわち
今は鉄城門の周辺のみな高台下部の堀を西手の
壁面全域分拡張し、相対的に防壁の高さを増す。
一連の施工が十全に成されれば、主力軍550
がオアシスからの撤退戦を敢行する際、抜群に
機能する事だろう。
「お帰りさないませ、我が君」
当拠点と分隊を預かっていたディードは
平素通りの凛とした挙措でサイアスらを出迎え、
シヴァの背で妙な顔をするサイアスとベリルを
興味深げに眺め、仄かに目元を綻ばせた。
「ただいま、ディード。
よくやってくれた。オアシス側も
理想的な仕上がりを見せているよ」
サイアスはようやくツンとお澄まし顔に戻り、
継いでディード同様に笑んでみせた。
「西側は既に内装も整っております。
まずはどうぞ中でお寛ぎください。
シヴァも入れますよ」
ディードは自身の背後にある施設へと
サイアスらを案内した。曰く、鉄城門裏手から
延びる舗装路を挟む一対の施設のうち、西側は
簡易の詰め所として一通り完成しているとの事。
舗装路に面した壁面の中央にある大扉を
くぐると、中は指揮所を兼ねた広間だった。
入り口から向かって左右には、数室ずつ
大きめの部屋が並んでいた。
聞けばこちらは指揮所兼将官用営舎だとの事。
舗装路を挟んで東側は現時点では主力軍の利用
を想定してだだっ広い大広間のままとしてあり、
ゆくゆくは中隊規模が駐屯できる営舎として
仕上げる方針であるとの事。
内装の組み付けは資材部で組み上げたものを
輸送用に分割して再度現地で組み上げるという
資材部得意の「戦陣構築法」を最大限に
活かしているという。
これらは外寸内装とも魔笛作戦で建造した
歌陵楼とまったく同じものであり、資材部では
城砦近郊の要所に楼閣を量産すべく独自に準備
を整えていたのだとか。お陰で当地の施設は
量産実験として実に好都合だったとも。
もっとも資材部棟梁スターペスはベオルクと
共にアイーダ作戦に続く「グントラム作戦」
へと参加する事になっていた。そろそろ
あちらは城砦より北北東の作戦地へ向け
進発した頃だろうか。
サイアスは広間で到着を待っていた
デネブの下へ向かい
「デネブ、シラクサ経由で
スターペス様に伝えて欲しいのだけれど」
と声を掛けた。
デネブがコクリと頷いて、
ウサ耳がぴょこりとサイアスの眼前へ。
これに向けて喋れという事らしい。
「さらなる成果を以て謝意を表す。
そうスターペス様に伝えて貰えるかい」
とサイアス。すると
「確かに承りました。承りましたが
これ以上はご無理なさらないように」
と返ってきた。
心配性だな、とサイアスは心中
苦笑したが、余裕はそこまでだった。
「……『これ以上』?
何か無茶な事したの?」
「ぇっ」
「したの?」
「ぃゃ」
「あれ程諭されておきながら
また無茶をなさったのですか」
返信の念話は周囲にも聞こえていたのだ。
サイアスはカゥムディーの向こう側、
ほの暗い指令室でひっそりと待つシラクサが
舌を出している、そんな様が目に浮かんだ。
と、そこに
「ただいまー!
兵たちが慌てて建物から
逃げ出してるけど、何で?」
ロイエとクリンが入ってきた。
万事休す。サイアスは潔く観念した。
1オッピ≒4メートル




