サイアスの千日物語 百四十三日目 その八十一
本来馬の歩みとは、人の倍は速いもの。
だが物資移送に関しては、人馬間の差は
そこまで大きくはならない。なぜなら馬が
負うべき重荷が、人の倍ではきかぬからだ。
よって装備も練度も特級なカエリア王立騎士団
でもない限り、輸送部隊では人馬交じりでも
単一種でも然程に大差はない。
もっとも。ヴァルキュリユルはこと
装備に関しては当代最高水準にあった。
不整地での移動適正を高める目的で全車両が
装備するゴムの「靴」は想像以上に大地との
摩擦を帳消しにして、輓馬の負担を大いに軽減。
往きより車体も積荷も軽くなった事も相まって
さながらカエリアの輸送部隊の如く、本来の
馬の歩みに近い速度での移動を実現していた。
よってカエリアの騎士でもあるサイアスの
率いるヴァルキュリユル本隊は、復路を人の
並足に倍する分速40オッピで進んだ。
高台南東の拠点とオアシスまでの距離は
500。道のりとしては600であるため、
途中に休憩を挟む事なく一度辺りの移動時間
である15分丁度を以て目的地である拠点へと。
こうしてヴァルキュリユルは午後2時丁度に
拠点入りし、同地に残留する部隊との合流を
果たしたのだった。
「おかえりさない!
こっちはとても順調だよ」
と真っ先に出迎えたのは高台の下方で
専用戦闘車両セントール改を駆るランドだ。
ランドとセントール改は閉じた鉄城門から
数オッピ南東に進んだ位置で、随伴歩兵たる
重甲冑の第一戦隊精兵4名と共に野戦陣周辺域
の策敵警戒に当たっていたのだ。
ランド曰く、
本隊が発って以降はまるで敵影無しとの事。
また本城から定期的に物資が届くようになり、
野戦陣の恒久化が相当に進んでいるとも。
「やぁ。ただいま、ランド。
丁度良かった。先行してこれを
城砦まで運んでおいて貰えないかい」
本隊に進路を譲るべく脇へと避け、
揃って敬礼するランドらの下へと
サイアスとシヴァは歩み寄った。
「『これ』……? って!?
これはまたとんでもない腕を……」
と絶句するランド。
サイアスの指差す先。5台のうち最後尾な
貨車のど真ん中には、同乗する兵らが萎縮し
苦笑しつつ囲う、それこそセントール改の
機械腕並みの巨腕が安置されていた。
巨腕から推測される巨体は下手をすると
第一戦隊専用の「センチネル」より大きい
のかも、とはランドの見立てだ。そして概ね
その通りではあった。
「オッピ級上位眷属『できあがり』の腕さ。
ベリルへのお土産でね。少々訳ありなんだ。
君の工房へ運び込んでおいてくれないか。
詳細は後でベリルから聞いてやって欲しい」
「ふむ? ベリルが……?
あぁ勿論全然問題ないよ、了解です。
じゃあ今ここであの車両に
細々したのを纏めて貰っていい?
それでセントール改に連結しちゃおうか」
「そうしよう」
ランドとの話を纏めたサイアスは一旦
本隊の車列へと取って返し、ひょいと
ベリルを抱えてシヴァに引き取った。
サイアスはその上で先頭の指揮車両たる
2台のクァードロンから順に、北西へ。
既に開放され、降りてきた精兵が警護する
鉄城門へと向かわせた。続く大型車両の
成れの果てな5台からは続々と兵らが降車。
サイアスの指示通りに装備群を最後列の
車両に取りまとめ、しかと固定し幌を掛け
本来の貨車としての体裁を十二分に整えた。
「あ、こんにちはランド。
ごめんね、今忙しいよね?
これ後で読んで貰えるかな……」
サイアスに抱えられ、慣れぬ馬上で
おっかなびっくりな有様のベリルは、
移動中に書き上げたらしき手紙を差し出した。
「やぁベリル、お疲れ様!
事情はよく判らないけど、僕にできる事なら
喜んで協力させて貰うから。じゃあお先に!」
「ありがとう! 気をつけてね!」
ベリルはランドと精兵を見送った後、
「……お父さん、
ほんとに何で気付いたの?」
と問うた。
「フフフ。ナイショ」
「えー」
「クリンも直ぐに気付いたろう?
まぁ、そういうものさ」
「誤魔化してない?」
「さぁ…… フフ」
何やら謎めかすサイアスに
すっかり困じ果てた風のベリル。
緩やかに鉄城門へと歩み出すシヴァも
アーモンドに似たその目を細めていた。
「あらベリル、随分難しい顔ね」
鉄城門をくぐったその折に声がして、
シヴァの背にニティヤが現れた。
武装したサイアスにベリルとニティヤを
加えても、屈強な騎兵らよりは遥かに軽い。
シヴァにとっては留まる小鳥が一羽増えた
ようなものであり、野戦陣内部で敬礼する
兵らの手前を澄まし顔で進んでいった。
出迎えは歩哨の長弓兵4名のみ。
他は全て実働中との事で、到着したばかりの
工兵らも早速各所に散って作業を開始しており
野戦陣は活気ある音に溢れていた。
「何だか資材部なみに賑やかだね」
とサイアス。
「そうね。実際のところ
資材部から増派もされているわ。
本隊の工兵を入れ替わりで休ませるため
らしいけれど、今はどちらも作業に夢中ね」
クスリと笑んでそう答えるニティヤ。
笑みは工兵に対するものではないようだ。
「どうかした?」
と微かに首を傾げるサイアスに曰く、
「本城から光通信で届いた情報だけれど。
剣聖閣下が貴方に新しい異名を付けたそうよ」
「ふむ? 何だろう……」
大物相手に単騎で大立ち回りした事を
異名にされでもしたのだろうか。だとすると
これは家族会議になる危険が、とサイアスが
名状し難い不安を感じていると
「『城砦の姉』ですって。
ほんと、面白いわね」
ニティヤはサイアスの背でクスクスと。
「何だそれ……」
サイアスは困ったような助かったような、
たいそう複雑な。奇しくもベリルと同じ
表情をして周囲の笑いを誘った。




