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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
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サイアスの千日物語 百四十三日目 その七十五

第一戦隊と第三戦隊がそうであるように、

第二戦隊と第四戦隊は気風がかなり近かった。


千載一遇、絶好の機に己が全てを懸ける

一撃必殺、強襲専門の第二戦隊では多分に

流れやノリを、理論より直感を重んじる。


平素の暮らし向きも正規軍というより傭兵に

近いざっくばらんで自由闊達(かったつ)なものであった。


無論尚武の志は高く、勝負強くあるため鍛錬は

けして怠らぬ。が、それは一部の例外を除き

個人単位のものであり、己との戦いであった。


人より遥かに強大な異形に軽装で斬り掛かる

彼らはとかく死に易い。死に易いがゆえに

どこまでも剽悍ひょうかんでその心は乾き易かった。


そこで虚無に囚われるのを抑えるべく

平原の町並みを再現し、せめて最期を迎える

その時までは人らしく暮らそうと努める。

そうした哀しさも持ち合わせた連中であった。


そして第四戦隊の兵士らは大抵二戦隊からの

抜擢である。ゆえにそうした気風が極まった

筋金入りの、とにかく剽悍で陽気で素晴らしく

ふてぶてしい素敵なお調子者だらけなのだった。


よって本作戦では騎士団長の護衛を務める

第二戦隊長、剣聖ローディスが一向に元の

任務に復帰しようとしないのもむべなるかな。


彼曰く今はベリルに会う事の方が遥かに

重要であると、まぁそういう事であった。





クァードロンで祈祷士と共に治療の準備を

万端に整えて待っていたベリルは


「お父さん! お帰りなさい!

 皆さんもお疲れ様でした!」


と疲労の吹き飛ぶような満面の笑顔で

サイアスらを迎え、一行の怪我の状態を

見定めるべく、まずは消毒用の熱湯に浸して

絞った白布を配った。次いで



「あっ、赤おじ様! こんにちは!!」



とローディスに気付きペコリと頭を下げた。



「うむ! ベリルも元気そうで何よりだ」



剣聖閣下は弟子らがドン引きするほど

ニッコニコだ。



「とんでもない大物が現れたのだけれど、

 危ないところに剣聖閣下が駆け付けて

 そいつを倒してくださったんだよ」



とサイアスが説明すると

ベリルは緑の瞳を大きく見開き驚いて、


「おじ様! お父さんを助けてくださって

 ありがとう御座いました!!」


と再び深々とペコリ。



「ハッハッハッハ!

 サイアスは我が弟子であり我が軍の宝だ。

 これを護るのは当然の事。勿論ベリルが

 ピンチの時にも真っ先に駆け付けるぞ。

 是非頼りにしてくれ!!」

 


と高笑いし、周囲の誰もがドン引きする

ほどそのご機嫌は有頂天となっていた。





ベリルと祈祷士はおっそろしく血塗れな

抜刀隊5番隊組長シモンの様に血相を変えて

心配したが、シモンは異形の攻撃をまったく

受けておらず、全ては返り血であった。


一番ヤバそうな1名が無事と判り、とりあえず

一安心したベリルは一息ついて、シモンの

背後に控える抜刀隊を見た。


見れば何やら大形なものを肩にかついでいる。

見上げるベリルの視点ではそれが何かは

定かではなかったが、



「そうそう、ベリルにお土産があるんだ」



と告げたサイアスが抜刀隊へと目配せし、

抜刀隊は陣形を横隊へ。肩に担いでいた

ソレを胸前にまで抱え下ろした。



「ッ!?」



ベリルが、そしてクリームヒルトが。

祈祷士が、そして軍師や長弓兵らが絶句した。



その様に剣聖閣下は一気に不安に逆戻り。

だがサイアスは何ぞ気にするところなく



「さっき話した大物の右腕だよ。

 できそこないの上位種で名を

『できあがり』。鬼の腕って感じだね」



とにこり。



「わぁ…… 凄いね……」



とベリル。


ローディスもラーズもシモンもまた

とても危険な空気を感じ居たたまれなく

感じたものだが、



「うん、良いねコレ!

 ありがとうお父さん!」



とはしゃぎ出したものだから

思わず顔を見合わせた。





「フフ、気に入ると思った」


とドヤ顔のサイアス。

周囲は呆気に取られていた。



西方諸国連合軍、そして祖国の命を受け

トリクティア発祥の地イニティウムを発ち

荒野の城砦に赴任して、大いなる魔が一柱

「冷厳公フルーレティ」を討った武神ライナス。


彼は討伐に成功し所領を得て一家と

ラインドルフに移住後は年に数度自領へと

帰境し、家族と共に休暇を過ごしていた。


そして帰境のたびに一人息子なサイアスに

土産を持ち帰っていたのだが、それは大抵の

場合本城中央塔付属参謀部の書庫、それも

地下書庫に秘蔵される禁帯出の兵書に奇書、

さらには魔道書の類であった。


およそまともな人間なら一生関わる事のない

極めて物騒な代物を、幼子に土産として与え、

受け取った幼子はそれを嬉々として読み耽った。


そういうちょっと余人には真似し難い、いや

絶対に真似したくない事情に基づいた、ある

意味さもありなんなセンスのお土産ではあった。





「ほんと凄い腕だね!」


「うんうん」


ともあれ受け取ったベリルは大喜び。

巨腕を抱える抜刀隊士らは激しく当惑

しつつも、いかつい顔をほころばせていた。



「状態もとても良いし!」


しげしげとベリル。


「うんうん」


ニコニコとサイアス。

お土産が成功したご機嫌の余り



「よく私が気に入るって判ったね!」


「うんうん」



徐々に娘の笑顔のうちに



「……もしかして私の日記読んだ?」


「うんう、ん?」


「私の日記読んだのっ!?」


「ぇ? ぃゃ、ちょ」


「酷い! お父さん最低!!」


「!!!?」



変化が兆しているのに気付かなかった。





「やっちまったなぁ大将」


「ちょ」


ニタニタしつつも

大袈裟に嘆息してみせるラーズ。



「これは言い訳できんな」


「ちょっと」



以下同文なローディス。



「見損ないました」


「ちょっと待て!

 そんな事はしていない!」



首を振るクリームヒルト。

サイアスは激しく無罪を主張した。



「日記を付けてる事自体知らなかったし、

 日記にそんな事書かないだろう普通?」


「私がおかしいって言うの!?」


「いやそういう意味じゃない!!」


「酷いよお父さん…… 腕は貰うけど」



いたくぶんむくれつつも

貰うものは貰うらしいベリル。



「と、とにかく!

 ベリルの日記を読んだりしてないから!


 そもそも土産が腕になったのは戦闘の

 成り行きで、狙ってやった事じゃないんだよ。


 そうだ、その辺是非閣下からも……

 あれ、剣聖閣下は?」


「逃げました」


「!!」


「お師様はそういう方ですので」



申し訳なさそうに告げるシモン。

デレクと言い二戦隊上がりは逃げ足が

速過ぎる、とサイアスは絶句した。





とりあえず。


ガン首揃えて巨腕を抱えたままの抜刀隊を

哀れんだアトリアが、資材を下ろして空きの

出来ていた貨車にそれを安置させるよう手配。


一同は適宜装備の補修や戦闘報告を

おこないその後小休止に移行した。


サイアスは小休止の間中、ひたすら

ベリルの機嫌を取るのに必死であった。


周囲は生暖かい目でニタニタと

その様を見守っていた。

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