サイアスの千日物語 百四十三日目 その七十四
城砦騎士団の各戦隊のうちでも、第一戦隊と
第三戦隊は構成員の気性がかなり似通っていた。
根が皆生真面目で規則正しい事を好む。
時間や数字にシビアで共同作業に適正が高い。
さらに言わば功績に応じた出世ルートが明確な
両戦隊の特質も相まって、どちらも最も軍人
或いは役人らしい気質の者が多かった。
これの真逆をいくのが第二戦隊と第二戦隊から
の抜擢者を中心に選抜されている第四戦隊な
わけだが、それは今は措くとして。
第一戦隊のうちでも諸工作に長けた予備隊と
第三戦隊の誇る工兵らによる共同作業は順調も
順調。事前に縄張りが済んでいたことも大きく
施工開始から15分経ったこの段階で総進捗の
3割を終えていた。
オアシスの中心となる泉は俯瞰した場合、
円を上下から押しつぶしたような形状を
しており、要は歪な楕円形であった。
押し潰され度合いは上部が大きく、逆に本来の
膨らみは下部、特に左下に大きく残っており、
見ようによっては左に向いた人の左足から
指を取っ払った感じでもあった。
設営はこのうち泉の北岸を、陣全体の
中央正面に据える形で進められていた。
泉の上部、すなわち北岸は多分に直線的で、
その中央の線分150オッピを壁面の無い
そのままの状態に残している。
そしてその両端から曲がり往く湖岸に合わせ
斜めに下る格好で左右で若干長さの異なる
数十オッピ規模の杭と鉄線主体の障壁。
これは左右どちらも完成済みであった。
障壁は泉の右方、踵に似た部位のほぼ終端
付近まで直線的に伸び、そこから左右とも
横軸を合わせる形でほぼ直角に折り返す。
この折り返し部分は鉄柵と大盾を組み合わせた
長さ百オッピを超える大規模なもので、宴の際
に城砦外郭防壁の外側に増築される野戦陣その
ものと近い規模の充実した壁面を形成していた。
現状この左右の防壁のうち右側のものが集中的
に仕上げられている。左側は主力軍500の
オアシスへの侵入路なため後回しという事だ。
左右の障壁と防壁の狭間となる直角の内側には
小隊規模が足場とし得る大振りな櫓が建設済み
で、屋根無しな櫓の上部では多量の篝火が用意
されていた。
東方諸国で用いる象形文字で言えば「門」。
これを逆さにして中央を大きく空け、さらに
左右に開いた格好。それが俯瞰したオアシス
野戦陣の主たる防衛機構だという事だ。
最終的にはこれに加え障壁と防壁の成す角の
外側に、左右に真っ直ぐ走る第二の防壁が用意
される。これは破らせる前提で建てる囮の壁だ。
壁の裏手、防壁との狭間となる一帯には多量の
可燃物が用意されており、櫓から何時でも
火付けできる状態だ。闖入者には倒し崩した
囮の壁共々派手に燃えて頂く企図であった。
「当野戦陣は中央正面を手広く空けております。
これは泉を『堀』として利用する意図の他に
異形の習性を確かめたいとの意図があります」
サイアスは傍らを往く
剣聖ローディスにそう語った。
「『陸の異形は川を渡れぬ』という
アレか。 ……信憑性はあるのか?」
ローディスは思案気にそう問うた。
陸の異形は川を渡れぬ。
この説は「血の宴」で平原に雪崩れ込んで
殺戮に明け暮れた魔軍の侵攻域が、今は
ライン川と呼ばれる大河の流域に沿う形で
ピタリと止まっていた事を端緒として生まれた。
平原と荒野の境界域において海側からの
異形の侵攻が絶無であること。荒野における
北方河川のさらに北部から、河川を超えて
襲来する異形がまるで確認されていない事も
その有力な根拠とされていた。
ただし100年余の戦歴の大半が城砦に拠って
の防衛線である城砦騎士団には説の真贋を
確かめる機会がなく、そも異形の生態自体が
未だ謎のままであった。
「風説以上のものは何も。
眷属らの分布や荒野の地勢の変遷を鑑みた
場合、そうした傾向が強いようですが」
サイアスは小さく肩を竦め
「現実的に川を渡れぬ理由があるとすれば
まず水深と水流。次いで水の眷属との
縄張り争いのせいでしょうね。
ですのでまずは当地の測量結果を踏まえ
その上でと、そのように考えておりました」
とさらに返答した。
「オアシスの泉は遠浅となっています。
北岸より10オッピ内では概ね四半オッピ
未満ですが、その先は擂鉢状に深みを
増していく模様です。
試しに投げつけた手槍、そして長槍は完全に
埋没しました。中央部の水深は1オッピを
超えている事でしょう」
とシュタイナーがサイアスの言を捕捉し、
ヴァルキュリユル本隊へと誘うべく現れた
アトリアが
「このオアシスが河跡性であるならば、
その最深部は北方河川と同程度である
可能性も出てきます。
また岸辺の植生と地勢から、長期的に見て
徐々に干上がりつつあるとの観測結果を
得ました。今の状況ですと向こう100年は
現状の外観を維持しそうですが」
と報じた。
「成程な…… 中央を空けておいても
意外なほど危険性は無いと言う事か」
「はい。有り得るのは大口手足あたりが
障壁にへばりついて回りこんでくる
くらいですが、その時は泉に叩き落として
やれば良い実験になります」
「ククク。『グントラム』や
『ゼルミーラ』の役にも立つという訳だな」
「御意」
ローディスはアトリアと
サイアスの説明にいたく満足し
「よく判った。
その辺りはこちらで手を打とう」
「私も協力させて頂きましょう」
シュタイナー共々「実験」
を引き受ける旨を約した。
やがて一向は野戦陣の東手にさしかかり、
ヴァルキュリユル本隊の車列が見えてきた。
指揮車両を兼ねるサイアス一家専用の
クァードロンではクリームヒルトが笑顔を
見せており、ベリルがブンブン手を振っていた。
「では私は監督に戻ります。また後ほど」
一戦隊の騎士らしく謹厳実直なシュタイナーは
一礼の後さらに東手奥となる東防壁の施工現場
へと足早に去っていった。
こうしてサイアスは剣聖ローディスらと共に
ようやく自身の大隊との合流を果たした。




