付録・番外編「孤独の城砦グルメ飯」 一章「ヴァルハラ飯」その6
荒野の只中に孤立する陸の孤島。
人智の境界、中央城砦に詰める戦闘員は
平原に住まう人類4億の最精鋭たる英傑衆だ。
だがこの英傑衆は既存の精鋭軍団とは異なって
戦闘能力を基準に結集せしめたものではない。
西方諸国連合加盟国在住の成人たる15歳
から壮年たる45歳までの健康なる男女。
乳幼児の半数弱が成人までに死に、平均寿命が
50程度と言われる平原におけるほぼ総体より
強制的に徴募された群集団なのだ。
これは荒野に棲まう異形らとの戦闘に耐え得る
人材が、異形との邂逅による恐怖判定を経ねば
判別できぬ事も勿論重大な理由ではある。
だがそれ以上に、いやその上で。
恐怖に打ち克った上で人より遥かに強大な
魔軍との実戦に臨んで兵法戦術の粋を託すに
足る人類最高の英傑衆を獲得するには、砂浜で
砂金を得るが如き狂気の沙汰の確率を超えねば
ならぬ事に起因した。
異形と遭遇した際に生じる恐怖判定は確かに
どうしようもなく深刻で、補充された人員の
6割程は緒戦で脱落する。
だがその上で、勝を取り生を獲った兵士の
うちで人魔の攻防における防衛主軍。栄えある
第一戦隊戦闘員と成り得るものは1割程なのだ。
昨今では、出師を成した全ての戦で完勝した上
用いた兵の全てを生還せしめる奇跡の将帥。
かのサイアス卿のお陰を以てこの比率が倍以上
に達しているが、それでも第一戦隊への入隊は
果てしなく狭き門なのだ。
そもそも採用条件たる膂力15、体力15を
満たす者は、平原人口4億全体でみて1割
程度しか存在しない。
兵士提供義務が無作為な十把ひと唐揚げ、否、
絡げである以上、三月に一度の補充兵
200程のうちに当たりくじが含まれる確率も
1割程度。つまりは恐怖判定を経て残った
6割の1割という事で10名程度なのだ。
戦勝の相次ぐ昨今ではこの辺の事情も好転
しつつはあるものの、城砦騎士団戦闘員総員の
概ね4割を占める第一戦隊戦闘員はこうして
極めてチビチビと集められる。
ぶっちゃけ城砦騎士団はこのふざけた率の
当たり籤を100年間倦まず弛まず
ガチャガチャと引き続けているわけだ。なれば
第一戦隊戦闘員の希少性も判ろうというもの。
かくも希少なるスーパーなマッチョエリート
であるからには、この育成維持強化運営には
それはもぅ膨大な費用が掛けられる。
そして何とも恐ろしい事に、その費用のうち
半分近くを彼らの食費が占めていた。
血の宴による文明崩壊からの回復期、その
終盤にあたる当節では、辺境域を除く大半の
平原圏で貨幣経済が機能し始めている。
平原で専ら用いられる通貨は三種。金銀銅だ。
通貨といっても形状や重量にはまだまだ不確か
な部分が多く、まだまだ物々交換が淘汰されゆく
所までは発展していない。
とまれ平原中央の三大国家や西方諸国連合
加盟国の間では信用度の高い共通仕様の通貨と
単位が採用されており、例えば平原兵士の
一日の給与は銀貨1枚が相場とされる。
城砦騎士団における勲功1とは平原兵士の
1日分の給与に相当するので、公用銀貨
1枚分であると見做すこともできる。
そして第一戦隊構成員が1日に4度食す、
このヴァルハラ飯についてであるが。
8つに分けられたブロックのうち1区画が
辺境一の大都市アウクシリウムの大通りに在る
ちょっと名の通った飯屋を基準にした場合
銀貨1枚分に相当すると言えた。
要するに第一戦隊構成員1名は、平原兵士の
1日の給金の8倍な食事を日に4度食らう。
つまり彼らの一日の、文字通りの意味での
食い扶持は銀貨32枚を優に超えると言う事だ。
まさに値千金の兵士らであった。
とかく軍師なる生き物は、常に脳裏に数値が
ちらついて仕方がないものである。先刻より
金銀砂子な銭勘定が気になって仕方ない。
仮に知らず連れ立って入った店がご覧の有様
であったなら、時を止めてでも逃げ出すだろう。
問題は身内がどいつもこいつもその程度平気で
やるという事だ。なかなか出し抜くのは難しい。
ちなみに1食辺りの栄養量についてはとうに
算定を放棄した。世の中には知らない方が
幸せな事など幾らでもあるのだ。
さて栄えあるヴァルハラ飯、並びにスイーツ飯
の盛られたホプロンの空隙も、残るところあと
2区画。ここからは選択制となるらしい。
往く手右手のカウンターの上にはそれぞれ
特徴的な地形に関する絵柄があり、そこで
獲れると連想されうる外観と味付けの料理が
出るようだ。
どこにするかと一思案、しようというまさに
その時、先行するユニカ卿に手招きされた。
すっ飛ばして奥まで進めという事らしい。
なればいざ、と言う事で背後のお守り兵士と
共に進む事とした。ちなみにこの頃には筆者の
細腕では食事満載のホプロンを持ちきれなく
なっており、背後の兵士がにゅっと手を伸ばし
片手に一枚ずつ掴んで事も無げに運んでいた。
膂力15恐るべしである。
奥のカウンターでは特別な料理が出るようだ。
期間限定メニューやら特別な褒賞品としての
料理が照会の上振舞われるらしい。
そこでユニカ卿はさらりと取り出したる
ゴゥデンなチケットを3枚、プラティナムな
チケットを3枚、カウンターへと差し出した。
どうやら取材に訪れた筆者らのために
スペシャルメニゥを食わせてくれるらしい。
まずは黄金色のチケットの方だが、こちらでは
ホプロンのブロックと同形をして、そのまま
取り付ける形式の深めの皿が登場した。
皿は相当な高温らしく、ぐつぐつと音を立て
湯気を放っていた。そこには綺麗に切り揃え
られて林立するネギ。清潔感溢れる四角を
保ちつつとろけるような艶を見せ付ける豆腐。
半透明ながら出汁の持つ深い飴色に染まって
見える葛きり。傘に十文字の切り込みの
入った椎茸。そして。
どこまでも芳醇、どこまでも甘やかに香り立つ
さながらさざめき棚引く天鶩絨の緞帳の如き
最高級、完全天然物の霜降り肉がとろけるように
色づいて、豪華絢爛たる麗姿を誇っていた。
これほどのものは一生にそう何度もお目に
掛かれないだろう。余りの迫力にクラクラと
眩暈を覚える一方で、残る白金色への期待が
否が応にも高揚した。
そして対面の位置を占める最後の一区画にも、
やはり特殊なプレートが嵌め込まれた。
こちらのプレートからは湯気の代わりに
何と冷気が立ち上っている。
そこにあるのは炎のような赤に色付いた苺を
たっぷりのヒダヒダなクリームに浮かべた
その上で花弁にも似た卵色の皮で包んだ
「イチゴのシュプリーム」。
翡翠色をした滑らかな砕氷の山の表面に
雪解け水の如く練乳の川が流れ、頂上では
深い色味の餡が暗雲の如くに鎮座する
「オォ・グゥラ」。
装飾豊かなガラス容器の内側で色とりどりの
果物の切り身がさながら常夏の海に遊ぶ熱帯魚
の如く賑やかに踊る様を描き上げた一服の名画
の如き、実に瑞々しい乳白色を基調とした氷菓
「オッソポラール・エル・グランデ」。
その他多数のスペツィアーレなデザート系
スイーツてんこ盛りであった。




