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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
1032/1317

サイアスの千日物語 百四十三日目 その七十六

中央城砦を発ち高台南東の野戦陣を経て

遠路オアシスへとヴァルキュリユルの輸送した、

本「アイーダ」作戦の輜重たる特大な車両群。


それぞれ家屋に匹敵し、何となれば100余の

兵の足場として問題なく機能し得る頑健無比な

それらは全部で8台。


そのうち実に5台の側壁には、燦然さんぜんと。

栄えある第一戦隊の超弩級巨大食堂

「ヴァルハラ」の紋章が描かれていた。


そしてそれら5台のうち2台が展開され、

周囲で多数の第一戦隊兵士らが活発に。

それはもぅ活発に挙動していた。





展開中2台のうち1台目の中身は全て、

いわゆる弁当というヤツであった。既に

城砦内郭北東区画にあるヴァルハラにて

調理済みな、完成品が満載されていたのだ。


中身は通常メニューたる「ヴァルハラ飯」で

総数500枚。ホプロン盛りなため単位は枚だ。

これらが第一戦隊兵士300名の一食分だ。


加えて他戦隊兵士用に分量を調整した初公開の

「ヴァルハラ飯・ミニ」も300枚。これらは

やや大振りなバックラーに盛り付けてあった。


とまれ1台目の中身は全て完成品であり

ご丁寧にお代わり分も多めに用意されている。

携行食である事を考慮し味付けは濃い目であり、

栄養効率を重視して平素パンやナンが占める

部位は白米に置き換えられていた。


2台目の中身としては、まずは超特大のかまど

10基。これらは手早く現地に設置されて

火がくべられ、輸送してきたスープ類を

暖めるのに用いられた。


何故か熱量に乏しい荒野の太陽の影響もあり、

平原と横軸の等しい位置関係にありながら

荒野の気温は低めであった。


体感としては季節半分から一つ分ほど涼しい

状態であり、折りしも平原では秋口であるから

野戦陣の食事には熱量が欲しいところだ。


これら10基の竈はその辺りを考慮して、

資材部が設計し準備したものであった。


2台目の車両には竈の他にその燃料と飲料や

スープ類及びその素材が満載であり、いずれも

一手間かけて用いる類のものであった。


残る3台の車両の中身も概ねそれに順ずるもの

であり、総体として4食分。第一戦隊兵士は

1日4食なため要するに丸一日分の食料だ。


作戦としては明日の午前中に撤退予定である

ため一食分の余裕がある。その旨は全兵士へと

通達済みであり、兵士らの不安を払拭するのに

大いに役立っていた。





さて中身を適宜展開され空となった家屋並みの

特大貨車は、その基底部を除き即時解体された。


これらは左側面を覆っていた大盾を鱗鎧スケイルメイル

如くに仕立てた外套もろとも、当地の野戦陣の

防壁として再利用される運びだ。


輜重を展開された結果、底板とゴムの「靴」を

履いた車輪や車軸のみとなった家屋並みの

規模の貨車の成れの果ては、野戦陣建設資材

を輸送してきた分を含めこれで5台。


これらにはヴァルキュリユルのうち、主力軍

と共にオアシスに残留する50名を除いた

100弱の構成員が分乗し帰還に用いる手筈だ。


主力軍とヴァルキュリユル。総勢六百数十の

兵員らは、小隊単位で交代で食事を取りつつも

施工を含めこうした一連の作業をてきぱきと

こなしていた。





「おぅサイにゃん、やけにお疲れだな」


一連の作業は兵と小中の隊長らに任せ、

泉の傍らに陣取って昼食にあたる幹部衆。


その首魁たる本アイーダ作戦の最高司令官。

城砦騎士団長チェルニー・フェルモリアは

何やら憔悴してみえる将帥にニタついた。


「はぁ」


気のない返事を返すサイアス。


「娘とモメたようだ」


とニタつくのは真っ先に逃げたローディスだ。


「家庭の事情というヤツか。

 お前も若いのに苦労だな」


自身の家庭の事情から遥遥はるばる荒野にまで

逃亡中な騎士団長閣下は、まるで他人事の

ようにそうのたまった。


「爪の垢でも頂戴して

 煎じて飲んだ方がいいぞお前」


とはチェルニーに顔をしかめる

二戦隊副長ファーレンハイト。一方


「手入れは完璧です。

 そんなものありません」


と憔悴しつつも言い張るサイアスではあった。





「にしても気になりますな。件の眷属、

 そして魔剣の語った内容の事ですが」


元は学者か大臣であったと噂される

第一戦隊副長セルシウスは腕組みし

しきりに懊悩おうのうしていた。


重甲冑の上に羽織るサーコート代わりの

臙脂えんじのガウンが異様なまでに似合っている。


おそらく今ここに集う幹部のうちで一番の

良識派であり、それゆえ苦労人でもあった。



「毎度の事ながら、自ら進んで

 苦悩をしょい込むヤツだなお前は。

 そういうのは軍師に任せておけばどうだ」



平素はナンと共に食すカレーを米にかけて

喰らうという、珍奇かつ斬新な試みに

挑戦中のチェルニーはそう言った。


「まぁ、半ば趣味ではあるでしょうな……」


悩んでいる自分が嫌いではないらしい

セルシウス。やはりお困り様の類かも知れず。


「参謀長が休眠中であるため

 断言し難いところではありますが」


とはアトリアだ。


ヴァルキュリユルからは大隊長たる兵団長

サイアスと参謀長補佐官たるアトリアが

この昼食兼軍議に参じていた。



「魔剣の語った『育てている』に

 関してはやはり、南西丘陵における

 奸魔軍の練兵だと見做して宜しいでしょう」


「『蟲毒こどく坩堝るつぼ』というヤツか」



アトリアの言に頷きを示すローディス。



「それについては以前ベオルク副長も

 申しておりました。魔は黒の月の最中で

 あれば、宴という形で城砦へと攻め寄せず

 とも、自力で顕現を果たし得るのだと」



と、かつて詰め所で聞いた内容を

サイアスは語ってみせた。



「つまり丘陵で眷属らに競い喰らい合わせる

 事は上位眷属を生む事にもなり、同時に

 奸智公自身の自在な顕現にも繋がる、と?」



誤謬を生まぬよう慎重に

言葉を選ぶ風情のセルシウス


サイアスはこれに



「奸智公は北方河川で実際に眷属らを用いて

 化身を顕現させた事もありますので、その

 見解で間違いないものと存じます」



と応じた。





「奸智公は一体何がしたいのだろうな……」


泉の水面を眺めつつ

ローディスはそう言った。



「良い勝負が見たいのだろう。

 俺たちが勝ち出したのを踏まえ

 量より質を徹底し出したわけだな。


 案外城砦以東からは完全に撤兵する気

 かもしれん。丘陵に引き揚げさせた手駒は

 全部『蟲毒の坩堝』とやらに放り込んで

 しまえば無駄がないしな」



とチェルニー。


ヴァルハラ飯・ミニの皿である大振りな

バックラー様の皿の中で邂逅したカレーのルゥ

と東方仕様の白米との織り成す神秘的な味わいに

新たな可能性を見出したようだ。



「結果として平原はより安定し、反面

 騎士団は一層の激戦を覚悟せねば

 ならんという事か」


「安定した平原は出し渋りを始めるだろう。

 ウチとしては2倍の痛手となるわけだ。

 なかなか痛烈なからめ手じゃないか」



ルーの濃度と粘度には一考の余地がある、と

何やら帳面に書き付けを開始するも



「『赤の覇王』が進めるトーラナ近郊での

 屯田の有り難さが身に染みるな……」


「まぁな。もっとも国許フェルモリアとて一枚岩

 ではない。いつ敵に回るか判らん部分はある」



ローディスの言が自身や身内に及びだした

ため、諸々想像してチェルニーは肩を竦めた。



「その時お前はどうする気だ」


「俺か? トーラナを貰おう」


「覇王と仲睦なかむつまじく暮らすのか」


「国許に帰ってくれんかなぁ……」



愉快げに目を細め問い掛けるローディスに、 

どこまで本心であるものか、チェルニーは

それは深い溜息を付いてみせた。

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